再会と家族の物語 2
手と手が繋がれる。強く引き寄せれば、鏡面には一際大きく波紋が広がった。
「――フィアーナ」
カナン様が私の名を呼んだ。
「ああ、死に際の夢に君が現れるなんて――邪竜を倒した褒美かな」
それだけ言って、ヘラりと笑うとカナン様が倒れ込んでくる。それと同時に鏡と魔法陣は消えてしまう。
「……っ、カナン様!」
その体は、見た目よりも軽かった。
四年にも及んだ邪竜との戦いがどれほど過酷だったか、それだけでわかろうというものだった。
「なんとかベッドに運ばないと……」
白銀の精霊マリルが、心配げにカナン様に擦り寄った。先ほどよりもその姿は薄くなり、向こう側が透けている。おそらく、カナン様を連れ戻すためにほとんど力を使い果たしてしまったのだろう。
見た目より軽い気がすると言っても、それほど力持ちではない私が運ぶにはカナン様は重すぎる。
それでも必死になって運ぼうとしていると、シェリアがちょこちょこと歩んできて指先を天井に向けた。
カナン様の手にしていた杖から、赤に青、黄色に緑、四色の光が現れてシェリアの指先に集まっていく。
「みんな、シェリーに力を貸してくれるの?」
「シェリア?」
描かれたのは、先ほどより小さいけれど、やはり少しの歪みもない魔法陣だった。
「お願いっ、お父さまをベッドに運んで!」
シェリアの髪の毛が、床から吹き上がった風になびいた。
眩い光が部屋を包み込む。途端に、カナン様の体が風船のように軽くなった。
――いったい、どういう状況なのか。
しかし、私にできることといえば、カナン様をすぐにベッドまで運ぶ……それくらいのことであろう。
シェリアがフラフラとあとからついてくる。
カナン様をベッドに寝かせると、シェリアも床に倒れ込んだ。
「シェリア!」
「ケーキ……もう……食べられない……スヤア……」
シェリアは倒れ込んだが、口元は緩んでいる。
魔力を使いすぎて、寝ているだけのようだ。ホッとしながら、ひとまずカナン様の横に寝かせる。
寝室には寝具が一組しかない。シェリアと私はいつも一緒に寝ているのだ。
「カナン様……」
右目の上に、深く大きな傷がある。この様子では、失明は免れないかもしれない。
止血が必要な傷がないかと服を脱がせてみるが、目立って大きな傷はほかにない。
塞がりかけた傷は多くあるが――彼の体を赤く染める血のほとんどは、おそらく邪竜のものであろう。
もちろん、すぐに医者を呼んでこなければいけないだろうが……それよりも今すぐに処置しなければならないのは違うことのように思えた。
「――魔力が空になっている?」
魔術師の多くは、魔力を使い強大な魔法を行使できる代わりに、生命維持に無意識に魔力を使っているという。
魔力が空になると身動きが取れなくなり、眠ってしまう……完全に空になれば命を失ってしまうのだ。
「魔力を補わなければ、命に関わるかも」
魔法陣を展開する直前、シェリアはこのままではカナン様が死んでしまうと言っていた。
もちろん目の傷はひどいが、多分放っておいた場合の直接の死因は魔力欠乏によるものだろう。
「……あっ……もしかしたら」
私は作業部屋に戻り、先ほどシェリアの周りで光っていた魔石を持って寝室に戻った。
先ほど光っていたのだ。魔石はシェリアの魔力を吸い込んでいることだろう。
――多分、父娘であるカナン様とシェリアの魔力は親和性が高いはず。
魔石をカナン様の上に散らばすと、虹のような光が室内を照らした。
その光は、カナン様に吸い込まれていく。
苦しげだった彼の呼吸が穏やかになっていった……。
「魔力については、これでなんとかなるはず」
次は医者を呼んでこなければなるまい。
変わり者ではあるが、村には腕の良い医者がいる。
私は医者を呼ぶため、部屋を飛び出すのだった。




