光の精霊の祝福 1
王都に近づく頃には、春の訪れは馬車よりも先に行っていた。
これならば、シェリアが光の精霊に名前を教えられたことを周囲に知られずに済むかもしれない。
そう思っていた時期が私にもありました。
「かわいそう……痛いの痛いの飛んでいけ〜!」
シェリアが唱えると、紫色の小さな魔法陣が浮かんだ。
「……っ」
カナン様が急いで杖を振ったから、周囲には彼が魔法を使ったように見えたはず……見えていてほしい。
王都の一つ手前の領地、マール公爵領。
マール公爵の嫡男トリス様は、謎の病にかかっていた。
足の先から体が徐々に石に変わっていく病で、現在はベッドから起き上がることもできないという。
まだ五歳であり、ぜひシェリアも一緒に見舞いをしてあげてほしいと領主に頼まれたのが運の尽き。
いや、精霊の思し召しだったのであろうか……人助けになったのだから。
「痛くない」
トリス様は起き上がると、ベッドの横に立った。
周囲がどよめく……彼がベッドから降りるのは三ヶ月ぶりだ。
「えへへ!」
――シェリアの力によって領主の嫡男の病は治ってしまったようだ。
シェリアは自慢げに胸を張った。
彼女の頭の上には、いつものように精霊マリルが乗っている。
しかし、不思議なことにその姿は私たち以外には見えていないらしいが……なぜか私にはその姿が見える。マリルは自慢げだ。
「……あの、カナン様」
「――呪いだったようだ。マリルの力で解呪された」
「呪い……」
わずか五歳の幼児を呪うなど、なんたる非道か。
私は密かに憤慨した。けれど、今するべきはシェリアの力を隠すことだろう。
「まさか……光の精霊のお力ですか」
「ああ、我が甥であり英雄である筆頭魔術師カナンは、光の精霊からも名を与えられております」
叔父様がすかさずフォローに入る。
しかし、シェリアは不機嫌そうに口を開く。
「え〜マリルはシェリーに」
「シェリア、抱っこしてあげようね?」
「わ〜い!」
まだ三歳であるシェリアには、自分の力を隠さなければいけないという自覚がない。
私たち大人が彼女の秘密を守り通すしかないのだ。
――しかし、彼女は天才すぎる。私たちは、秘密を守り通すことができるだろうか。
カナン様が大きく咳払いをした。
「ゴホン、光の精霊マリルの御力です」
「おお……御名が私には聞き取れませんでした。真に精霊の御名である証……!」
「え……?」
私にも聞き取れているのだが……そういえば、闇の精霊ディアスの名前も聞き取れたのだが……。
もしかして、姿が見えていることと関係しているのだろうか。
「君が御名を聞き取れる理由は、俺にもわからない」
カナン様が私に耳打ちしてきた。
「……だから、聞こえないふりをしていてくれ」
再び囁かれる。まさか、精霊の名が普通は聞き取れないなんて知らなかった。
私は頷く代わりににっこりと微笑んだ。
「我が夫ながら素晴らしい力……私、感激いたしましたわ。それにしても、本当によろしゅうございました」
「オルト夫人――感謝いたします」
マール公爵が私たちの前に跪いた。
本当に……やめてほしい。
「英雄殿の御用達、アルフレド商会もどうぞよしなに。さて、ここからの話はぜひ私と」
「おお! アルフレド商会は品質が高く、四年前まではいつもお世話になっていました。最近は質の高い魔石を扱っていましたね。アルフレド殿は確かジェーン男爵家の……」
「すでに実家を出ておりまして……しかし、一度店を畳んだにもかかわらず覚えていてくださいましたか」
「もちろんです。ところで、魔石についてぜひ話を聞かせていただけますかな?」
「それはそれは……では、そのお話も含めて」
叔父様とマール公爵が去っていく。
私たちは、誤魔化せたようだとほっと小さくため息をついた。
「どうして? 治してくれたのは、シェリア嬢だ」
一難去ってまた一難。
呪いを解かれたトリス様には気が付かれていたようだ。
彼は知的な青い瞳をスッと細めた。
「……ああ、隠しているんだね」
「……」
トリス様はそう言うと、シェリアの小さな手に口付けをするふりをした。
「病気だと思っていたけど、呪いだったんだね……解いてくれてありがとう。お礼にシェリア嬢に僕の忠誠をあげる」
「ちゅうせい……? よくわからないけどプレゼント? ありがとう?」
シェリアには意味がわかっていないようだ。公爵家嫡男から、忠誠を捧げられる意味を。
それはそうだろう。まだ三歳なのだから……。
「シェリア嬢の秘密は守る。僕は君の騎士になるから」
「わあ! 騎士さま!? お姫様みたい」
「うん、僕の姫に忠誠を捧げます」
公爵家の嫡男というのは、五歳でありながら大人びているんだなぁ……。
私は一度に起きた出来事が処理しきれず、思わずカナン様に視線を向けて救いを求めた。
しかし、カナン様も困惑した表情を隠し通せずにいた。




