吟遊詩人は春と出会いを詠う 3
――花が咲き誇っていた。
魔獣の侵攻など皆忘れてしまうような、麗らかな日だった。
「……っ」
お使いのため外に出る。そこに待ち伏せるように立っていたのは、見慣れた分厚い眼鏡と黒髪の人だった。
「カナン様」
「久しぶり」
カナン様は、躊躇ったようにそう言うと私の手を掴んで歩き出した。
「あの……」
「少しでいいから付き合ってほしい。嫌なら振りほどいて」
そう言いながら、私の手を握る力は強い。
しかし仮にどんなに弱く握られていたとしても、私は彼の手を振りほどくことなどできなかっただろう。
王都で一番高級な宿屋。
その最上階の豪華な部屋。
くたびれたワンピースではいたたまれない。
けれど、私の心臓は早鐘を打ち、そんなことを気にする余裕もなかった。
「カナン様……」
「会えてうれしい」
「――っ、私もうれしいです」
カナン様が、頬を染めた。
遠目に見ていたときの彼は、やはり違う人だったのではないか……いつもの彼がそこにいた。
眼鏡を外すと、美しい紫色の瞳が現れる。
「君にこれを渡したくて……」
差し出されたのは魔石だった。
いつもと違ったのは、それがとても純度が高い一級品で紫色ということだ。
「こんな高価なものいただくわけには……」
「そんなこと言わず、受け取ってほしい」
「……」
私は、魔石を受け取った。
「どうか……元気で」
カナン様は、肩の荷が下りたような笑みを浮かべた。
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
「次はいつ会えますか?」
「は……?」
「次ですよ。私が見ているの、気がついていましたよね?」
「それは――不思議とすぐ見つかるけど」
「声くらいかけてくれても」
「敵が多いから……巻き込んでしまう」
敵が多くなったのは、多分あの日を境にしてのことだろう。
あれだけのスピードで出世したら、敵が増えるのも当然だ。
「それで、次はいつ」
「もう、君に会えないかもしれない」
「……っ」
気がつけば、彼に抱きついていた。
「ここまで連れてきておいて、恥をかかせたりしませんよね?」
「えっ」
一番高い宿屋の最上階の部屋。
瞳の色の魔石まで用意しておいて、その気はなかったなんて言い訳しないでほしい。
結論として、私たちは……。
* * *
彼の隣には愛しき人。
彼は笑う、彼女の前でだけ。
二人には愛の結晶。
英雄は幸せを手に入れた。
サビが繰り返され、吟遊詩人の詩がクライマックスを迎える。
「どうしてここまで赤裸々にバレているんだ?」
「犯人など――一人しかいません」
「いや、でも、最後は俺から」
「……」
たぶん、最後の部分は誰も見ていなかったから、あくまで想像なのだろう。
しかし、一押ししなければ彼が一線を越えなかったであろうことは、想像に難くない。
吟遊詩人の詩は、始終私たちの真実を映し出していた。
私たちは手を繋ぎ、しかしこの上なく恥ずかしい気持ちで、盛り上がる酒場をあとにするのだった。
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