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英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です  作者: 氷雨そら


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吟遊詩人は春と出会いを詠う 2


「……え? まだ会ってるの?」

「たまに……」


 カナン様と出会って二年が経とうとしていた。


 家で家族に透明人間のように扱われる日々は続いていた。

 けれど、彼がお礼だと言って頬を真っ赤に染めながら花束をくれた日から、灰色だった日々が少し色づいてもいた。


「あの……もしかして叔父様はカナン様がどんな方なのかご存じなのですか?」

「名乗ってはいるんだね――本人は何て言ってた?」

「魔術師の卵だと」


 叔父様は私から顔を逸らして、ポツリと呟いた。


「嘘は言ってないのが始末に悪い」

「何て仰いましたか?」

「いや……君を泣かせたらぶん殴ると」

「まあ!」


 カナン様はどこまでも優しい。しかも私とはお友だちなのだから、泣かされることはないだろう。


 魔力のほとんどは、瞳に宿る。

 この王国の人は、普通は青や茶色や緑の瞳をしている。

 しかし時折、珍しい瞳の色になる。


 金色、緋色、銀色――彼らは強い魔力を有している。中でも紫色の瞳を持つ者は、歴史でも類い希なる魔力を持つという。


 ――カナン様の瞳は紫色。初めて見せてもらったときは、その美しさに驚いた。


 紫の瞳を持つせいで幼い頃から苦労してきたから、魔力が全くない私の苦労もある意味わかると笑っていた。


 彼は魔力の調整が上手くいかず魔法が使えないと悩んでいた。

 たまに話を聞いてほしいと言われ、時々会っているのだ。


「魔力が多いから制御しにくいそうです」

「……そうだね。魔力が多ければ多いで苦労するものだ」


 叔父様は金色の瞳を持つ。

 貧乏男爵家の末っ子には分相応な金色の瞳。

 彼は男爵家の後継者争いを厭い、家を飛び出して小さな商会を立ち上げた。


 ――生まれ持った魔力より努力で手にした金が尊い。彼の持論だ。


「何かあったら相談するように」

「はい」


 私はカナン様との待ち合わせの場所に向かって駆け出した。


 * * *


 カナン様は、いつでも私より早くに待ち合わせ場所にいる。

 今日だって三十分も早く来たのに、やはり彼はもう待っていた。


 私に気がつくと、彼は手を振った。

 分厚い眼鏡をかけているから見えないけれど、彼の目はきっと柔らかく細められているだろう。


「フィアーナ嬢!」

「カナン様!」


 近づくと小さな箱が差し出される。

 彼は会う度に小さな魔石を贈ってくる。

 今日は小指の先ほどの大きさの魔石。不純物が多いから価値は低い。


 けれど私はうれしかった。この頃私は、叔父様に習いながら、魔石の鑑定を勉強していたのだ。


 魔石の色はアイスブルー。私の瞳の色だ。お土産屋さんで買えるような、色とりどりの小さな魔石。遠慮するにはささやかで、可愛らしい贈り物だ。


「上手に焼けたんですよ」

「ありがとう。……うれしいよ」


 お礼に私はクッキーを焼いて手渡している。


 二人きりになると、カナン様は眼鏡を外した。濃い紫色の瞳だ。どれほどの魔力を秘めているのだろう。私はその美しさに見惚れた。


 * * *


 カナン様と出会ってから毎日が楽しかった。ずっとこんな日々が続けば良いと思っていた。

 けれどあの日、それは起こった。


 ――ここ数十年、人が暮らす領域に現れることのなかった高位魔獣が王都に現れたのだ。


「収容人数を超えそうです」


 ここ数十年使われていなかった神殿の地下室へは、人々が殺到していた。


「黙れ、俺たちは貴族だ!」

「中に入れて!」

「お母様、怖い!」


 父と母と妹は、半狂乱だ。


「――全員は」


 そのとき、三人の冷たい視線が私に向いた。


「お姉様は、魔力がないのだから、価値がないもの」

「そうね……可哀想だけど」

「屋敷にいなさい。きっと助かるだろう」

「……」


 私は神殿に背を向けた。

 高位魔獣が指示しているのか――黒い羽根を持つ魔獣の群れがそれを覆い尽くしている。

 火をまとった石が落とされ、あたりには火の手が上がっていた。


「魔力が、ないから」

「フィアーナ嬢! どうして外に!」


 その声を聞いた途端、涙がこぼれた。

 カナン様が駆け寄ってくる。

 彼は、今まで見たことがない服を着ていた。


 私でも知っている。

 真っ黒なロングコートは、魔塔に所属する魔術師であることを示す。


「……私に魔力がないから」

「ああ、なるほどね」


 カナン様の紫色の瞳に、冷たい炎が宿ったように見えた。

 一緒にいるときの彼はいつも、優しくて不器用で、自信がなくて、可愛い人なのに。


 大きな岩が私たちに向かって落ちてくる。

 けれどそれは、カナン様が一瞬で展開した魔法陣にぶつかると塵のように粉々になった。

 少しの歪みもない魔法陣。読み取れないほど細かな魔法文字。

 魔法が使えない私でも、その魔法陣は常人に展開できないものだとわかった。


「――君が怪我したら、嫌だな」

「カナン様?」

「この場所で、幸せでいてほしい」


 カナン様は悲しげに笑った。

 彼の足下に、紫色の光を放つ大きな魔法陣が浮かぶ。

 そこから私たちの間に割り込むように、一匹の獣が現れた。


 狐にも栗鼠にも似た、黒い大型犬くらいの大きさの生き物だ。


「――戦い続ける覚悟ってこれのことか?」


 黒い獣は答えることなく、銀色の瞳をカナン様に向けるばかり。


「いや、聞くまでもないな。名を教えてくれ」

「カナン様?」


 カナン様は紫色の目を細めた。

 その表情は、冷たくて険しくて厳しくて。まるで、知らない人のようだった。


「闇の精霊、ディアス」


 その日私が目撃したのは、歴史に残る英雄の誕生。


「ここにいて。俺の魔法が君を守るだろう」

「カナン様!」

「騙していてすまない。本当は、君と会ってすぐに、また魔法は使えるようになっていた」

「え?」

「君に会う、理由が欲しくて」


 彼はそう言うと、止める間もなく魔獣との戦いに身を投じてしまった。


 * * *


 その後、魔塔から魔術師団に所属を変えたカナン様は、どんな高位魔獣にも負けなかった。


 彼は戦歴を積み重ね、あっという間に出世の階段を駆け上がり、一年経たずに筆頭魔術師の地位に就いた。


 住む世界が変わってしまった彼と会う機会なんて、私にはなかった。


 時折、凱旋する彼をひと目見ようと王都のメインストリートの観衆に紛れた。

 遠目に見る彼は、いつも冷たく笑っていた。

 きっと一緒に過ごした二年間は幻だったのだろう。


 私は、そう思っていた。

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