王都への旅 2
北端の春は短い。
本来であれば花々は一斉に咲き誇り、短い春を謳歌する。
だが、邪竜が光の精霊からの加護を阻んだせいで、春になっても花はまばらにしか咲かなくなった。
ガイフェルト王国は、四大属性の精霊が東西南北それぞれの地域を支配し、それによって気候が違う。
――私たちが暮らしていた王都の北に位置する地域は、水の精霊リーゼが支配する。
このため、一般にはリーゼと呼ばれている。
カナン様が戦っていた地域は、南端フォール。火の精霊フォールが支配している。
そのほかに土の精霊ベルクが支配する西の地域、風の精霊アインが支配する東の地域に分けられる。
四大精霊を生み出したと言われる光と闇の精霊は王都を支配する。
邪竜の出現により、光の精霊の加護が阻まれたことで疫病が蔓延し、作物の収穫量も激減した。
「でも、これからは……」
馬車の窓から外を見れば、美しい花が地面いっぱいに咲き誇っている。
住人たちが次々と家の外に出てくる。
皆、春の訪れを喜んで……いるというよりも、騒ぎになっている。
「カナン様」
「光の精霊マリルの力が急速に取り戻されつつある――そして、マリルはここにいる」
「……」
「お花、お花っ」
マリルを頭の上に乗せ、ご機嫌に鼻歌を歌っている愛娘。
馬車の先の景色には、花などない。
まだ時々雪が残る荒れ果てた大地が広がるばかり。
馬車の後ろは一面の花畑。
まるで違う世界に来てしまったように色鮮やかだ。
「どうしましょう」
「不本意だが……英雄の帰還を光の精霊が祝福している――といったところか不本意だが」
カナン様は不本意だと2回も言い、黒い眼帯の上を押さえて眉根を寄せた。
マリルが名を教えた相手はシェリアなのだから、この光景を引き起こしているのはカナン様というよりもシェリアなのだろうが……。
「シェリアが魔力測定式を受ける七歳になるまでは平穏に暮らすことができるよう、全属性を持ち、光の精霊から加護を受けていることは隠し通すつもりだが――自信が揺らぎそうだ」
「……カナン様」
「そんな顔しないでくれ。しばらくの間は、俺の力だと言えばごまかせるだろう」
「でも、それではますますカナン様は」
英雄になる宿命を疎んでいたカナン様に、シェリアが引き起こしたことまで自分の功績にさせるのは忍びない。
だが、カナン様は残された左目を細めた。
「愛する妻と娘のために英雄になるなら、やぶさかではない」
「カナン様、私はなんのお力にもなれませんが」
カナン様が甘く微笑んだ。
あまりの美貌と柔らかな笑みに、馬車の中にまで花が咲いたのかと錯覚しそうになった。
「君はいてくれるだけで俺の人生を照らしてくれる……だって君は俺の」
「――さて、とりあえず、邪竜を倒した英雄を光の精霊が祝福し、不毛の大地に春が訪れた……と、吟遊詩人に詠わせればいいのかな?」
先ほどから項垂れていた叔父様が、カナン様のまだまだ甘くなりそうな言葉を遮った。
「叔父様……そんなことができるのですか?」
私たち以上に頭を抱えているのはアルフレド叔父様だ。
彼は魔力のような生まれついて与えられたものよりも、自らの手で手に入れる金こそ至高であると豪語する商人である。
しかし彼は、今後英雄の強大な魔力を率先して広めることになる。
「任せとけ」
「アルフレド殿……」
「カナン君もさ、任せとけ」
叔父様はニヘラと笑った。
整えられた無精髭とクセの強い髪。
長めの前髪で金色の目を隠しているのは、末っ子である自分の魔力が兄弟の中で一番高いのを隠すためらしいが……。
「俺に、任せろなんて声をかけてくださるのはあなただけでした。たぶんこれからもそうでしょうね……」
「戦うのは無理だよ? 君に任せた」
その言葉に、カナン様は口の端を少し吊り上げた。
叔父様は再びニヘラと笑った。




