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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
6/30

チェリスト

 LILF リルフ、液状知的生命体。

 その粘液状の組織は筋肉でもあり消化器官でもある、通常は核が一つあり脳の役割を担っている。

 支持材のない状態では蠢くようにしか動くことは出来ないが、高温低温にも強く病気にもならない。

 知的能力は大型の核を持つ物ほど高いが滅多に存在しないとされていた。

 これは子孫を残すために核が分裂するためだ、数センチ程度では自我も生まれない。

 なんらかの理由で核分裂を起こさなかったリルフには自我が産まれ、時として人間と同等、いや、それ以上の知能を有する個体が現れる。

 液状粘液組織の筋収縮能力も人間も含む哺乳類や鳥類を凌駕しており、これを活用しようと考えた研究者たちがいた。

 人形に関節と支持材、骨格を与えて外殻で覆い中にリルフを充填し中を満たすように育てるとリルフは関節を稼働させるための筋膜を生成し神経を張り巡らせる、一年もすると簡単な動きが出来るようになり、動くことで知的レベルも上がっていく。

 基本的にリルフは大人しく人間には従属的で維持するための手間がかからない。

 食事は雑食だが得意なのは鉱物だ、有機体は好まない。

 弱点は紫外線だ、太陽の光を長時間直接浴びていると液状筋肉が分解されて(しぼ)んでしまう。

 防ぐには気密性の高い外殻や外皮が必要だ。

 長い歴史の中で人間はリルフを育て使役してきた、そして今、運搬や飛行にも特化した擬体が完成している。

 その技術は戦争の中で飛躍的に進化する。

 より複雑な動き、人間の手指を再現すると知力は爆発的に上がり天才の域に達する個体が現れ始める。

 従属的であっただけのリルフに個性が産まれる、自ら更なる進化を求める個体、エボルリューションズだ。

 今までと全く違うアプローチを模索する。


 ロマ連邦、マルベル・ラ・ロメロ、侯爵家の令嬢、半年前に正体不明の病に倒れて一度は死亡した、葬儀を終えて埋葬された三日後に自力で(ひつぎ)をこじ開け、土に還ることなく日の光の下へと生還した。

 ゾンビなどではない、その心臓は鼓動を重ね、その身体は温もりを持っていた。

 早朝、玄関を叩くベルの音に応対したメイドは泥まみれの死装束(しにしょうぞく)で玄関扉の前に立つ令嬢を見て腰を抜かして気を失った。

 動かないメイドを(また)ぎ越え何事もなかったように令嬢は舞い戻った。

 (あき)めていた娘の生還に侯爵夫妻は驚愕し恐れおののいたが、娘の死が間違いだった事に歓喜した。

しかし、黄泉がえりの代償なのか令嬢マルベルは以前とは人が変わってしまったことに今は不安を抱いている。

 美しく、影の無い甘え上手の令嬢は身体は血の通った暖かさのまま無口で無表情な氷のような少女に変わっていた。

 「お嬢様、もうよろしいのですか?」

 「ええ、下げて貰って結構よ」

 「はあ、しかし、あまりに小食ではお身体に触ります、お口に合わなければ作り直させますので、どうか遠慮なくご命じくださいまし」

 「ありがとうスー、あまり食欲がないの、でも不調はないから心配しないで」

 「左様ですか……」

 「お父様、お母様、お先に失礼いたします、ごちそうさまでした」

 「あ、ああ、マルベル、もうよいのか?」

 「おやすみなさい、マルベル」

 まったく汚れていない口元をナプキンで押さえると早々に席を立ち優雅に一礼すると食堂を後にしていった。

 「あの子はいったいどうしてしまったのか……」

 「無理もない、この半年の記憶がないのだ、辛い目に遭ったに違いない! やぶ医者め、探し出して首を落としてやる」

 「あなた! あの子の前で血の匂いはさせないでくださいまし! 今はそっとしておくのがあの子のためです」

 「分かっておる、しかし、世間ではマルベルをゾンビ姫などと呼ぶ者もいる、ケジメは付けさせなければならん!」

 「それより先日あの子に頼まれた物は御揃いになりまして?」

 「ああ、もう渡してあるが……あの子にあんな趣味があったとは、貴族の令嬢として相応しくはあるが……」

 侯爵も食欲を失くしてナイフとフークを揃えた、壁にある娘の微笑みは変わらないままだ、あの頃に戻ってほしいと口を付けられていない寂しいカップを見つめて溜息を漏らした。


 ガチャッ 自室に戻ったマルベルはクローゼットからパッケージを取り出すと口元へと運ぶ、小さく開いた唇の隙間から細い舌がチロリと伸びて赤い粉末を絡め捕り口の中へと戻っていく。

 「ふう、真面な物が食べられないのはキツイわね」

 侯爵夫妻が聞いていたら耳を疑う言葉だ、更に口の中に運んだ粉状の物は……喉は動かない、呑み込んではいない、どこへ消えた?

 「今頃兄弟たちはどうしているのかしら……」

 鏡台の中の映る女の顔を見つめながら不思議そうに小首を傾げる。

 それは、まるで別な生き物を眺めているようたった。

 ふっと笑みを漏らすと立ち上がり窓際まで進む、立て掛けた楽器に手を伸ばす。

 ヴァイオリン・チェロ、ヴァイオリン属の楽器の中で最も大きな弦楽器だ。

 マルベルは足の間にチェロを置くと弓を弦に当てて音を奏で始める。

 誰にも教示を受けていないその音は荒々しく攻撃的でさえある、しかし聞く者の心を惹きつける。

 氷の令嬢に似つかわしくない強さと激しさを感じさせた。

 マルベルの口元が嗤っている。

 「やはり音楽は良い、同化が進むわ……」


 満月の夜にチェロの弦をかき鳴らす音が響く、それは優しさよりも生きる意志と強さを奏でていた。


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