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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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シノ・レオーネ

 「私は一年契約の傭兵なの、でも出身はこの国よ、ここより北の方」

 あどけない笑顔を話すシノ・レオーネはやはり人形には見えない。

 パブロとシノはテント裏の土手に腰を降ろしていた、春の日差しを透かせた小さな新緑が風に遊んでいる、空だけ見ていればここが戦場だという事を忘れてしまいそうだ。

 「傭兵? 単独で生活をしているのか」

 「そう、私の家族はクソ爺だけ、大好きだった」

 過去形だ。

 「もういないのか?」

 「うん、二年前に死んじゃった、歳でさ、寿命だった」

 「大好きだったのにクソ爺?」

 「そう呼べって、私はお父様とかマスターとか呼びたかったけど恥ずかしいからダメだって、私の事はシノとか姫って呼んだのに自分はクソ爺、変だよね、パブロならそんな気持ち分かる?」

 「はははっ、ちょっと分かるな、親父さんは君の事を本当の娘みたいに思っていたんだね」

 「そういうもの? 人間の娘は父親をクソ爺って呼ぶのかしら」

 「皆じゃないさ、でも君と……シノって呼ばせてもらうぜ」

 「いいよ、チェルヴァ(雌鹿)なんて呼ばれるよりずっといい」

 「ああ、シノの方がずっと似合っている」

 「そうかな、そうだと嬉しいな」

 「クソ爺な、親父さんは照れていたんだ、シノは大事にされていたのだな」

 「うん、それは理解している、この擬体を完成させるまでに二十年かかった、最初に乗騎した時の事は覚えていないほど、私に自我が産まれたのはもっと後だったと思う」

 「二十年!? リルフ・マリオネットってそんなに時間が必要なのか?」

 「ううん、私だけだと思う、普通は二~三年位で乗りこなせるようになるみたい、私は不出来だから時間がかかっちゃった」

 「いや当然だろ、シノのように動けて喋れるリルフを俺は聞いたことがない、創り出すのは容易な事ではなかっただろうな」

 「そんな大事な擬体をあのクソ司令官の奴! 足蹴にしやがって! おっとこのクソは愛情のない悪いクソだ」

 「それが本来の使い方なのね、覚えたわ」

 「そうだ、クソ野郎だ、リルフの命も俺たちの命もカスだと思っていやがる」

 「なあ、シノ、そんな大事な擬体なのに何故傭兵なんてやっている?手を挙げなきゃ戦場になんて来なくても済んだだろう」

 「うん……ちょっと騙されちゃて」

 「騙された? ……誰に!?」

 「ごめん、余計な話をしちゃったね」

 シノが話しづらいのだとパブロは感じて探るような事は止めた、こうして話していると少し大柄なだけの人間の娘にしか思えない。

 幼き初恋の子を思い出した、黒髪でもなかったしアジア系でもない普通の子、ただシノの笑う声が郷愁(きょうしゅう)を誘う、もう会う事は出来ないかもしれない娘の顔がシノに重なってしまう。

 太陽が傾き始める、春の夕暮れは薄絹のベールをかけたように美しい赤紫に染まっていく、パブロは空腹も忘れてシノの横顔の向こうに儚く変わりゆく季節を見ていた。

 薄緑の瞳に影が差していく瞬間、パブロは人ではないマリオネットに恋をしたことに気付いた。


 丘に帳が降りて戦場を闇が支配している。

 その日は月明りも星もない曇天、漆黒(しっこく)の闇だ。

 シノは行方不明の下士官を捜索するために激戦の丘を一人彷徨う。

 三人はそれぞれ小隊長、遺体の位置は出撃した塹壕から大体の予測は出来る、本部から遠い位置から探し始めていた。

 擬体の目は創り物だが網膜や視神経をリルフ自体が細胞で創り、信号を核へと繋げている、シノの視力は哺乳類よりも魚類に近い、昼間よりも暗い場所を得意としていた。

 流石に白いナース服は目立ち過ぎる、上から暗い色のシージョ(四角い布マント)を纏っていた、背中には盾ではなくて背負子がある。

 下士官は一般兵と違う制服を着用しているはず、後は(えり)の階級章が頼りだ。

 重なり合う死体を動かして潜り込んだ遺体をひっくり返す、死後硬直が始まっていない身体はダラリと軟体でいう事をきいてはくれない。

 血と死臭が入り混じり人間なら吐き気を押さえるのに苦労するだろう、リルフであるシノでも思わず顔を顰める。

 多くの死に顔は恐怖と怒り、怯えを深い(しわ)に刻み付けたままだ、シノはクソ親父がこんな顔をしているところを見たことはなかった、人間とはこんな顔も出来るものかと少し感心さえしてしまう、感情の幅が広い。

 シノはリルフだ、そんなデスマスクを見ても怖くはない、ただ哀しい。

 最初の一人目を見つけた、矢を胸に受けて絶命している、他の者と同じように怨嗟(えんさ)を顔に張り付け、中空を(にら)んだ目にシノは映っていない、そっと目を閉じて背負子に縛り付ける。

 敵陣地にチラチラと炎が揺れているのが見える、監視は(おこた)っていない、静かに行動する必要がある。

 石音を発てないよう慎重に丘を降りて自陣へと戻る。

 二人目を探し当てて安置所に戻ったころには深夜を過ぎていた。

 「あと一人……」

 あのクソ司令官は本当にやる、三人を見つけなければ何の罪もないリルフたちが廃棄処分にされてしまう、そうでなくてもあいつはアンブランツァ隊を疎ましく思っている、そんなことにはさせない。

 人もリルフも命は平等に大事な物だ、親父はそう教えてくれた。

 踏みつけていい命なんてない。

 シノの若草色の瞳に茶色が交じる、疲労のサイン、リルフは生体であり休養は必要だ、昨日の激戦と胸を貫かれた損傷は確実に擬体と本体も蝕んでいる。

 しかし、選択は一つ、再び背負子を背負い暗闇の丘へと足を踏み出していく。


 誰もが疲れて寝静まった夜にシノだけが戦い続けていた。


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