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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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白岩山羊

 傭兵団サンゴエ・ドラゴーネの諜報活動や遊撃兵として普段は団長クレディ・エスペリツォーネの護衛をしながら対人格闘を追求している。

 マスター・オリジン、自由を持って命の輝きを我に示せ。

セルピエの核はこう考えた。

 自由とは何だ? 命とは何だ? …… 自由とは力だ、他者に虐げられない力。

 元のセルピエは社会通念上のいわゆる弱者男で絶望から自らの命を絶った。

 ある都市の中流家庭に生まれ、優秀な兄と妹に挟まれた次男、背は高かったがガリで不細工、若くして髪が薄く肌が黒ずんでいたのは腎障害のせいだ。

 腕力も体力もない、さりとて学問にも秀出てはいなかった。

 男の人生は常に競争、負ければ全てを奪われる、弱い男に手を差し伸べる女は母親ぐらいだろう、世界から見捨てられたような孤立感に戦う事を放棄してセルピエは自室で首を吊った。

 愛を知らずにセルピエは一人で死んだ。

 環境が整った、リルフの種が芽生えて第二のセルピエが誕生した。

 自由とは力、この一点で二人のセルピエは意志が一致している。

 力の渇望がリルフの加害を拒むリミッターを振り切る。


 「追い付かない! 馬の脚より速いだと!? 」

 廃墟街は瓦礫が散乱し大型の馬の疾走を妨げてはいる、それでも二足走行の人型擬体に馬が負けることなどあるのか!? 全力で鞭打っても後姿を見ることは出来なかった。

 何があるか分からない、クレディの言葉が横切る。

 「擬体とはこれほど高められるものか、認識を改める必要があるな! 」

前方に巨大な壁が見え始める、ラライダムの中央擁壁だ。

「この先はどん詰まり、何処へも逃げられんぞ! 」

聳え立つ擁壁が立ち塞がる、右も左も切り立ったオーバーハングの断崖、進める道はない。

足跡だ、地を蹴った跡が深い、そして驚くべきはその歩幅、この距離を走っても五メートル超を保っている、速度が落ちていない証拠だ。

リユース・ヒューマンには到底真似できない、走る事は基礎体力の基本中の基本、あの擬体の運動能力は人ではなく獣として測らなければならないらしい。

羨ましい!! 同時に嫉妬の鎌首が上がる、それは渇望して止まない力そのもの、どんなに鍛えた技も獣の筋力の前には無力だ。

前方を走る擬体が人型だから対人戦闘スキルが通用すると考えるのは止めにする、クレディからは生け捕りと言われたが油断すると狩られるのは此方になるかもしれない。

初手から必殺のつもりで仕掛ける。

ダムの擁壁が見えた! 腰のダガーソードを抜いておく。

真下まで来るが女型の姿は見えない、何処かに潜んでいるのか!?

隠れる場所などない、奴は何処だ?

「!!?」

あり得ない現実に気付かされた。

「嘘だろ……」

足跡は一度ダム擁壁の前で立ち止まり少し戻った後、再びダムに向かって地を蹴っている。

そして、そのまま擁壁の壁を駆け上がっていた!!

「これを登ったのか!? 」

巨大な水圧を受ける擁壁には崩れないための安息確度というものがある、基礎の浅い壁を垂直に立てれば、たちどころに崩壊してしまう。

遠目には垂直に見えるラライダムにも傾斜はある、その確度は七十度、高さ百メートルに及ぶ足場のない斜面に蛇行した足跡が残されている、こんなところを登れるのは猫科の動物か鼬、山羊ぐらいだろう。

この壁をクライミングして追跡するなど論外だ、滑落死する未来しか見えない。

「どうする、諦めるか……」

覆い被さるような擁壁に残された足跡を視線で追う、目を凝らすと足跡は擁壁の中ほどで消えていた。

「あれは放水口か……!?」

セルピエの脳裏に衝撃にも似た疑念が走った。

「まさか、爆破するつもりじゃ? 」

あの女型、背中に何か背負っていた!? 使われていない中央擁壁、あの放水口を解放すればウィクシーの丘は再びトレンゼ川により分断される!

「くっくっくっ、ウィクシーのチェルヴァ、やはり見逃すことは出来ないな」

馬を反転させて来た道を戻る、脇道からダム上部へと駆け上がる。

時間はかかるが放水口まで擁壁に管理用の梯子道がある、そこなら人の脚でもいけそうだ。

「間に合うか!?」

再び鞭を入れた。


後から騎馬が追ってきている、足跡を辿られているかもしれない。

引き離してはいるが差は大きくない、予定の道では爆弾を仕掛ける時間がないかも知れない。

少し無茶が必要だ。

最短を行く!

擁壁の真下から見上げる、走れるか? この傾斜七十度の壁を!?

一度立ち止まり擁壁を見つめて爪先が掛かる突起や亀裂を探す、放水口までのルートを描きだす。

幸いにも長く使われていない壁は乾き風化している。

滑らせる藻が発生していない。

「行ける!!」

「使わせて貰うわ」

パブロは知っていた訳ではないだろう、プレゼントしてくれたのは青い琥珀石。

シノにとってブルーアンバーは強力なブースト薬だ、ガソリンエンジンにとってのニトロ! 瞬発力を爆発的に上げる。

当然エンジンには大きな負担がかかる。


 クソ爺がベッドから離れられなくなる前だ。

 「シノ、金庫の中に袋がある、青い袋だ」

 「コレハナニ?」

 「これはな……」

 爺が取り出して見せたのは青く光る1カラット程の小石だった。

 「琥珀石、この地方ではそう呼ばれている物だよ」

 「キレイダ」

 「そうだろう、その石は過去の偉大な支配者の一部だ」

 「シハイシャ?」

 「これは君用の食べ物だよ」

 「タベモノ? 」

 「そうだ、でも気を付けろ、一粒ずつだ、一度飲んだら七日以上間隔を空けるのだ、一時的には爆発的な反応で助けてくれるだろう、しかし!強いキックバックがでる」

 「キックバック?」

 「そうだ、辛いぞ、覚悟して使え、シノよ」

「ワカッタ、カクゴシテツカウ」


クソ爺の忠告。

戦場に身を置いて直ぐに使う機会は訪れた、クソ爺の言ったことは本当だった。

重戦矢の受け方に失敗して損傷した片足で使用した、爆発的に上がった力は片足分の能力を補い生き残る事が出来た。

しかし、その後は……全身の筋細胞が耐え切れずに切れた! その痛みは想像を絶したものだった、動くことが出来たのは三日後、完全治癒までは一週間を要した。


それを今使うと決断した、偶然にもブルーアンバーが手の中にある!

これは運命だ。

口へ運び身体の中に取り込むと瞬時に消化されて全身へと波動のように浸透する!

シノの足はチェルヴァ(雌鹿)からストレッツィーナ(ダチョウ)へ、そしてキャプラ(山羊)となって異次元の走りを見せた。

擁壁の壁を飛ぶように登っていく姿は白岩山羊、急傾斜の帝王、いや女王だ。


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