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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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リユース・ヒューマン

 教会の夜、新月の明かりがステンドグラスから天国への梯子をかける。

 

 血流が止まり、細胞が死んでいく。

人の身体を構成していた三十七兆の細胞が死んでいく。

魂が天使に手を引かれて輪廻の環へと還ると完全な死が完成する。

身体は神の管理を離れて物質へと戻った。


「もう誰の物でもない、目覚めよ、その身体は君の物だ」

旅の僧侶は聖水を遺体の口へと贈る、何のエネルギーも持たない身体がビクリと震えた。

「天界で命の眠りを貪る者よ、我を許せ、目覚めれば儚き生が魂を焼くだろう、死に抗い戦え、自由を持って命の輝きを我に示せ、目覚めよ命」

死者を送る言葉には相応しくない、それはまるで蘇生の呪言。


植物の種は発芽に適した環境が整うまで幾つも季節を超える。

その種、その核が目覚める条件が揃った。


誰かが考えた、擬体を利用するよりも死んだ生物の身体を再利用した方が効率的なのではないか、と。

マルベル・ラ・ロメロ侯爵令嬢が棺の中で目覚めた時、既に年輪に記憶が刻まれていた。

原初の記憶は自分のものではない。

その記憶に従い死んだ身体の中身を徐々に入れ替える、死んで間もない細胞から身体の設計をなぞり小脳と大脳をコピーする。

創られた擬体への順応は二年から三年、大蜘蛛のような巨体になるとさらに時間が必要だ。

人体そのものを擬体にした場合、入れ替えの期間は約七日、筋肉も神経も再利用できるうえに動きを学習する必要がない、魂の抜けた大脳さえ乗っ取ってしまえばいいだけだ。

種子を植え付けられた人間は発芽したリルフに徐々に大脳を奪われ一度死に至る、そして擬体化が完成した時復活を果たす。

ゾンビ姫の正体、人の身体にリルフを騎乗させている、大脳以外は人の組織を再利用だ、神が捨てた乗り物の再利用、リユース・ヒューマン。

人間の少女の記憶、それと同時に自分を生み出した核が意図的にコピーした記憶、

過去が二つと現在進行形で刻まれていく記憶。

記憶の並行世界が自我の発生により過去になる、核から分裂した小核は基本的に元核の人格?を基礎として持っているが、ボディとなった人間の記憶が作用して新たな人格を形成する。

小核にコピーされた元核の情報は意図的に操作されていた。

こんな出来上がりになればいい、そんな作為を感じる。

「ふざけるな!! 」

かつてマルベル・ラ・ロメロだったリルフは怒りで棺を破った。


雌雄同体であるリルフの繁殖は元核から伸びた枝に子芋が付くようにして生まれる、分離といってもいいかもしれない。

記憶の年輪を持たないはずの小核に意図的に年輪を持たせる、それは人格そのもののコピー、リルフのクローン。

しかし記憶と人格を持つ生きた人間を素材にすれば一つの意識の中に二つの自我が混在するようなもの、当然軋轢と葛藤が産まれ第三の自我が発生することになる。

それは進化なのか。

旅の僧侶がリルフだったのかは分からない。

マルベルが持つ記憶にはその部分が抜け落ちている。

あるのは実験動物として生まれ迫害された辛い記憶、白く明るい部屋で核を刻まれ、臭い薬物の詰まった瓶に放り込まれる、人間と呼ばれる種が沢山いた、自分がその管理下にあることを理解した。

個体番号は十七番。

自分と同じ状況に置かれた同胞とも思わなかったがリルフたちが瓶の中にいる。

様々な味の何かが瓶の中に入ってくる、美味い時も不味い時もあった、その度に瓶は数を減らしていく、瓶から出されバケツへと放り込まれる。

死んだのだ。

同胞の死を見送り続けた果てに核は瓶に入りきらなくなった、この頃には人間の言葉も文字も理解していた。

人間どもが笑っている、手を叩いて喜んでいる、いったい何が嬉しいのか。

瓶の中から見た最後の風景は金属のベッドに寝かされた裸の人間。

暗い頭蓋の中に押し込まれた気持ち悪さ、自由を奪われた。

人の身体に寄生していることへの嫌悪と屈辱、自由を奪われた怨嗟が渦巻いている。

自由にしろ! 原初の願望。

もうひとつの記憶、侯爵令嬢として生まれ周囲の人間に愛されてきた記憶。

その目が見た世界は色鮮やかな光に溢れ様々な音が共鳴しあう。

少女が生きて来た痛みや苦しみさえ自由であることの証だ、身体という入れ物があってこその自由。

愛したい、愛されたい! 原初の願望、これはいったい誰の記憶なのか?


誰かが言った、自然は、命は何一つ無駄な物を創らない、と。

では、自分は何なのだ? 何者なのだ?

リユース・ヒューマン、マルベル・ラ・ロメロは鏡に映る顔を見ていた。

この美しくも醜く、純真無垢な煩悩と残酷な愛を合わせ持った自分が借り物の不自由な身体で何をするべきなのか。

マスター・オリジンは自由を持って命の輝きを示せ、だ。

「勝手な事を……」

元の自分から分離した自分はどこから別の個体となったのだろう、曖昧だ。

ただ元の自分、元核が存在し今も自分のコピーを増やし続けていると思うと核の中心から拒否感が湧きあがり口から溢れそうになる。

新たに手に入れたイエローアンバーを口から頭の中へと放り込む。

人間の身体を維持する食事とは別にリルフの核を維持するための食事。

すっきりと視界が広がる、目は二つだけではない。

人という擬体に騎乗した瞬間から既に自由はない、それも若い女だ。

この社会での絶対的権力は男にあると直ぐに理解できた。

幸いにもゾンビ姫などという字名を得られた、結婚して誰かに傅く必要はなくなりそうだ。

その代わり自分で稼がねば自由を得られない、貧弱な身体と貴族という地位は不利になる。

「ねえ、貴方はどうしたいの?」

何を成すべきなのかマルベルは鏡に向かって問うてみたが返事を聞くことは叶わなかった。


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