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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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失踪

 丘を駆け下っているとはいえ、そのリルフの一足は十メートルを遥かに超えている、

右へ左へとジャンプの方向を変えているのは狙撃を警戒しているからだろう。

 「白衣のリルフ!! 特攻が来るぞ!! 」

 騎馬隊の脳裏には爆発四散した仲間の映像が残っている、向かい合った騎馬は道を開けてしまう。

 ダンッ ダンッ ダンッ

 白衣のリルフはその道を駆け下る、自爆目的ではない。

 「いっちまった……? 」

 一体だけの疾走に兵士たちは意図を読めずに首を傾げるだけだ。


 「あれは……面白いのがいますね」

 「むうっ、あれもリルフか? 」

 煙幕の中から飛び出した白衣が飛び跳ね、丘を駆け下っていく。

 「擬体でしょう、人間の筋力では無理だ、しかし……人型であの動き、良く出来ている」

 「ポムロールでの擬体研究がこれほど進んでいるとは情報にないな、何か特殊な目的を持って作られたものか? 」

 「閣下、申し上げます、あれはポムロール側のアバランツァ隊の一体です」

 近くにいた地元警備兵が上申する。

 「アバランツァ? 負傷兵を運ぶリルフのことかね」

 「そうです、見たことがあります、ポムロールのアバランツァ隊は足が速いうえ、統率が取れており矢で仕留めることは難しいと聞かされています、恐らくあれは先頭にいた奴です、通称チェルヴァと仲間は呼んでいました」

 「こちらに刃を向けたことはありましたか? 」

 「いいえ、リルフたちは救助専門のようで刀や弓を装備している姿は見たことがありません」

 「先程の自爆攻撃といいポムロールの擬体リルフは此方とは違う進化をしているようだな、あのリルフの知能はいかほどだろうか、破壊してしまうには惜しいな」

 「はい、私もそう思います、ぜひ研究対象にしてみたいものです」

 ダダダッ バンッ バンッ バオッ

 本隊の前を通り過ぎて廃墟街の方へと進路を変えた。

 「脱走? いいや、そんなはずはない、この煙幕は援護だろう、何かを意図した行動だ」

 ピュンッ ピュンッ 弓が追っていく、が速過ぎて的外れが多い、そんな中で流れ矢が偶然にシノに迫った! 手には何も持っていない!

 当たる!! 一瞬黒緑の髪が翻る。

 バシィッ ギイィンッ 金属音と共に矢が弾かれる。

 その間も速度を落とす事無く足は回っている。

 「なんて早さだ!人間の三倍、いや四倍、人型でもあの速度が可能なのか……」

 白衣の擬体が丘の底部にまで到達すると今度は上流に方向を変える、跳ねていた走り方を平地用のピッチに変えた、更に加速する!!

 ダダダダダダダッ 歩幅は半分ほど、それでも五メートル、しかし回転が速い!

 骨格自体が撓り反発を生むドラゴンフレーム、同時に中足骨と足底筋、そして強靭な靭帯が地面に前に進むための力を伝達する。

 平地でのシノは鹿チェルヴァというよりダチョウ(ストレッツィーナ)だ。

 馬を越える速度で上流へと走り去り抜けるとあっという間に見えなくなった。

 連邦軍兵士は誰しも呆気に取られてその後ろ姿を見送るだけだった。

 「追いかけて貰おうかな 」

 クレディが後ろにいた黒づくめの男らしき兵士に小声で耳打ちする。

 「興味があるのか?」

 手足が長く細い体躯、返答はぶっきらぼうだ。

 「頼めるかい、セルピエ」

 「了解した、どう始末する? 」

 「生け捕りが良いな、知的レベルも確かめたい」

 「よかろう」

 「気を付けて、何かフェイクがあるかもしれない」

 「相手はリルフだろう、戦いにはならん」

 「何事にも絶対はないよ」

 「フッ、誰に言っている?」

 セルピエと呼ばれた黒服は馬を反転させると単騎でシノの後を追っていった。


 「すげえ! あれがシノの本気走りか!? 」

 「あっという間に駆け降りやがった! これじゃ煙幕の援護は必要なかったかもな」

 「騎馬が単騎で追いかけていったぞ! 」

 「馬でも追い付けはしないさ!」

 無事に丘を降りきってダム方向へ消えたシノに向けて城壁の上からパブロ達が拳を突き上げた。

 「流れ矢が飛んだ時には肝が冷えたぞ」

 「気合の入ってない矢なんて問題じゃないさ、彼女は重戦矢でも弾くからな! 」

 「まったく大した奴だ! 」

 「さあ、諸君、彼女が帰ってくるまでここを死守しなければならないぞ! 」

「おうよ! 今夜は彼女を華にして祝勝会だ! 不参加は認めねぇぞ」

 「ようし、俄然やる気が漲ってきたぁ!! やってやるぜ」

 「野郎ども、配置に付きやがれっ!! 」

 歓声と共に兵士たちは城壁の上をそれぞれの持ち場へと走っていった。


 煙幕には助けられたし槍によって迎撃されなかったのは助かった。

 長い槍に足を取られるのが最も危険だったからだ、煙幕が敵の視界を遮ってくれたお蔭で準備されることなく駆け抜ける事が出来た。

 大門を破壊した攻城砲の近くを横切る、放兵たちは此方には無関心だ、珍しい物を見るように呑気だ、此方に直接の敵意が無いのを悟っているのか。

 多脚戦車、まるで巨大な蜘蛛、きっとリルフが乗せられている。

 あんな巨大な入れ物に液体筋肉を満たすためにはどれほど時間が必要なのだろう、動かすために可動させる関節は少なそうだが相当な重さがあるに違いない。

 重い物を動かすためにはそれだけ筋肉の質量がいる、

 核が何処に居るかは分からないが自分の背の上で大砲が放たれるのは怖いだろう、擬体を得ても乗騎したのが兵器では不幸だ、一度神経を伸ばしてしまえば乗り換えることは出来ないはず。

 あのリルフの寿命はあの擬体の中で終わるしかない。

 哀れだ。

 悲しい運命とすれ違う一瞬、アンバランツァの妹たちの事が心をよぎる。

 救えなかった事実が心を、核を抉る。

 彼女たちは誰かに愛される事を今世で知る事が出来ただろうか、野生のままに何も知らないままの方が幸せなのかもしれない。

 人と出会い、人の愛を知ってしまえば、もう取り返しはつかない。

 求めずにはいられなくなる。

 せめて教えてあげていればこの後悔も少しは……次の輪廻はきっと……


 平地に出た、走り方を変える、上から前へと回転を上げていく!!


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