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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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スカベンジャー

 「貴方たち、ちょっといいかしら」

 「!?」

 現場を見られた!何時から見られていた?

 暗い森の影から現れたのは侯爵令嬢マルベル・ラ・ロメロだ!

 最悪な奴に見つかった!!

 「マルベル……」

 「何の……用さ?」

 チンピラたちは武器に手を伸ばした、カミソリ、アイスピック、ミートハンマー、ちんけな武器だが女子学園の中では十分に脅威になる。

 「殺気を感じるけれど何のつもり?」

 「うるさい!見られたからにはタダじゃ帰せないよ」

 「復帰早々余計な事に首突っ込みやがって!少しばかり痛い思いをしてもらおうじゃないか」

 へっぴり腰で凶器を構える、まったく様になっていない、人に向けた経験などないのだろう、単なる脅しだ。

 マルベルが手にしているのは厚表紙の本が一冊だけだ。

 「あら、そう……」

 無表情のまま氷の上を滑るように近づくと本の角がバチンッ! 下から突き上げるショートパンチの一撃が一人の両目の間、鼻根を正確にヒットする。

 「ぎゃああっ!!」

 鼻骨を折られると同時に目つぶし、大量の鼻血と共に悶え蹲る、戦闘不能。

 「なっ!?」

 歩みは止まらない、気付いた時には背後から首に向かって背表紙がめり込んでいた!

 ゴシャッ 何かが潰れる音 同時に膝裏を軽く蹴るとガクンッと後ろ向きに卒倒し、その勢いのまま後頭部を地面に打ち付けた!

 「カヒュッ」

 聞いた事のない音と共に動かなくなった。

 「!!!」

 ババッ こいつはヤバイ! 人を壊すことに何も感じていない、おかしい! 侯爵令嬢マルベルとは正義感は強いが人に手を上げるような女では無かったはず!

 「おまえ!正気かよ!?」

 ソフィアの持つアイスピックが震えている。

 フッと氷の薔薇が微笑む、その影は捕食者のそれだ、自分達は間違った獲物に手を出していた。

 「ひっ!!」

 その小さな悲鳴は人間の本能。

 それを見透かしたようにマルベルは本を胸の前に抱えた、その姿は知的な令嬢そのものだ。

 「お願いがあるの」

 「!?」

 次は自分たちの番だと冷や汗が背中を濡らしている、背を向けて逃げ出したいのに膝が震えて動けなかった。

 「欲しい物がある、手に入れて貰えないかしら」

 人形のように表情が消えている、視線を合わせることが怖い。

 「はっ、驚いた!あんたが薬やるっていうの!?」

 強がっても声が震えてしまう。

 「薬? ああ、麻薬のことね、違うわ、そんな物は不必要」

 「じゃっ、じゃあ何よ、何がほしいって言うの!?」

 「これよ」

 ポイと放り投げられた小瓶の中には透明な黄色の石、イエロー・アンバーだ。

 「これって……」

 「イエロー・アンバーよ、なるべく純度の高い物を一月以内に一キロほどお願いしたいの、どうかしら」

 「?」

 「もちろん報酬も弾むわ、そうね、市場価格二割増しをお支払いしてよ」

 イエロー・アンバーとは黄色琥珀石、宝飾品としての流通が主だが粉末にして、ある種の薬品と混ぜると狂人薬となるのは裏の世界の人間でも知っている者は少ない。

 「一キロなんて……そんな大量にいったい何に使うのさ!?」

 疑問と興味がつい口から出てしまう、本当に商売にしたいなら口は噤んでおかなければならない、知っていることが徳になることは稀だ。

 「貴方たちが知る必要はないわ、どうしても知りたければ命と引き換えになるけれど……」

 ゾッと冷や汗で濡れた背中が凍る、嘘じゃない、殺される。

 「待ってよ、一キロなんて卸一軒じゃ仕入れられない、買い占める様な真似をすれば私たちが目を付けられちまう、一月じゃ無理だよ」

 「そう、それじゃ三か月、初月は四百、後は三百ずつでどうかしら、今前金で百払うわ」

 「三か月……その位ならなんとか」

 「交渉成立ね、分かっていると思うけどこの事は他言無用に、契約を反故にしたらこの程度では済まないと覚悟してね、はい、治療費」

 握らせたのは白金貨、治療費が一月の稼ぎを超えていた、二人は目を丸くした、これが侯爵家の資金力か、それともマルベル本人の金なのか。

 「早く連れて行った方が良いわよ、多分今日は腫れて眠れない、これからは慎重に相手を見定めた方がいいわ、でないと死ぬ事になる」

 最後の言葉が冷たく突き刺さる。

 「!!」

 動けないチンピラ女に肩を貸して二人は足早にその場から離れようと重い足を引き摺り喘ぐ、その間も冷たい氷の薔薇の視線を受け続けた背中が凍傷になるほどの痛みに怯えていた。


 両陣営を分断する丘の最深部には干上がった川と低い橋が幾つか残されている。

 上流部にはラライダムという巨大な貯水がある、このダムは三方向に擁壁を持ち、連邦とポムロールの両陣営に水を送っていた。

 フォクシーの丘を分断する枯れ川の水源がダムの中央擁壁だ。

 丘の下流は黒い平野と呼ばれる肥沃な耕作地で水があれば麦や芋、豆、更には葡萄、畜産と大きな収穫があった土地だった。

 忌地とされる理由は内戦の前に大きな疫病が発生し住民のほとんどが病死したことによるものだ、丘を取り巻く深い森には魔物が住んでいると老人たちは信じている。

 廃墟となった村の建物が栄えていた頃の名残を僅かに残しているだけだった。

 両軍ともに大昔の疫病を理由に捨て置くのはあまりに惜しい土地、再開発出来れば大きな国力となる可能性を秘めていた。

 

 ポムロール陣営の砦の手前二百メートルほどの所に一直線の浅い塹壕がある、戦闘のない日の昼間に黒鍬組と呼ばれる近隣の住民が黒装束で死体を片付けていた。

 剣や弓、鎧などは剥ぎ取られて丸裸にされた兵士は敵味方なく浅い塹壕に落とされる。

 回収した武具や金品は黒鍬組の物になる、死体片付けの報酬代わりであり貴重な収入源でもある。

 強烈な腐臭と疫病感染のリスクを考えてもリルフには渡せない仕事だった。

 もう一つ、塹壕に放り込んだ遺体は埋めることはしない、敵が攻めて来た時に通らせないためだ、進軍してくる道程を誘導できれば戦力を集中できる、解放した落とし穴というわけだ。

 こんなことを発案した奴は地獄に堕ちるべきだ。

 比べて連邦側の丘では死体は放置されたままになっていて腐肉漁りと化したコンドルやオオカミ、野ネズミ、変わった所では大トカゲの餌にされて齧られ続けている。

 連邦の村々では食うに困って黒鍬組に参加する必要がない。

 国力の違いがここにも表れていた。


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