ゾンビ姫
「エリア16が落ちただと!?」
「はい、早馬の知らせです、間違いありません」
「なぜだ、あそこは堅牢な城の要塞、こんな短い期間で落ちるはずはない!!」
「ですが……城の大門は攻城兵器と思われる何かで破壊されたようです、そこから騎馬の進入を許して内側から瓦解したと考えるのが筋でしょう」
「連邦軍の攻城兵器で大門を破壊できるような物があったか? そうか、新兵器なのか!?」
「さすがはミレー大尉、そうです、連邦にそのような兵器は存在しません!」
「どういうことだ、副官」
「傭兵団です、少数らしいのですが強力な連中が援軍にいるようです」
「なるほど、傭兵団か……情報が必要だな」
「ポムロールの情報部に連絡を取ろう、何か知っているかもしれん、急がないとまずい、次狙われるのは此処だぞ!」
「情報があったとて何か対処が出来ますか、戦力の増強は望めませんよ、大尉殿、いっそ撤退の準備をするのはどうですか」
「バカなことを言うな、戦う前に逃げる準備など出来るか!バレたら笑い者にされるだけでは済まん」
「さりとて貴族の跡継ぎたる人材達をみすみす戦死させることも出来ないでしょう」
「むう、それはそうだが……これは戦争だ、仕方がない」
「私に良い考えがございます、聞いていただけますか?」
「いいだろう、申してみよ」
「ははっ、実は……」
「ゾンビ姫、戻って来たみたいね」
「おお怖い、埋められた棺を破って出て来たなんて、化け物ね」
「厄介者が帰ってくるわ」
「ヒーロー気取りのお姫様が居なければ過ごしやすい所なのに、残念ね」
「まったくですわ、ソフィア様」
「いつでも正義を振りかざして正論ばかり、彼女の意見が全体の意志だと思われては困りものです、ねぇ、ジュリー様」
白く塗られた木製の壁、二回の窓のカーテンの影からラ・ロメロ侯爵家の馬車が玄関に横づけされるのを二人の女学生が見ていた。
戦時中の国、貴族の子が通う学校も様変わりしていた。
授業の内容はもっぱら医学や薬学、砲術学なんていのまで学ばされている。
このまま戦争が続けば自分たちは看護師か、悪くすれば兵士として戦地に徴兵されるのではと女学生たちは不安になっていた。
「あの娘、教授たちに取り入って徴兵を免れようとしていたのではないかしら」
「ひょっとして死んだというのも作り話では!?」
「なるほどね、一度死んだ娘を誰も徴兵しようとは思わない、可哀そうだって」
「それは違うわね、不吉だからよ」
貴族の子息、男子は兵士として士官学校に、女子はその士官を支えるため宮廷学校に通う。
一般人の子供は私学や塾だ、もちろん裕福な家庭に限られる。
社交界にデビュー出来れば婚約出来るかもしれない、結婚できれば徴兵されない。
……はずだ。
将来有望な若者、そんな家柄に選ばれるかどうか、その判断基準に宮廷学校の成績も含まれる。
更には教授たちの内申書が重要だった。
教授たちに受けが良いというのは、それだけで将来を約束されたようなものだ。
マルベル・ラ・ロメロ侯爵令嬢がユニバ宮廷女学院に帰って来た。
以前どおり少し黄色が強い金色の長い髪をストレートに伸ばし、彫の浅い丸い顔に二重の大きな目、はっきりと物を言う口も大きく華がある顔だ。
大股でズンズン歩く印象。
教室では委員長、部活では部長、人が集まれば必ず中央にいるリーダータイプ、自分にも厳しいが、同様に他人にも厳しい。
取巻きも多いが敵も多い。
そんな彼女が講堂の扉を開いた時、全員が感じた印象、違う、誰?
大輪の黄色い薔薇は氷の薔薇に変わっていた。
以前なら( おはよう ) 講堂中に良く通る大きな声が響いていた、今はどうだ、入口で一礼すると半円すり鉢型の席にチラリと瞳を動かしただけで声を発するとなく教科書を抱えて静かに歩いていく。
その視線は仲が良かった友人の前を通り過ぎても正面のままだ、微妙な眼差しにも気付いていないのか無反応だった。
講義の前にマルベルの復学について言及する教授はいなかった、講義は淡々と進んだ。
その日の昼休み。
子爵令嬢ソフィアとジュリーたちは校舎の裏手の森で数人の女性徒を囲んでいた。
「ねえ、返済期限は今日までのはず、お忘れになりまして?」
「少しだけ待ってください、来週には必ずお返しします」
迫られていたのは垢ぬけない大人しそうな少女たちだ、下級クラスだろう。
「来週?先週もそう言っていましたわよね、こちらも困るのですよ、皆さんに貸したお金はクラブの運用資金、表沙汰になれば私達は退学処分、笑いごとでは済みません、お分かり?」
真ん中で話を仕切っているのはソフィアだが、後ろに控えて煙草を弄んでいるジュリーがリーダーだ。
その他にも三人、ガラの悪い見るからに素行不良な女が薄笑いを浮かべて獲物を睨み付けていた。
「借りた金は返さないとなぁ、いけないわなぁ!」
「その分いい思いをしたわけだしよぉ、ソフィア様たちに迷惑かけたらどうなるか!覚悟は出来てんのかぁ!ああ、コラッ!!」
淑女を育てる宮廷学園だろうと犯罪の素質のある者はいる、優しさを微塵も感じさせない恫喝は幼い女性徒を脅すには十分すぎる。
「ひいいっ」
「まあまあ皆さん、脅かすような真似はおよしなさい、怖がっているじゃない、ごめんなさいね、でも、こちらも切羽詰まっておりましてね、困っているのは本当なのです」
ジュリーが優し気な顔で仲間たちを制した、脅しと緩和、その落差で騙す。
チンピラの常套手段だ。
「あの薬、良く眠れるでしょう、それにとても気分が良くなる、最高よね」
ピラリと白いパッケージを取り出して見せる。
「ああっ!それっ、もうなくて……」
「欲しいの?」
「欲しいッ!欲しいッ!ないと辛いのです!!」
「そんなに欲しい?」
「頂戴!何でもするから!!」
「ふふんっ、よくてよ、考えてあげる」
パッケージを少女たちの前に束にして放り投げた。
「!!」
わっと一斉に拾い集める、少女たちの目にはその白い粉しか映っていない。
「ここまで来れば完成品、今月分の納品は十分ね」
蔑んだ目で少女たちを見下ろし嘲笑を浮かべた。
「こんなガキを欲しがる男がいるなんて気色が悪いったらありゃしねぇ」
恫喝役の女は唾を吐いた。
「下賤の民草には貴族の令嬢っていうだけで価値があるものなの、普段は媚びている貴族の娘を組み伏せるだけで昇天しちゃう、ゲスはどこまでいってもゲスなのね」
ソフィアも煙草に火を点けて深々と吸い込み、細い糸のように煙を吐き出す。
「まあ、それで稼がせて貰っている私たちも大概ゲスだけどね」
「いい気味よ、貴族っていうだけで何不自由なく暮らしてきたんだもの、少しは痛い目を見ればいいのよ」
チンピラの彼女たちは今はまだ学園に在籍出来ている、しかし家は戦争で没落の危機だ、当主や嫡男が死亡した、または酷い失敗、最悪は寝返りだ。
男たちの運命が彼女たちの運命だった。




