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LILF(リルフ) 巡礼のマリオネッタ  作者: 祥々奈々
第一章 戦場のアバランツァ
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LILF(リルフ)

それは遠くない過去。

 ここではない異世界の大陸

  巨大な山脈の裾野、深い森の片隅

   人形は冬に墓標を建て 春には花を 夏には酒を 秋には収穫を供え

    愛しき者の魂に祈り 約束の地へと旅立つ

     それは創造主への忠誠と愛情

      どこまで精密に再現しても人間にはなれない

       人形であることの宿命、哀しい運命


 標高一万メートルを超えるラライ山脈の頂点、サガル神山の麓、内戦は勃発(ぼっぱつ)して三年になる、戦況は独立の旗を掲げたポムロール側不利に傾いていた、ここは忌地エリア17、激戦地ウィクシーの丘。

 枯れ川を挟み連邦とポムロール軍は十キロ四方の狭い台地を取り合っていた、背後には水源のダムと運河、さらに捨て去られた廃墟の街。

 両軍とも暗黙のうちに市街地での戦闘は避けている、破壊してしまえば両軍にとっても損害になるからだ。

 戦場は市街地を挟んだ両軍の膝元で繰り返されていた。

 今、ポムロール軍が無茶な特攻を連邦の丘に仕掛けている、剣と槍を突き上げ、盾を掲げて丘を駆け上がろうと突進していた。

 オオオオオオーッ ドンドンドンッ 怒声とも悲鳴とも知れないと叫びと共に進軍を指示するドラムが鳴る!

 「行けえっっ!突撃せよ!!」

 将校が激を飛ばす、ポムロールの旗の元に兵士が塹壕(ざんごう)から飛び出していく!!

 「わあああああっ!!」

 兵士は狂気の雄叫びを上げて走るしかない。

 「畜生!死にたくねぇ!」

 塹壕の中で震えていたのは若い新兵、剣を胸に抱いて目を血走らせる。

 名前をパブロ・フェリシモ、鍛冶屋出身の三男で徴兵され兵士になった若者だ。

 塹壕から頭を出して覗くと先行した兵士の上に敵軍から放たれた重戦矢が降り注いでいた、通常の倍の長さと重さの矢は盾など簡単に打ち抜く、普及し始めたマスケット銃を(はる)かに(しの)ぐ射程と威力を持っている、ポムロール軍が押されている一因だった。

 「自殺しに行くようなもんじゃねぇかよ!」

 なんの策もなくただ丘を目指したところで難攻不落の丘に一矢も届かせることは不可能に思える、この軍の指揮官は大馬鹿野郎だ!

 ヒュウウウウッ ザアアアアアッ ドスドスドスッ

 ギャアウッ ヒイギャアーッ 

 空気を裂く重戦矢と悲鳴が丘を埋め尽くす! 仲間たちの背中が次々に地面へと縫い付けられる、塹壕から出れば自分もそうなる、恐怖が心と身体を硬直させる。

 ピッピッピィィィー 甲高い笛の音!

 「リルフ隊、準備!」

 指揮官の声が響く、リルフ隊、負傷兵を担ぎ戦線から離脱させるのが役目の部隊。

 ザッザッザッ 専用の壕から白いナース帽が覗く、二人ペアで担架を担いでいる。

 白い背中に赤十字の文字が目立つ。

 全員が女性、いや女型と言った方がいい、姿は人間だが中身はリルフだ。

 Liquid intelligent life form 知的液状生命体 LILF(リルフ) 

 簡単に言えば自我と知能を備えたスライム状の生物、それを人型や獣型の人形に移植させて人間が使役する。

 人には劣るが犬や馬、従来の家畜よりも遥かに知的で人間に対して従属的だ。

 兵器としての運用も試みられたが敵味方なく人間に対して敵意を持たない個体が多く兵士には向いていなかった。

 この戦場に於けるリルフたちも同様だ、女型なのは敵に対して同情を誘うためだがどれだけ効果が有るのかは分からない。

 「リルフ・アンブランツァ隊、出動せよ!負傷兵を連れ戻せ!」

 ピイィィィィィー 突撃の合図、リルフ隊は躊躇(とまど)う事無く戦場へと、重戦矢の雨の中、担架を傘に飛び出していく。

 その数、二十一人、十組と一人、先頭を走る少し大柄な女型は担架ではなく背中に背負子(しょいこ)を担いでいる。

 「あれはチェルヴァ(雌鹿)! あいつ、また先頭に……」

 ダダダッ リルフ隊を先導する個体は雌鹿チェルヴァと呼ばれる女型リルフ、速く、そして賢い、重戦矢の着弾位置を弾道から予測して走り抜けていく。

 後ろを走るリルフたちはチェルヴァの背中を追っているだけだが一組も脱落していない。

 負傷兵をリルフ隊が担架へ収容している間、チェルヴァは飛んでくる重戦矢を両手に持ったナイフで迎撃する!

 ビュンッ ガイッンッ 寸前で見切り矢を叩き折る、人間以上の動きだ。

 「しっかりして!傷は浅いわ、助かります」

 言葉を話なす事が出来ない個体が多い中でチェルヴァは負傷兵を励まし、仲間に応急処置の指示をしている、非凡であることは間違いない。

 「第二次攻撃隊、出撃だ!」

 ドンドンドンッ ドラムを叩く音が響く、パブロの順番が来た。

 塹壕から悲鳴にも似た奇声を上げてパブロも飛び出す、途中で担架に乗せられ、リルフ隊に運ばれる負傷兵とすれ違う、心底(うらや)ましいと思った。

 怪我をしても生きて離脱出来る、運がいい奴だ。

 ザアアアアッ 重戦矢の雨が大気を裂く音に心臓が縮みあがり足が竦む、その場に膝を折ってしまいたい、足が重い。

 「!!」

 気付くと着弾点の真下にいた、直撃コース!

 「あ、ああああ……」

 自分目掛けて降ってくる、こんな時ばかりやけにゆっくりと見える。

 ここで死ぬのか、パブロは諦めて足を止めた。

 「危ない!!!」

 ドカッ 突き飛ばされて転がった!

 「なっ!?」

 何が起きたのか分からない、振り向いた先の光景で理解した。

 チェルヴァだ、その胸を重戦矢が貫通している!!

 自分を(かば)って射抜かれた!!

 「そんな……」 人ではないと分かっていても若い女の姿に情が湧かないはずはない、ジワリと涙が滲んでくる。

 しかし仁王立ちの女型リルフは倒れない、それどころか地を蹴りパブロの盾となって降り注ぐ重戦矢を叩き落す! ガキィンッ バァキンッ その度に重い音と火花が散る。

 「さあ!早く立って、止まっていると狙い撃ちにされる、死にたくなければ走って!!」

 お面だけのリルフには表情がない、違う、チェルヴァは歯を食いしばり迫る矢を睨みつける、これ以上ない位に緊張と緊迫感が伝わってくる。

 「くっ!!」

 我に返ったようにパブロは丘に向かって走り出した、涙を拭った目の端に戦場を駆けていくチェルヴァの姿が映った、その胸には痛々しく矢が貫通している。

 リルフは一度人形と同化すると乗り換えることは出来ないらしい、四肢や各器官を動かすために神経を伸ばすからだ、身体を動かしている筋肉もリルフが増殖して作っているという。

 チェルヴァの擬体は大量生産された物ではないだろう、きっと特別な創造主がいるに違いない、あれほど精緻で速く正確な動きを再現するためには人間の構造を余程理解していなければ再現できない。

 凄いことだ、創造主に会ってみたい。

パブロは苦しい呼吸に喘ぎながら死の恐怖から逃れようと戦場を飛ぶように翔ける雌鹿に目を奪われていた。


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