ep.1
昼、街は賑わっていた。レストランやカフェが多く存在する広場に人が流れる中、反対方向に悠々と足を進ませる1人の少女がいた。
その少女の名はメロ。彼女にはとある日課がある。その日課とは本屋に通うことだ。
と言っても彼女は本を買うわけではない。本屋の店主に会いに行くのだ。
そのころメロが目指す本屋では、店主が本にはたきをかけていた。カーテンから漏れる光で、店内は微かに照らされている。店主がはしごを登り本棚の上に位置する窓のカーテンを開けると、店内は一気に太陽の光に包まれた。
店主は店の灯りをつけ、数ある本棚の中からある一冊の本に目を留めた。店主はそれを手に取り微笑んだ。
「ハインドさんいるー?」
心地良い静寂を破り、店の扉から顔をのぞかせたのは常連客のメロだった。
「いないよ」
店主は彼女に顔を向けずに答える。
「いや、いるじゃない」
すかさずメロがツッコんだ。
「今日も営業妨害しに来たのかい?」
店主は先程の本を持ってカウンターまで移動しながら、彼女に言った。
「ひど!営業妨害て!」
メロは大袈裟に傷ついたような素振りをしてみせた。
「冗談だよ」
店主は愉快そうに微笑んだ。
そうしている間も、店主の手は先程の本を愛おしそうに撫でていた。
「そりゃそうでしょ!ていうか、なんなら手伝ってあげてるじゃない!営業!」
そう言って、メロは胸を張った。
「はいはい」
店主はそんなメロを軽く受け流した。
メロは我が物顔で、カウンター前にある椅子に座った。
「ハインドさん、今日は何する?」
メロは頬杖をつきながら聞いた。
「そうだね、今日は久しぶりに本の整理でもしようかな」
本当!?と興奮気味に言うメロに、店主は頷いて返した。
「やったー!本の整理、楽しいから好きなの!」
メロは待ちきれなさそうだ。
「じゃあ、あっちの方からやるね」
メロが本棚を指をさす。
「お願いするよ」
店主の返事を合図に、メロは椅子から立ち上がり、向こうの本棚へと向かって行った。店主もカウンター近くの本棚に近づき、丁寧に本を取り出していった。
この本屋における『本の整理』とは、本の手入れのようなものだ。本を一冊ずつ目利きしていき、古いものには修繕を加える。
一見、普通のことなのだが、その『修繕』こそ、店主が大切にしているものだった。
すると、メロが店主の方へ来た。手には一冊の本を持っている。
「ハインドさん、これ、どうする?」
そう言い、メロが差し出した本は、かなり廃れていた。表紙が黄ばんでおり、所々、破れている。
「この本は、持ち主がいないんだよ」
店主が言った。
「持ち主?」
メロが聞き返す。ああ、と店主は頷いた。
「この本屋にある本には、基本、持ち主がいるんだよ。言ってなかったかい?」
「言われてない」
メロは頬を膨らませた。
「あはは、それは失礼」
店主は笑って答える。
「何よ!もう、手伝ってあげないんだから!」
メロはふいっと顔を背けた。
「ごめん、ごめん。今、説明するよ」
店主はカウンター内の椅子に腰を下ろした。メロも向かいの椅子に腰を下ろす。
それを確認すると、店主は語り始めた。
「ここにある本には、その人の思い出、言わば、人生が詰まってるんだ。まだ何も入っていないのが、白い本で、それ以外は、全部、人の思い出が入っているよ。それを保管しておくのが、この本屋の役目。さっきの本は、持ち主、その人が亡くなってしまったんだろうね」
すると、メロが口を開いた。
「持ち主の思い出が、本に入ってるってこと?」
「そういうことだよ」
メロの問いに店主は頷く。
「……で、この本の持ち主さんはもういないんだ……」
メロは声を曇らせた。
「うん。随分、前に色がついた本だからね」
店主は表情を変えずに答えた。
「これ、どうするの?」
メロは本を撫でながら言った。
「そうだね……、持ち主がもういないから……」
「……捨てちゃうの?」
メロが言った。声が揺らいでいる。
「いや、捨てないよ。お墓を作ってあげようか」
店主が言った。
「お墓……?」
メロは目を瞬かせた。
「うん」
そう言い、店主はメロに向かって微笑んだ。
悠々と書いてゆうゆと読みます。
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