カインの従軍
僕たち三人が王宮の中庭で話し合ってから二週間経った。
王宮前の広場では従軍する兵士たちの壮行会と出立式が行われた。国王陛下と王后陛下がご臨席の中、華々しいファンファーレと紙吹雪と大勢の見送りの中、カインは出立して行った。
騎馬兵に歩兵、そして補給隊など数万人にも及ぶ大軍が勇ましく国の旗と軍旗を翻して、その姿を小さくしていく。
王族の近くの席にいた僕たちからは、騎馬兵の末端にいたと思われるカインの姿は見つけられなかった。だが、きっと堂々と行軍していったのだろう。
沿道には、いつまでも歓声を挙げる者と、それに隠れてすすり泣く者がいた。
そして、シード子爵夫妻は認めることができたが、シルヴィの姿を見ることはなかった。
カインが出立した直後、小国は鎮圧され、西国は我が国に対し宣戦布告した。
*
「カインがシルヴィに来なくていいと言ったらしいです。どちらが良かったのかわかりませんけどね」
「そうか」
シモンは小さく息を吐くと分厚い書類の束を手に、いつもの飄々とした顔で私を見た。
「それよりも、こちらの書類ですが公共工事に関してです。当初の予定より経費が膨らんでいます。……戦争の影響で資材が高騰しているんですよ。あと男手が取られて人件費も膨らんでいますね」
「そうか、しかし水害を防ぐためのものだからな。どこを削れるか……」
書類を受け取りながら、気丈に行軍を見つめるシード子爵とハンカチを握りしめた子爵夫人を思い出す。
……シルヴィは今どんな気持ちでいるのだろう。
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カインが出立して三か月後、外は葉が落ちた木々が立ち並び寂しい風景となっている。風も冷たくなり確実に冬に向かっている。
新聞には勇ましいことしか書かれていないが、戦場は更に厳しい状況に向かっているだろう。
西国が北の帝国の支援を受けているとはいえ、我が国の王太子を中心とした外交部に属する諜報部が水面下で交渉をしているし、軍隊の規模も拮抗しているはずだ。
大丈夫だ。カインはきっと大丈夫だ、と僕は自分に言い聞かせる。
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僕とマリアベルの結婚式の準備は順調に進んでいる。先日はドレスの仮縫いができたと知らせを受け、試着と僕の衣装のデザインを決めた。
マリアベルは愛らしくも美しい令嬢で、控えめで教養もあり文句のつけようはない。穏やかな結婚生活を送れるだろう。だが、胸が高鳴るような想いはない。可愛い従姉妹、と言ったところだろうか。
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王都は変わらず社交シーズンを迎えた。時世柄、華やかな夜会などは控えられて主にチャリティーのバザーやオークションが行われている。
父母も王都にいて、ともに夕食を摂っていた時だった。
「旦那さま、お手紙が届いております。」
その手紙は軍部からのものだった。父が手紙を受け取り確認した。
「カインが行方不明……?」
「カインが!?」
僕は思わず椅子の音を立てて立ち上がった。
現在、カインは王宮の陸軍に期限付きで所属しているが、元々の主は父だ。だからその知らせが父に届いたらしい。
「行方不明とは?」
「ただそれだけだ。他はなにも。」
父は手紙を置いて項垂れた。
「シードに謝らねばならん。」
「……父上は、良かれと思って推薦したことですから……。それに各地から兵が集められているこの状況では遅かれ早かれ派兵されていたでしょう」
平和ならばなんの問題もなかった。王宮で修行して経験を積んだ者はバークレーにとっても必要な人材になるはずだ。
そう思い、父は王宮警備にカインを推薦した。ところが状況が一変し、カインは陸軍へと配置換えさせられたのだ。
僕は手紙を受け取り、目を通した。この一枚の紙ではカインが捕虜になったのかどうなのかわからない。
「この知らせはシード子爵にも届いているのでしょうか?」
「そうだな、領地には早馬で半日後ぐらいで届くだろう。ジル、シモンを呼んできてくれ」
父は執事に同じ王宮内にある宿舎にいるシモンを呼びにいくように命じた。
十五分後、執事から聞いたのだろう、憔悴した面持ちのシモンが現れた。
「シモン、明日から休暇を与える。すぐにバークレーに戻れ」
「……いえ、私はここに」
「シモン、こちらは大丈夫だ。まだなにもわからないが、ご両親と……シルヴィが気落ちしていることだろう。様子を見てきてほしいんだ。これは私からの命令だよ」
僕の言葉にシモンはぐっと顔を歪ませ、深く頭を下げた。
シルヴィのことを思うと、僕が飛んでいきたい。しかし、僕の立場では動くことができない。歯痒いが、カインの兄でもあるシモンが僕の側近であることに感謝した。
「はい、ありがとうございます。すぐに戻ってまいります……!」
シモンはそう言って、夜明け前に出立した。
*
カインの無事を願う中、戦況は刻々と変化し、国王の弟であり相談役としての父も財務部に勤める僕も対応に忙殺される。
そのような状況の中、僕とマリアベルの結婚式は延期された。しかし貴族の結婚は契約でもあるため婚姻はなされたのだった。
お互いの家族と食事だけの、慎ましやかな祝宴となった。
「ベル、すまない。戦争が終わって落ち着いたら素晴らしい式を挙げることを約束するよ」
「わかっておりますわ、フィリルさま。わたくしはあなたの妻となれただけでも幸せです」
それからしばらくして、戦争は我が国の勝利で幕を閉じた。
続々と兵士が帰還してくる。シルヴィもシモンに伴われて王都に出てきて、宿泊施設に逗留しながらカインを待っていた。
怪我のない者からだんだんと怪我をした者、命はあるものの衰弱した者と続く中、待っても待ってもカインは戻ってこなかった。