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近寄る不安と不穏

 次の年からカインが王宮で勤務をすることになった。シルヴィは領地に残り、これまでと変わらず商会の手伝いを続けるそうだ。

 

 僕との手紙はやめることにした。お互い婚約者がいる男女が手紙のやり取りをして、やましいことはないとはいえ足元を掬われることもある。

 言いようのない寂しさが込み上げる。彼女からの手紙がどれほど励みになっていたのか、今になって思い知らされた。


 同じ王都にいるが王宮にいるカインとスクールの寮に住む僕は顔を合わせることはない。淡々と日々は過ぎていく。


 *


 そんな日常の中、西国が我が国に隣接している小国に攻め込んだという知らせが届いた。小国が制圧されると我が国への侵攻もありうる。

 国境の防衛のため、王都はもちろん各地から兵士が集められ派兵された。


 戦地から離れた王都では、日常が続いているように見えて少しずつ変化が見えてきた。

 毎日戦況に関する号外が飛び、物価が上がり不安が国を覆う。父やシード子爵は、穀類は潤沢に備蓄されていることを発表し、混乱を抑えるように努めている。

 

 僕たちの周辺にも影響は及ぶ。戦地への派兵が続いた影響で、予定されていたカインの帰郷が延期になった。

 その状況を受けて休みの日にカインとシモンに会うことになった。場所は王宮の中にある文官たちが利用する庭にあるテラスだ。


「申し訳ございません、フィリルさま。このような使用人が利用する場所までおいでいただき……」

「いや、問題ない」

「でも女性たちの視線がフィリルさまに集中してます。」

 シモンがくすくす笑うとカインが驚いている。

「兄さん、いつの間にフィリルさまとそんなに親しくなったの? 俺の方が先に知り合ったのに」

「カイン、カインは友人だよ。シモンは、そうだな。頼りになる兄のような存在かな」

 僕がそう言うと二人は驚いたように目を見開いた。

「も、もったいないことです」

「ふふ、友人と兄なのだから、もうそろそろ砕けた話し方をしてもらってもいいんだけどな」

 

 カインが持っていたカップを静かにソーサーに置いた。

「もう長いお付き合いをさせていただいていますけど、フィリルさまは会うたびに高貴さと美しさが増して男の俺でも直視できないんですよね」

 シモンが頷く。

「フィリルさまに物おじせずに話せるのはシルヴィぐらいでしょうか」

「……え」

 突然の名前に心臓が跳ねる。

「カイン、たぶんシルヴィはフィリルさまの凄さがわかってないんだよ。」

「いやでも見たらわかるだろう」


 思わず苦笑いをしてしまう。それはつまりシルヴィにとって僕はその程度の存在だということだ。


「そういえばシモン、あの話は考えてくれたかな」

 僕がシモンに尋ねていると、カインが首を傾げる。

「何の話ですか?」

「私もスクールを卒業して、財務に籍を置くことになった。今外交部にいるシモンを引き抜きたいと思っているんだ。私の秘書としてね」

「外交部でまだ五年で、実績も上げてないのでお恥ずかしいです」


 僕は将来、父の跡を継ぐことは決定しているが、宮廷での立ち位置として財務に籍を置く。僕の手足となって働く者としてシード家の人間は非常に信頼できる。

 

「兄さん、いい話じゃないか。……ああ、でも僕がまだ領地には帰れそうにないから父上に相談しないとね」

「やはり帰れそうにないのか?」

 私が聞くと、カインは頷きながら続けた。

 

「ええ、戦が長引いてあちらに人員が取られているため、王都の警備の要員としてまだ帰れそうにありません」

「シルヴィはどうするんだ?」


 シルヴィの名を聞くたびに胸が痛くなる。カインとシルヴィは、カインが王都から帰還して成人したらすぐに結婚式を挙げる予定だったのだ。シモンに問われてカインはカップの取っ手を指で弄びながら目を伏せた。


「待ってもらうしかないかな。こちらに来ても知り合いはいないし住むところも今の給料じゃいいところを借りられないし。それに俺も……」

「ん?」

「いや、夜勤とかで帰れない時もあるからね。あっちで待っていてもらう方が安心だよ」

「そりゃそうか」

「俺のことより兄さんも早く見つけないと」

「うーん、そんな暇がないんだよな」


 外交部にいるシモンも、戦のあおりで仕事に忙殺されているようだ。たしかに前に会った時よりやつれている。

 しかし、今はどこも似たような状況だ。


 ひたひたと、しかし着実に重苦しい空気が近づいてくるのを感じる。

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