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幸せな日々

「カイン、レディにそんなことをしちゃダメだよ。レディ、頭を上げて?」

「えっ、あっ。私はシルヴィ・ロバンです。初めまして」

 シルヴィは頭を上げてぱあっと周囲が明るくなるような笑顔を向けてきた。


 王都の宮廷でよく見ていた作られたような笑顔ではない。胸の奥がドクンと鳴ったが、カインはそんな僕に気づかないようで、にこやかに話し始めた。

「フィリルさま、シルヴィはロバン商会の娘なんです」

「あ、ああ。ロバン商会……。穀物販売の窓口になっている商会だね」

 

 ロバン商会は、この穀倉地帯の穀物や農産物と他領の商品を取引の窓口となっている豪商だ。街の中では有力者の類で、貴族の集まりにも呼ばれるほど大きい。

 手入れされた髪の毛やピンク色のエプロンドレス。シルヴィが貴族の娘と言われても遜色のない見た目は、大切に育てられてきたのだろうと見受けられた。


 その後すぐに街に出ることになり彼らとは別れたが、しばらく彼女の笑顔が忘れられなかった。


 *


 結局、屋敷を大幅に改修と増築をすることになり、それが終わるまで僕は王都と領地を行ったり来たりすることになった。


 カインの父、シード子爵はそのまま父の下で領地管理の仕事を担うことになった。そのため屋敷の増築と共に敷地内に小さな邸宅を作って、街に住んでいた子爵一家が引っ越し、カインは私の近侍となってバディスト家の使用人たちとともに僕に仕えることになった。

 

 *


 屋敷の工事が終わると、僕は社交シーズン以外を領地で過ごした。まだ子供の僕は社交に出るわけではないので領地にずっといても問題ないのだが、公爵家の嫡男が王都にずっといないのは問題らしい。王族に準じる立場として国王に恭順の意を示すとともに、王都にいる高位貴族の子息たちとの交流も必要なことだからだ。

 

 領地にいる間、僕は将来この領地を治めるために見聞を広めたり、経営学を学ぶ。

 一方、カインの夢は騎馬兵になることなので、僕の護衛のアンリを師と仰ぎ乗馬や剣技を学んでいる。


 それ以外の時間は相変わらず二人で馬の世話をして過ごしていた。


 *


 時々は庭でシルヴィを交えておやつを食べる。

 

「フィリルさまの瞳の色、綺麗ですね。ここは内陸で私は海を見たことがないけど、絵で見た海のような色です。髪の毛も青みがかった銀色でとても綺麗。」

 シルヴィが机に頬杖をついて私の顔を見ている。

 僕は銀色の髪に明るい青い瞳で、よく冷たそうだと言われる。海のような色とは初めて言われた。

 

「シルヴィ失礼だよ。それにお行儀が悪い。……申し訳ありません、フィリルさま」

「いいよ。でもシルヴィの瞳も春から夏に移り変わる森のような色でとても綺麗だ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「そういえば、草原に咲いていた白い花はもう終わったんだね。あの花はなんというか名前なの?」

「シロツメグサと、フィリルさまが初めて来た時に咲いていたのはイベリスです。私、あのイベリスの花が一番好きなんです」

「シロツメグサって、馬がよく食べるんですよねぇ」

「カインは黙ってて」


 *


 シルヴィは豪商の娘のため、ある程度のマナーなどは習っているが、読み書きは名前が書ける程度にしか習っていない。カインは子爵家の次男で兄のように家庭教師をつけてもらってはいないので、兄の持っていた本を使ってシード子爵家の執事に教えてもらいながらほぼ独学で習得していた。

 

 僕は一人で勉強するのもつまらないので復習がてらカインとシルヴィに読み書きや計算を教えることにした。

 

「私が来年から通うスクールにはカインの兄のシモンもいるのだったな。」

「はい、出仕している侯爵家の若さまの側仕えとして通学しています。フィリルさまの入学と入れ違いに卒業となりますが、その後は王宮で文官となる予定です。その前に試験に受かる必要がありますので、今は卒業試験と文官試験に向けて帰ってくる暇もないようですよ」

 シモンは父親と同じ宮廷での文官になるらしい。

「カインの兄ならば優秀だろう。王宮なら顔を合わせることもあるかな」

 

 するとシルヴィがにこにこ笑いながら遮った。

「見たらすぐにわかりますよ、フィリルさま。シモン兄さまはカインととてもよく似ていますから」

 カインはハニーブラウンの髪の毛に夏の空のような青い瞳をしている。僕とはまた違った深みのある青だ。

 

「そうか。楽しみだ。だが、スクールに行ったらなかなかこうやって帰ってこられなくなるんだな」

 カインは、将来は騎馬兵となることを決めたため、このまま領地に残り公爵家が有する警備隊に入ることになった。一緒にスクールに通うことはできないのだ。

 

「あはっ、フィリルさま『帰ってくる』と言ってくれるんですね。ここが故郷のような表現をしてもらえて嬉しいです!」

 シルヴィが花が綻ぶように笑った。

「うん、故郷だとよかった。そうしたら君たちと幼馴染だったのにね」

「俺がここに来たのは七才の時ですし、十才からなら幼馴染と言ってもいいと思いますよ」

「そうよね、こうやって一緒に勉強もしていますし。ね」


 そうは言っても羨ましい。笑い合うカインとシルヴィは同じ空気を纏っているような気がして、本当に羨ましく感じるのだ。


「ずっと王宮に暮らしているから、私には故郷と呼べるものはないんだ。ここはとても落ち着く場所になったよ」

「素敵! フィリルさまは本物の王子さまなんですね!」

「シ、シルヴィ!」

「え、すみません……」

 縮こまるシルヴィに思わず声を出して笑った。

「ははっ、構わないよ。本物の王子さまでなくて申し訳ないけど」


 はるか下位だけれど一応王位継承権もある。だがそれは黙っておこう。

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