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まるで金の海のような

「フィリルさま」

 

 あの再会から三日後、落ち着いた頃にカインの帰還を祝っての晩餐が開かれた。

 食事も終わり、さあどうしようかという時にカインから声をかけられて顔を向ける。

 窓の外は月に照らされた静寂に包まれている。マリアベルとシルヴィたち女性陣は早めに休むとそれぞれの部屋へ戻り、父とシード子爵は執務室の方へ移動した。

 

 僕とカイン、そしてシモンの三人は少し狭い部屋に移り、椅子に座ってテーブルを囲んでいた。その上にはチーズや生ハムが載ったカナッペとワインが入ったグラスが置いてある。

 

「……痛みはもうないのか?」

 カインは膝から下を失った右足の太ももをさする。

「ええ、もうすっかり。でも、ないはずの足が痒く感じたりするんですよ」

 不思議ですよね、とカインは穏やかに微笑んでいるが、どれほど辛いだろう。自分には想像もできない。


「シルヴィをシード家の離れに匿っていただいていたとのこと、改めてお礼を申し上げます」

 カインが深々と頭を下げた。

「……いや、こちらにいる間、妻の話し相手にもなってくれていたしな」

 

 カインの目をまともに見ることができない。自分の心の醜さが嫌になる。

 

 シルヴィとどうこうなろうという気持ちはなかった。ただそばにいてその笑顔を見ることができるのなら、と思っていた。カインの記憶が薄れ心に余裕ができたなら、その時にはできるだけのことをして幸せにしたいと思っていた。

 

 だが彼女の心からの笑顔を僕は引き出すことが出来なかった。

 痩せて、傷だらけのカインが馬車から降りてきた時の、あの涙を流しながらの輝くような笑顔。

 周囲のことは目に入らず、一心にカインに駆け寄る後ろ姿は、歓喜に輝いていた。

 

 敵わない。


 今までもシルヴィに対する想いは隠してきたけれど、たった今から完全に封印する。


 バディスト家の堅固な守りとカインの帰還により、ロバン商会とシルヴィに向けられた危険は完全に収束したと言えるだろう。とはいえ小麦の収穫は抑えられたままなので油断はできない。

 しかしそれをどうにかするのは領主たる父と僕の仕事だし、また別の話だろう。

 

 僕は、茶化すような視線を作り、シモンとカイン兄弟を見た。


「シモンが、カインが帰ってくるまで結婚式は挙げられないと言っていたんだ。いっそのこと兄弟一緒に式を挙げればいい」

「ええ……?」

 シモンが嫌そうな顔をし、カインが笑った。

「兄は一応貴族ですからね、俺と一緒にはできないですよ」


 二人の反応を見て、僕は微笑む。


 隠せているだろうか?

 気づかれていないだろうか?

 僕は……自然に笑えているか?

 

「カインはこの戦争での功績が認められて準男爵の地位が贈られることになったよ。それに、二人の幸せな姿を見せれば子爵も安心するだろう?」

「あ……、ありがとうございます」

「礼は父に言ってくれ」


 父にも贖罪の思いがあったのだろう。軍人ならば遅かれ早かれ派兵されていただろうが、バディスト家の警備兵ならば行かずに済んだかも知らなかったのだ。


 一代限りの準男爵と豪商の娘の結婚は珍しいことではないし、商売に関しても有利になるだろう。

 

 その後、カインから戦場での生活を聴きながら夜もふけていった。


 *


 季節は初夏。

 爽やかな青空の下、小麦畑は収穫を控え黄金色の海のように波打っている。

 草原には、シロツメグサが咲き、バディスト家の庭に設られた小さな祭壇までの小道は白いイベリスの花で縁取られている。


 シモンと妻となるミリア嬢、カインと妻となるシルヴィが腕を組んで登場する。


 僕たちバディスト家とシード家、ミリア嬢の家族とシルヴィの家族が手を叩く中、小道を進んでくる。シード子爵と奥方は早くもハンカチで目元を押さえている。ロバン商会会頭夫妻も同様だ。


 華やかなドレスを着て、義足をつけたカインを労わりながら美しく微笑むシルヴィを見て、鼻の奥がつんとする。


「フィリルさま……」

「ベル……」


 ほんの少しお腹が膨らんだベルはますます雰囲気が柔らかくなり、愛しさが増す。ベルが僕の腕に手を置くと、心が不思議と凪いでいく。


 シルヴィに対する想いとマリアベルに対する想いは違うけれども、僕は確かにマリアベルを愛している。

 マリアベルと一緒にいると胸のざわめきは消え、心が穏やかになる。

 夜になれば同じ部屋にいて彼女は刺繍をし、僕は本を読む。その空間がたまらないほど心地いい。

 これが『愛』なんだろうと、今なら思う。


「……マリアベル」

「はい」

「君と子供と僕と。彼らに負けないように幸せになろう。僕は君を愛している。大切にするよ」

「はい……! わたくしも、愛しています」


 僕を見上げて笑うマリアベルは嬉しそうで、可愛い。僕も自然に笑みが浮かぶ。


 僕の腕に置かれたマリアベルの手をぎゅっと握り、また祭壇の方へ目を向ける。


 シルヴィ、恋を教えてくれてありがとう。カイン、生きていてくれてありがとう。


 マリアベル、そばにいてくれてありがとう。


 世界は、こんなにも輝かしい。

お読みいただいてありがとうございます!


本編はここで終わり、明日からマリアベル視点を二日投稿します٩( 'ω' )و

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