事件の顛末
この鉱山で働く労働者の何割かは犯罪を犯した囚人たちで、その囚人たちは鉱山の中でも危険な作業をしていた。主に掘り進めながら壁面を補強する作業だ。
それが増産に次ぐ増産で疲弊したところに報酬のいい兵役の話が来た。
そもそも懲役でもあり刑期は残っていたのだが、戦争のどさくさで鉱山を逃げ出したらしい。結局、兵役に出た者たちは生きているのか死んでいるのかはわからない。
危険な作業を請け負っていた囚人たちが逃げた皺寄せは、ほかの鉱夫たちにのしかかった。
一人、また一人と逃亡者が増える。その手引きは犯罪組織が担っていた。初め、犯罪組織は逃亡者を軍隊に送り込むことで報酬を得ていたが、戦争が終わった頃から犯罪組織に取り込まれるようになったという。
「シスラー商会から依頼を受けた闇の組織が、元鉱夫たちを動かしていたというわけか」
「地の利もありますし、使いやすい駒であったでしょうね」
シモンが、捕まえた元鉱夫たちと手紙でやりとりしていた闇の組織の名前を書いた紙を机に置いた。
土地勘のある元鉱夫たちが荷馬車の荷を狙って襲撃したり、ロバン商会の倉庫や館に侵入していたらしい。
元々領内の人間だったのだ。道理で関所から有力な情報は入らなかったはずだ。
「ふ……、捕まえたとはいえ、懲役刑でまたうちの鉱山で働かせるのはごめんだな」
「隣国の復興に使うよう、一筆書かれてはいかがでしょう?」
「隣国には申し訳ないが、あちらも人手は足りてないだろうからな。こちらの鉄鉱石の生産も無理のない計画にするようになったし、いいんじゃないかな」
鉱山の崩落事故では死者も出ているし、事故後に行方不明になった者たちもいるので、闇の組織が絡んでいたのかどうかの証拠が掴めなかった。
調べたところ産出量と出荷量に齟齬が生じているため、もしかすると横流しがあったのかもしれない。現在、鉱夫長を取り調べている。シード子爵と一緒になって崩落事故の後処理をしていた鉱夫長がそんなことをしていたとは信じたくないが、目の前の富に狂わせられる人間は案外多い。
鉱夫の中から臨時の鉱夫長を指名し、その者にはバディスト家が雇った査察員を新たに付けることにした。鉄鉱石に加え鉱夫の管理を徹底することも併せて命じておいた。鉱山の方はとりあえずこれで幕引きとなる。
僕は、はあと深いため息をつく。このようなことになるまで自分の領地の問題に気づいていなかったとは。
いくら王都で仕事に忙殺されていたとはいえ情けない。いくら有能でもシード子爵一人では手に余っただろうと思う。
「そういえばシード子爵の体調は?」
「まだ少し寝込んでいます。年甲斐もなく動き回っていましたからね」
シモンが笑いながらそう言うが、たぶん動いていないとカインのことを考えてしまったのだろう。無理をさせた。
「そうか……。この際ゆっくり休むように言っておいてくれ。シモンは明日王都へ向かうのだったな」
「はい。今回の鉱山の件をまとめた書類を公爵さまにお届けしてきます」
「よろしく頼む」
「ひと段落したのですから、フィリルさまも休んでくださいね」
「ああ、わかったよ」
*
「フィリルさま、ただいま戻りました」
鉱山へ必要物資を届けに行っていたマリアベルが戻ってきた。
「おかえり。疲れただろう? マリアベル直々に鉱山へは行かなくてもいいのだぞ?」
「はい、現場もかなり落ち着いてきて環境も改善されてきました。次で最後にしますわね」
僕は思わずベルの髪の毛を撫でた。
「無理をしていないか?」
「……! いいえ、無理はしておりません」
マリアベルは僕の顔をしっかりと見つめる。
「わたくし、考えたのです。戦争というものが日常をあっさりと壊しました。この鉱山の事故も原因は戦争です。ですから、わたくしは領地を守り、日常を、毎日を悔いなく過ごしたいと思うのです」
初めて会った頃は、僕の顔を見て赤くなるばかりだった少女が、いつの間にか立派な領主夫人となっている。
「ベル、僕は君を誇らしく思うよ」
シモンも言っていたように、ようやくひと段落ついた。ベルと一緒に少し休んだ方がいいかもしれない。