愛とは育てるもの
「鉱山で事故!?」
朝食を摂っている時、事故の一報が届いたとシード子爵が知らせに来た。
「はい、崩落事故があったようで……詳しいことは現地に行かなければわかりませんが怪我人も出ている模様です」
「よし、では準備する」
立ち上がりながら執事から上着を受け取ろうとするとマリアベルが声を上げた。
「わ、わたくしも行きますわ! 怪我人の手当てならばできることもあるでしょう」
「ベルは……」
「なりません!」
マリアベルを宥めようとした時、シード子爵の凛とした声が響いた。
「シード子爵? 父が不在の今、私が責任者だ。責任者が行かずなんとする?」
「行ってはなりません、フィリルさまも
若奥さまも。事故の原因が判明するまで動いてはなりません」
シード子爵はぐっと床を睨んだ。
「……戦時中、鉄鉱石が増産されていました。しかし、例に漏れずこの領地にある鉱山の鉱夫も兵に取られ人手不足に陥っていました。今も人手は戻っておらず、しかし隣国や我が国の復興のため増産は続いています。……そこに国の頂点ともいえる公爵家の者が赴いた時、どんな危険があるかわかりません……!」
「……不満が溜まっているということか?」
「この事故が、鉱夫たちの疲弊によるもので起こったのか、もしくは小麦を狙っている闇の組織の企みなのか。それがはっきりするまでフィリルさまを現場に行かせることはできません」
小麦を狙った者たちの企みの可能性もあるというのか。僕は息を呑んだ。
子爵の話では、鉱山で事故を起こすことにより撹乱させる狙いがあるのかもしれないという。
「ではどうしろと? このような時に指示をし責任をとるために領主がいるのだぞ?」
シード子爵が顔を上げ、僕を見た。
「私が……、恐れ多いことですが私が領主の代理として行ってまいります」
「シード子爵!」
「大丈夫ですよ、フィリルさま。私は鉱山の鉱夫長とは顔見知りです。お任せください」
*
僕はシード子爵が出て行った後のダイニングで頭を抱えていた。
僕はここで待っていることしかできないなんて、なんと無力なのだろう。
重いため息が漏れる。
「フィリルさま……」
「ベル」
顔を上げると、労うような表情で僕を見るマリアベルがいる。
「できることをしましょう、フィリルさま。薬や食料や……怪我人を運ぶ荷馬車も何台か確保するといいかもしれません」
僕は目を見開いてマリアベルを見た。
「そう、そうだな。ベル、必要になりそうなものを書き出そう。そして無駄になってもいいからかき集めよう」
「はい……!」
涙を滲ませながら微笑むマリアベルを見て、彼女と結婚をして本当に良かったと思える。
「ありがとう、ベル。ぼんやりしてはいられないね」
僕は立ち上がり、執事やレオノーラに命じて必要物資を書き出させた。同時に、小麦の流れに不穏なことがないように監視するよう街の憲兵に通達する。
屋敷にいる皆の意見を聞き、薬などの物資と怪我をした鉱夫たちに渡す補償金を準備したところに、シード子爵から連絡があった。
怪我人の中には女性や子供もいるらしく、そんな者たちも働かなくてはならなかった戦争というものに今更ながら憤りを感じる。
現場はまだ混乱しているようで僕たちはまだ近づかない方がいいという。
補償金以外の物資を事故現場に送り、報告に応じて対処できるものを準備した。
そして二週間経った頃、ようやく僕とマリアベルは現地に赴くことができた。
*
そこで、僕たちは思わぬ歓迎を受けた。
準備した物資で怪我人を手当てできる簡単な天幕がいくつか張られ、薬や包帯のおかげで治療ができたと感謝された。
「い、いや。私の方こそ現状を甘く見ていた。これからは産出量を抑えると国に言っているから安心してほしい」
じわりと視界が滲む。
「……フィリルさま」
マリアベルが僕に向かって微笑む。
「わたくし、炊き出しの手伝いをしてまいりますわね」
「ベルが?」
「これでも慈善事業で経験はありますのよ」
「そうか、頼んだよ。ベル」
「フィリルさま、ご報告いたします」
「シード子爵」
シード子爵は激務のせいかげっそりとやつれていた。
「大丈夫か?」
「さすがに年を感じますがなんとか大丈夫です。こちらへどうぞ」
シード子爵はにっこりと笑い、マリアベルが炊き出しに向かった先の横にある建物へと僕を案内した。
そこには鉱夫たちの食堂と鉱夫長の部屋がある。私たちは個室となっている鉱夫長の執務室に入った。
執務室の壁には鉱山の見取り図が貼ってあり、子爵はそれを利用して説明し始めた。
「今回、第三坑道のこの場所で崩落が起きました。奥に数人が取り残されましたが、翌日の夜には救出されました。死者が三名出てしまいましたが、重傷者は街へ運び、こちらにある天幕には軽傷者がいます」
「原因は?」
「熟練者が兵役に就いたせいみたいですね。坑道を補強しながら進まないといけないのですが、それを怠ったようです」
「そうか……。小麦を狙った者たちの企みの可能性はないのだな?」
「今のところは……。しかし鉄鉱石も高騰していますので調査を続けます」
僕は頷き、マリアベルの元へと向かった。
マリアベルは動きやすい簡素なドレスを着て、並ぶ鉱夫やその家族たちにスープを渡している。
王都育ちの侯爵令嬢だったのに、一人ひとりに笑顔を浮かべながら配っている。
ああ、彼女は覚悟を持って僕に嫁いできたのだろうな、と思う。
「マリアベル」
「フィリルさま、お話は終わりましたか?」
「ああ。僕にもできることはあるかな?」
皆が驚く中、僕も炊き出しを手伝い、食事が終わった後に鉱夫たちを集め、次期領主として領を支えてくれている感謝を伝えた。