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迷い

「シルヴィに結婚の申し込み? しかし……」

「はい、シード子爵家のカインさまと婚約しているのでと何度断っても……」

 ロバン会頭はシード子爵をちらっと見る。僕の後ろに立つ子爵はなにも言わないが、その表情は想像できる。


「ロバン会頭、私はもちろん公爵家も子爵家の皆もカインの無事と帰還を信じている。ここでもバディストの名を出してもよい」

「いっ、いえとんでもないことでございます。我が家の問題でございますので!」

「そうですよ、フィリルさま。ここは私どもが対処いたしますので」

 シード子爵が前に出て会頭の横に並ぶ。

 

「……そうか。だがなにかあれば力になる」


 シード子爵とロバン会頭が、虚しい思いに囚われる僕に深々と頭を下げた。


 *


 しかしその後、新たな情報がもたらされた。シスラー商会がシルヴィの誘拐を企んでいるというものだ。事実、ロバン家に何者かの侵入の痕跡があった。

 幸い、シルヴィの部屋は中庭に面した三階で無事であったが。


「目的は、小麦だろうな」

「そうですね。今、小麦価格は過去にないほど高騰しています。戦争の間、働き手不足で収穫が減ったことと景気が上向きになり消費が増えたことが原因ですね」


 戦中は備蓄政策が功を奏していたが、今になって需要が増えて不足してきている。小麦の収穫までにはまだ間があるし、種蒔きがまだ戦中であったことから作付面積も縮小している。

 次の収穫も例年よりも少ないことが見込まれる。いまや小麦は金にも匹敵する価値を持っているのだ。


 バークレー領の商用の小麦を取り扱っているロバン商会が狙われるのは、それが理由だろう。流通を守る意味もありロバン商会の倉庫には小麦が蓄えられている。現在、倉庫にはロバン商会が雇った私兵と公爵家から派遣した兵士が守りを固めている。

 

 シスラー商会は、まず交渉を試みてきたようだが失敗し、次にシルヴィと婚約でもして縁を繋ごうと思ったのがうまくいかなかった。それで実力行使に出たようだ。

 腹立たしいことだが、シルヴィを攫いゆすろうとしているのか、もしくは既成事実でも作ってあわよくばロバン商会に食い込もうとしているのだろう。


「我が公爵領を狙うとは大胆不敵だな」

「それだけ小麦は旨みがあるということでしょう。しかし、国内で公爵領の小麦を流通させるには闇の組織が絡んでいることが考えられます」

「その組織が今回シルヴィを狙ったということか?」

「おそらく実行したのは。どちらにしろ侵入の痕跡はありますので、なんらかの戝であることは間違いありません」


 僕がこの場所にいるというのに舐められたものだ。

 

「関所から新たに領内に入った人間を報告させろ。シルヴィの身の安全を図るため、シード子爵家の住む館の離れに身を隠すように調整してくれ」

「かしこまりました」

 

 シード家は我が公爵家の敷地内に邸宅がある。その隣であればシルヴィも安心だろうし、もし公爵家に侵入すれば一族郎党根絶させられる大罪となる。

 そうでなくとも捕らえ次第罪は償ってもらうが。


 *


「フィリルさま、私事でお世話になるのは心苦しく……」


 マリアベルと一緒にロバン商会までシルヴィを迎えに行くと、シルヴィが俯きがちに断りの言葉を紡ぐ。

 目の前の彼女はかつての輝きをくすませ、げっそりとやつれている。

 

「大丈夫だ。シード子爵邸のそばであれば、君の家族も安心するだろうし、この地にまだ知り合いがいないマリアベルの話し相手になってくれるとありがたい」

 シルヴィは心配そうな顔をする家族や商会の従業員を見た。


 かつての弾けるような笑顔と明るい声の、私の知るシルヴィとかけ離れた姿に悲しくなる。

 言葉に詰まる私の代わりにマリアベルが前に出てシルヴィの手を両手で包んだ。

「シルヴィさん、わたくしからもお願いするわ」


「私のような者が務まるとは思いませんが、ありがたくお受けいたします」


 *


 シルヴィが承諾してくれてほっとしながら馬車に揺られる。前を見るとマリアベルが窓の外を見ていた。

「ベル、ここはバークレーの一番大きな街なんだ。どうだい?」

「え、ええ。とても美しい街だと思うわ」

「ベル、今日はシルヴィを説得してくれてありがとう」

「……まあ。お礼なんて不要ですわ。わたくしはあなたの妻(・・・・・)ですのに」

 ほんの少し、マリアベルのその言葉に違和感を感じたが、なにも間違ったことを言っていないので僕は「そうか」とだけ答えた。


 *


 夜、執務室で書類を見ていると、僕の乳母で現在はバークレー領の屋敷の家政を取り仕切っているレオノーラがハーブティーを持ってきた。

「ありがとう、レオノーラ」


 ハーブティーを置いた後もレオノーラはお盆を持って佇んでいる。


「どうした?」

「……バディスト家の離れにシルヴィ嬢を呼ばれたとか」

「シード家の離れだ。それに彼女の身の安全を図るために必要な措置だ」

「それでも、公爵家の敷地内でございます」


 私は書類を机に置き、レオノーラを見た。

「なにが言いたい?」

「周囲の者や若奥さまに誤解を与えないよう、離れに近づかないようにお願い申し上げます」

 私は眉間に皺を寄せたと思う。いつもはあまり感情を表には出さないのに不機嫌を隠さなかったように思う。慌てて顔を下げ書類に視線を戻す。


 そんな私をレオノーラは冷静な顔で見下ろし、ゆっくりと頭を下げて部屋を出て行った。


 ため息をはきながら天井を仰ぐ。


 ……一体、なんの心配をしているんだ。私はただシルヴィを守りたいと思って、これが最善だと……。


 ……マリアベルが誤解する?

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