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「そして、の続きがないね……」
長々と連ねられた文を一気に読んで目がちかちかしそうになる。読書は余り得意なほうではない。
「今年が運歴25年なので、恐らく一年以内には新たな予言が現れると思っていたのですが……今の所全くその兆しはありません」
「もう平和になったってことじゃないよなあ……真の平和が訪れたら予言魔道書の頁がなくなるはずだもんね」
予言魔道書のページを無造作に捲る。125ページ以降、白い紙に文字は一切書かれていなかった。余分なページがあるということは、まだ予言魔道書は機能を果たしていないということだ。予言が打ち止めになったわけではない。
「ですね……考えられることは、この本を創った大天使ディアオス様の死亡くらいですかね」
「死?」
「はい」
憂いが含まれた、くぐもった声が聞こえてきた。途端、重苦しい沈黙が舞い降りる。触れてはいけない話題だったのか、セルボスは静かに伏し目になる。
「そうですね。まずは、この世界について話さなくてはいけませんね」
深呼吸をしてから、セルボスはエリアリーに関することを懇切丁寧に説明してくれた。
その昔、運命階級Sを上回る強大な運命魔法を持ったレイブス・トライカーという男がいた。
彼は自分の力を過信し、運命魔法をも超越した力を得ようとが作詞、研究を重ねた。
綿密な研究の果て、大きな力を手中に収めるためには、この世界にすむ人間全員の運命魔法を吸収すればいいという結論を見出したトライカーは、その計画を実行するために徒党を組んだ。
彼の圧倒的な力によって一国を除くすべての国の住民は己の運命魔法を吸い取られ、魔法を失くした人以下の存在となっていた。
レイブスは勝利を確信し、最後の国へ乗り込んだが、その国にいたトライカーと同等の運命魔法を有しているロイヤー・ポリスリーという少年と、生命を宿した武器にレイブスは破れてしまう。
レイブスの死によって取り込まれていた運命魔法は再度持ち主の元に返り、平和は戻った。
後に世界に革命を起こしたレイブスは革命人と呼ばれ、安寧を取り戻したポリスリーは英雄人と呼ばれることになった。
両雄の一族だけは今でも途絶えることなく存続しており、運命階級はSを超えたSSという破格な魔力を誇っている。
英雄人、革命人の運命魔法は(フェイト・マジック)は常に圧倒的な分、今後歩む運命も一般人では考えられないくらい壮絶だという。
その壮絶な運命をせめて、予めわかるようにと配慮した天界の使徒である、大天使で自アオスが作った予言書が予言魔道書だ。
当初は英雄人と革命人だけの運命しか記されなかったが、歳月を重ねるごとに改良され、今ではエリアリー全体の今後を予言できる代物にまでなった。
創作者である大天使ディアオスはエリアリーと一心同体であり、彼女が死ぬときはエリアリーが滅び、予言書が完結する前に文字が刻まれなくなる時だけだと伝えられている。
「……と、いうことです。そして、予言魔道書は二年前を最後に役目を果たさなくなってしまいました」
長話を無事終えると、セルボスは人心地がついたように気息を整えた。
「そうか。二年前を境に、一度もね……」
確かベルディングの話だと、前回の【召喚者の対象者がエリアリーに転移に転移したのが二年前だったはずだ。
ということは、彼らが転移された日を境に全く予言は更新されていないということなのだろうか?
十四人中、七人の転移者が世界を救うことを放棄した理由が漠然とだがわかった気がした。
彼等は永続的に続く戦闘に嫌気が差したのではなく、情報が一切断絶された予言の書にうんざりし、暇を持て余していたのだ。
予言魔道書に書き綴られる緒言だけを頼りに奮闘しないといけないこの世界で、新たな予言の音沙汰がないのでは次の行動に移れないし、入念な準備をとることもできない。
予言が断絶され、表記されないのなら待機するしか術はない。
それなら、馬鹿真面目に待っているのではなく折角だからのんびり異世界ライフを楽しもう。
そうこうしている内に怠慢な生活に慣れ、戦意を失くしていったというオチだろう。
「参ったな……予言がないんじゃ俺達は何も動けないじゃないか。なんのためにこの世界へ来たんだ。本当に更新される予定はないの?」
「ええ。予言に記されてある運歴25年という文字を最後に、予言魔道書の働きは停滞しています。なので何らかのアクションを取り入れようと、運歴25年になる今年に貴方達召喚者をこの世界に呼び寄せたのですよ」
「え? そうなの」
初耳だ。そんな大切な情報を、どうして前もって教えてくれなかったんだろうか。
「おかしいですね。ベルディング様は全て伝えたと仰っていたのですが」
うーんと唸りながら、セルボスは首を傾げた。掛けてやる言葉が見つからず、一雷精は当惑する。
「あ、あのさあ。俺どういう理由か知らないけど、運命魔法がないんだ。だから変わりに強い武器とか売ってる場所知らないかい?」
不穏な空気を払しょくするために、一雷精は新たな話題を提供する。自分の非力さを打ち明けることに一縷の抵抗を覚えるが、このまま無能力なままにもいかない。
そんな気概では願いなど叶えられるはずがないし、ずっと丸腰で起居する日々はとても不安で気苦労が絶えないだろう。
護身の武器が必要だ。弱者には欠陥を帯びなうだけの装備が必須なのだ。
「そうですね……この部屋にある者は書物くらいしかありません」
キョロキョロセルボスは辺りに視線を巡らせる。一雷精もそれに倣って周辺を見回してみる。
「あれ? あれはなんだ」
本の山に周囲を囲われている大きな箱に視線が固定させる。
本が散在して足場のない床を慎重に歩き、鎖で入念に縛られている正四角形の箱に近寄る。
丁重に扱われている割には豪華な装飾もなく、いたって普通の箱だったが、その大きな箱は名状しがたい異質な存在感を放っていた。
あの中身はなんなのだろうか? という単純な好奇心に駆られ、一雷精は箱の方へ一歩一歩吸いつけられるように進んで行く。
「無駄です。貴方ではその箱の千錠を解く事は出来ませんから。この武器は英雄人にしか扱えない代物ですからね。そもそも、あなたは――」
セルボスの忠告に耳を傾けず、一雷精は箱の中身を見るために縛っている鎖を強引に解こうとした。
途端、淡い紫色の光が箱の隙間から出現し、鎖を切り裂いた。無残に裂かれた鎖は大きな破砕音を響かせて跡形もなく消滅する。
「うわあ!」
紫色の光は箱を容易に貫き、店全体を包み込んだ。横溢する光の出現地に立ち尽くしていた一雷精はたまらず目を瞑り、光が消え去るのを待つ。
それから数分が経っただろうか。黒と紫が乱舞していた視界がようやく安定し、ゆっくりと瞼を開ける。両眼に映ったのは光が霧消し、元通りとなった店内の様子だった。
しかし、一つだけ違う箇所が存在していたのを一雷精は即座に理解した。
それは、バラバラになった箱の残骸に埋もれていた、一つの物体だった。店の照明を浴びて艶やかに燐光しているそれは、魅惑的な黄金の色彩を放っている。先端はとても鋭利で、どんなに屈強な鋼鉄で造られた鎧でも、貫かれたら一瞬でガラクタへと変貌させてしまうだろう。
一雷精は目を丸くし、傲然とした物体の名を呟いた。
「……槍?」
「そんな 信じられませんよ」
背後から叫び声が聞こえてきたので振り返る。セルボスは驚愕の表情を存分に浮ばせ、不安定な足取りで一雷精に近付いてきた。
「この槍は英雄人にだけ許された……いったいどうして……」
擦れた声で跪き、金色の槍を凝視する。平静を保とうと中指で眼鏡を固定するが、動揺を隠しきれないのか直ぐにずれてしまっていた。
「槍? 英雄人はこんな武器を使ってたのか」
呑気に眺めていたその直後の出来事だった。
鼓膜を振動さすほどの高音が、予言魔道書から鳴りだした。
次いで、黄金色の光が黒に染められた本に瞬く。
「この音は」
愕然としていた表情を一転し、今度は血相を変えながらローブを脱ぎ、中から予言魔道書を取り出した。
「新たな予言が……更新されています」
「え?」
一雷精も同様に驚き、文面を覗こうとセルボスに顔を寄せるが、書かれている文章の意味がよくわからなかった。
言葉そのものは日本語で綴られているのだが、予言の意図をくみ取れずにいる。
「そして、【転生者】の復活を目論む最後の【八人目】の悪魔がエリアリーに召喚された……。それに対抗して七人の(ガーディアン・)守護者(守護者)を総べる【八人目】の守護者もエリアリーへ召喚される……何を言ってるんだ」
「なるほど……」
眉根を寄せ、セルボスはパタリと本を閉じた。どうやら、彼女は予言の全容を把握できたらしい。
「もしかしたら、あなたは?」
セルボスが口を開いた時だった。
盛大な爆発音が教会に轟き、辺りの書架もろとも吹き飛ばした。
「――!」
衝撃によって飛散した外壁の残骸が周辺に散らばる。半壊した教会の壁面には大きな穴が開き、外が露わとなった。
瞬間、一雷精は肝をつぶした。
鬱蒼と生茂っていた森林は豪華の炎によって全焼し、見るも無残な姿となっていた。灼熱の炎は草原にも広がり、風に乗っていた葉は灰燼と化している。
現実を捉えきれない凄惨な光景を、一言で表現するなら焼野原。
「!」
燃え上がる炎の中心に、盛大な武装を施した人間がたっていた。
真紅のサングラスをかけ、白銀の装甲に包まれた両腕は周囲の炎に照らされ一段と光っている。
両腕と同じ色をしている体躯は針のように細く、無駄がない。
「なんなんだこいつ……」
全身銀色の人間は無機質な声で囁いた。
「標的を確認。運命階級は伝えられた通り感知されません。攻撃を開始します」
「あれは……大型ギルドワンズの人間じゃないですか……いったいどうして」
「ウェポン・グループの店長様の依頼を受けたからです。運命階級を有していない犯罪者がこの街に現れたので処分してほしいと」
「ウェポン・グループ!?」
ふと、一雷精は武器屋で告げられた店主の台詞を起こい出す。
『ガハハ! そうだよな。もし運命階級Eの奴が現れたら問答無用で死刑だ。一雷精くんは違うよね』
「そうだ。あの店長は確かに俺を怪しく思っていた。でも、どうして名前までバレたんだ」
疑問に思っていると、セルボスが答えてくれた。
「……あそこの店長の運命魔法は『情報』です。目を合わせただけでも相手の顔や
名前を脳内に記録することができます。きっとその魔法であなたの顔と名前を記録してギルドに通報したんでしょう」
そんな反則級の魔法があるのか……と一雷精は言葉を失った。
あの時それに少しでも勘付いていれば、と悔やむ気持ちも湧いてくるが、今はそれどころではない。
目前の敵と、炎の海となったこの場所からどうやって逃れるかの方が問題だ。
事の元凶である一雷精はともかく、巻き込んでしまったセルボスだけは何としてでも逃がさなくてはいけない。
炎に照らされ、体が焦げるように熱い。紅蓮の炎は散々している一つの書物に灯り、その規模を拡大していく。一瞬で火は教会全体へ延焼する。
「あなたも運命魔法がありませんものね。犯罪者と間違われても無理がないです」
パキ゚パキ゚という炎の焼ける音でセルボスの声が聞き取りにくい。器官が煙に入り込み、互いに急き込んでしまう。呼吸もままならない。ここから脱出しないと、死んでしまう。
セルボスに手を差し伸べ、一雷精は力の限り声を出した。
「俺のせいで教会が無茶苦茶になってごめん。とにかく、ここから逃げよう」
「いいえ……」
しかし、セルボスは一雷精の手を握ることはなかった。静かに微笑を浮かべ、両腕から刃の形状の陰を出現させる。
「ここの書物と教会は私が小さいときから一緒に過ごしてきた大切な宝物です。自分だけ逃げるわけにはいきません」
火の海と化した教会を見つめる。
山ほどあった書物は全て燃やし尽くされ、識別できない程に焦げてしまっていた。
一雷精にとってはただの本かもしれないが、彼女にとってはかけがえのない代物だったのだろう。
塵となって舞う本の欠片をジッと眺め、瞳には一筋の涙が流れていた。
「私があの人の動きを止めます。その隙に貴方は逃げてください。もうじきこの教会は全て燃やされます。足場がある今のうちに!」
そう告げると、セルボスは白い小さな玉を三つほどローブから取り出し、一雷精に与えた。
「ピンチになったらこの玉を地面に投げてください。私がまだ生きていたらきっと役に立つでしょう」
「お、おい!」
大きな壁穴へ身を投じ、セルボスは巨大な機械に対峙した。
「ハアア!」
両の手に握られている刃を振るい、黒色に輝く二つの線として相手の装甲を襲った。
鋼鉄を割く斬撃音がこの距離にまで届いてきた。右の装甲が呆気なく爆散し、ロボのバランス崩れ落ちる。
「え?」
勝機を確信した瞬間、崩れ落ちた右の装甲の中から突如として現れた二つの砲身が眼下のセ
ルボスに容赦なく唸る。
無数の弾丸はその砲声を鳴りやませることなく無慈悲にセルボスの全身に着弾した。
瞬間、爆炎が舞った。
硝煙の匂いと吹き荒れる黒色の風に見舞われ、周辺を囲う炎は少し弱
まる。
黒煙が風に靡いて分解し、沈黙の塵と化す。
視界が鮮明になっていくのを確認してから一雷精はセルボスの安否を確認した。
刹那、一雷精の両目に映りこんだ光景は受け入れがたいものだった。
鉄臭い香りを撒き散らしながら紅色の液体が周辺に飛散され、装甲は返り血で溢れていた。
その場に立っているこびりついた紅血をうっとうしそうに払うだけで、セルボスの姿はそこにはない。
――無様に地へと放り投げられた、影の刃を握った右手を残して。
「……セルボス?」
箱の破片で埋もれる槍を掴んでから、一雷背は我を忘れる勢いでその場へかける。
足が震え、うまく歩行ができない。
一歩一歩右手に近づくごとに心臓が天井知らずに上昇していく。
近くでマジマジと見た右手は、なんとも惨たらしいものだった。
手首にあたる部分からは鮮血がとめどなく溢れ、華奢な五指は先程の弾幕を浴びたのか、酷い傷だ。
徐々に冷たくなっていくが、温もりもまだ感じられる。この生々しい感触がセルボスの右手だという事実を決定づけているみたいだ。
「セルボスはどこだ? どこへやったんだ!」
答えは沈黙で返された。森林も燃焼されたため、声が木霊することもない。
右と左の装甲から、二つの銃口が露わとなった。
今度の狙いは自分だと瞬時に悟り、一雷精は全力で両足を動かした。
『標的を誤射。遺体を体内に吸収し、エネルギーに変える。次こそ標的を特定。攻撃を開始』
背後から数秒遅れの返答が返ってきた。遺体を体内に吸収だと? 食べたのか? いったいどういう理屈で彼女を咀嚼したのだろうか。
ということは、自分も負けたらあの機会に食べられてしまうのだろうか……。
死が現実味を帯びていくにつれ、足取りが重くなっていく。
もたれつき、崩れたバランスをどうにかして戻す。
必死に逃走を試みるが、扮装するほど速度が遅くなっている気がした。
逃げても意味がない。
いくら自分が全力疾走をしても、それを上回る素早い砲弾の山が後方から流れてくるだろう。
再度砲声が唸る。
無数の弾丸が一雷精の体を霞め、その身を削っていく。
初めて浴びる弾圧は痛いなんてものじゃなかった。
体を巡る激痛に悶え、転げまわる気力も湧かない。
血液が沸騰したように熱くなる。
声にならない悲鳴を全身で上げたくなるが、そんなことをする体力すらなさそうだ。
「ぐ……」
全身が地面に撃たれ、一雷精は己に流れる鮮血をじっと見つめる。
死への恐怖は勿論あるが、それ以上に感じたのは自分に対する不甲斐なさと、姉に対する申し訳なさだった。
姉を犠牲にしてまで生き延びたこの命は、果たして少しでも成長できたのだろうか。
希望に助けられ、二人の友人も手元から離れ、伊賀をも失おうとしていた。
エリアリーに転移しても特別な力もなく、無力のままセルボスも救うことができなかった。
『標的に命中。次は急所に標準』
キインという甲高い音が鳴り響き、銃身が煌めく。
周りの空気を取り入れ、小粒の弾が明滅しながらたちまちその大きさを膨張させていく。
あんなものを喰らえばひとたまりもない。
間違いなく即死だ。
今度は自分の命すらも守れずにいる。
情けなかった。
恥ずかしかった。
何が、身が滅んでも叶えて見せるだ。
威勢のいいことを豪語しときながら、結局は口先だけの小胆な人間だったじゃないか。
悔やんでも悔やみきれない。
異世界に行っても、自分は助けられてばかりだ。
そして、助けてくれる人がいなくなった今、死ぬことしかできない。
「……違う」
ボソリと囁き、一雷精は痺れる体に鞭打って立ち上がった。
右手でしっかりと握っている槍を引き絞り、目前の敵を睨み付ける。
両目にしっかりと映っている相手は一雷精のことをただの標的としか思っていないだろう。冷徹なまでに命を刈り取るだけに生まれた機械は、その存在だけで一雷精を絶望の淵に落とすことだってできる。
逃げたいという臆病な心境を押し殺し、一雷精は立ち向かう。
自分は死ぬためにこの世界へきたのではない。
守られ続けるために傷付いているのではない。失った物を全て取り戻すためにここに召喚され、身を削っているのだ。
ここで身を引く程度の覚悟なら、自分は己の野望を達成させることなどできないだろう。
戦うんだ。ボロボロになっても、身が割かれても、願いを叶えるには十分な代償なはずだ。
自分の道を阻む敵がどれだけ手ごわくとも関係のない話だ。
地球では無力でしかないが、今の自分には巨大な壁を貫けるだけの武器がある。この槍は飾りなどではない。きっとその先へ導いてくれる。
戦うんだ! ――槍を引き、貫け!
《運命階級上昇。暫定、D》
謎の機械音が聴覚に届いたのと同時に、目前のメカの弘報からビームが射出された。一雷精はじっと目を凝らし、両足に全力を注いで右へ跳躍する。
横に跳ねたのと同時に槍から黄色い閃光が迸った。
ビリビリと電撃を奏でた電流が先程射出されたビームを上回る速度でメカへと命中する。
「う――!」
槍を持っている右手に鈍痛が走る。
血管が破裂しそうだ。
それでも一撃あてた。
わずかな一撃だが、勝ち目がある。
一雷精は体を反転させ、相手の死角へと身を移動させた。背後から急接近し、一撃をお見舞いする算段だ。
『左部が損傷。敵を発見。先程よりも強力な砲撃を開始』
冷静さを欠くことなく、相手は俊敏な動きで跳躍する。
詰めていた間合いを一瞬で広げられ、すぐさま放射が開始された。
《運命階級急上昇。暫定、B》
前回よりも大きさも威力も格段に上昇しているビームが着弾するよりも早く、一雷精は金の影と化して一秒よりも早い速度で敵の背後へと飛躍していた。
ほんの数瞬で激動する立場に戸惑ったのか、相手は一雷精を見つけようとその大きな首をきょろきょろと動かしている。
「ハア!」
小さく息を吐いてから槍を引き、渾身の一撃を腹部へと見舞わせる。
微かな電流を纏った槍は深々と腹部を貫いた。銀色の体躯からは真っ赤な血が流れる。
《運命階級上昇。暫定A。限界寸前》
畳みかけようと槍をもう一度引き絞ったところで、再度強烈な痛みが右腕を襲う。
痛みは右腕を超えて、全身にまで及んだ。
槍から放たれる電流に、一雷精の体がついていっていないのだ。
『クッ――!』
始めて表情を変えた相手は全身から先程の比ではない光を纏い、攻撃態勢に入った。
燃え尽きた木々や焼け落ちた教会の一部までもエネルギーとして吸収し、大地が震える。
「よし」
一雷精は槍に力を込め、穂先から流れる電流を操作しようと右腕に集中する。
瞬間、三度目の激痛が全身を襲う。
《運命階級上昇。危険》
この激痛が更に続くのなら、右腕はどうなってしまうのだろうか。
相手を倒したとしても、右腕は無傷とはいかないだろう。
《限界寸前。右腕の神経の破損。危険》
それでも構わない。一雷精は歯を食いしばり、痛みに悶えながらも右腕に、槍に力を込める。《非常に危険。生命線に危害》。
穂先から目前のメカが貯蓄している光と同程度のエネルギーが溢れてきた。
《限界上昇。保持している運命階級の容量が破裂》。
頭に血が上り、鼻から血液が流れる。
意識が遥か彼方の方へと向かっていく。
《魂の焼失。限界突破》
それでも、槍を覆うほどの電流は確保できた。
あとはその塊を敵にぶつけるだけだ。
《新たな運命階級をアップロード。運命魔法を作り直します》
《運命階級上昇。暫定、SS。新たな運命魔法の誕生》
「ハアア」
槍を引き抜き、超高速で蠢くオレンジ色の光が空間に閃いた。
秒をも上回る光速で相手を射抜き、爆ぜる。
余波で暴風が生まれ、怒涛の勢いで周囲もろとも巻き込んで燃えたぎる炎を一瞬で消化した。
勝敗の結果は、沈黙だった。
焼野原と化した地に立っていたのは一雷精だけだった。
呼吸を整える余力もなく、息を荒げながら仰向けに倒れ伏せる。
始めての勝利だったが、全身が痛んで頭がおかしくなりそうだ。
美しく夜空に並ぶ星々に見惚れる気力もなければ、その絶景に嘆息する力さえない。
あっ。
胸中で小さく呟いた。
両目から星空を覆う幾多の瓦礫が映ってきた。
火に燃やし尽くされ、倒壊した教会の破片が落下し、不運にも自分の頭上に降りてきているのだ。
躱す力などない。
ここまでかと小さく目を瞑りながら、一雷精は落下するであろう教会の残骸を受け入れた。
刹那のことだった。
槍が爆発し、大きな煙が一雷精を包み込んだ。
ついさっきまで掴んでいた槍は姿を消し、代わりに一人の少女が現れたのだ。
頭の両側で結わえられた金色の髪は鮮やかに揺れ、甘い香りが一雷精の鼻腔を燻る。
顔は、お嬢様然とした品格を感じさせる端正な形だった。
一雷精と同じで線の細い体をしているが背はそれなりに高く、肉付きも非常に豊かだ。
中でも、ボリュームのある胸部はとても魅力的で、一度見たら二度と視線を外せなさそうだ。高価そうな真っ赤なドレスを見事に着こなせているのも、その魅惑的な体躯があってこそだ
ろう。
槍の代わりに馳せ参じた少女は、全身から電流を帯びた円状の盾を出現させて己と一雷精の身を守った。
落ちてきた瓦礫は盾に弾かれ、周辺に落下場所を移す。
自分は助かったのか。
そう勝手に判断して一雷精は今度こそ意識を失った。
意識を失う寸前に、一雷精はセルボスと共に見た予言魔道書に綴られた最新の予言を思い出していた。
運歴25年。
【転生者】の復活を目論む、最後の【八人目】の悪魔がエリアリーに召喚された。
同時に、七人の(ガーディアン・)守護者に導かれ、世界の命運を託されるであろう【八人目】の守護者もエリアリーへ召喚される。両者の【八人目】が相対するとき、エリアリーにまた新たな戦いが勃発する。
名前・一雷精
運命魔法・雷
運命階級・SS
武器・人体武器フィアル・ジョメウィル
属性・英雄人
その他・八人目