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プロトタイプ  作者: アラ
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「えっと、この後俺はどうすればいいんだっけ?」

 表示されたステータス見ながら一雷精は地球にいるベンディルグに問いかける。

 予言魔法書に記されている予言を遂行すればいいと彼女は説明していたが、まずその予言魔道書の在処を知らない。

「予言魔法書を探しに行けばいいのじゃ。予言魔道書は召喚者の数だけ近くの教会に配布されておる」

「そっか。近くの教会ね……」

 見た限りここら辺に教会らしき建物は見当たらない。

見渡す限り広大な住宅やビルしかないこの街には教会の存在は期待しない方がいいだろう。

この世界の抱く教会のイメージが地球と同じものかは知らないが、そこら辺の人に訊ねるのが無難だろう。

『見つかるまでが辛いじゃろうが、そう疲弊することはない。特別に5万Eを支給してやった。地球でいう五万円と同じくらいの値打ちじゃから当分の間はひもじい思いをしなくてw住むじゃろう』

「そうか……」

 知らない世界、面識のない土地、そして相容れないかもしれない互いの世界の文化。

 何もかもが未体験の世界。

 願いを叶える前に飢餓に植えてのたれ死んでしまう可能性だった十分ある。

苛烈を極めるサバイバルになりそうだ。

自分はとんでもないところへ来てしまった。

ようやく自覚してきたところだ。

『そのお金で武器を調達してもいいんですか?』

 突如、第三者の声が一雷精の脳内日流れてきた。この女性らしき声の主は、自分と同じくエリアリーへ行くことのできた五十人の一人だろうかと勝手に推測する

『調達する必要はないぞ。既に武器を支給してやった。運命魔法フェイト・マジックを活かすために有効に使うんじゃ』

「武…器…? 運命魔法フェイト・マジック

 はて、と首を傾げ、一雷精は試しに脳内でステータス表示と叫ぶ。

 名前・一雷精

 持ち物・異世界翻訳機

 武器・なし 

運命魔法フェイト・ランク・未明 

運命階級フェイト・ランク

 属性・なし

 その他・なし

「いや、ないよ?」

『え?』

 脳内から、ベンディルグの素っ頓狂な声が聞こえてきた。

『そんなことはないはずじゃ。お主の武器はレア度MAXの黒の双剣を与えたはずじゃが……

まさかとは思うが、お主の運命魔法フェイト・マジックはいくつじゃ?」

「Eだけど?」

『ヒェェェ!!』

 再度間抜けな声が脳の中に響く。こんな声を聴くなんて思わなかった。

 それよりも、ベルディングの様子がおかしい。先刻までは余裕たっぷりな威厳のある彼女だったが、今の取り乱し具合はとても同一人物だとは思えない。

「あのさ、もしかして何かマズい事があるの?」

『し、知らぬぞ。うぬはただ言われた通りにしただけじゃ。お主は素質があったからエリアリーに飛ばしたのじゃ』

 こほんと咳払いをし、ベルディングは丸め込むように強引に話を打ち切った。

『お主等がこのまま生きていたら、また会うことになるじゃろう。その時はたっぷり旅の様子を聞かせてくれ』

「え!? おい!」

 プツンと会話が途切れる。通話を繋げようとしても脳内には声が流れることはなかった。

「……ど、どうしよ」

 前途多難だ。開始早々に訪れたピンチに呆然としながら、一雷精は肩を深々と落とす。

油断大敵なこの世界で資金もなければ保身の武器もない。完全なる丸腰でどう生活していけというのだ。

オーダーメイドの防具を着ているのに、吹き抜ける風がとても肌寒かった。


「人に聞こうかな」

 うじゃうじゃと街中に集う人混みを縫いながら、一雷精はひたすら歩き続ける。

 ぱっと見た印象だが、この世界は地球と酷似している。

勿論、些細な違いはある。すれ違う人々は男女問わず誰もが地球では紙面や画面上でしか見たことのない獣耳や、尻尾などを生やしているし、身に着けている服は布きれ一枚で、ほぼ全裸状態だ。

地球では一発で通報者だが、この世界ではこれが当たり前の正装なのだろう。

むしろ、ちゃんと体を隠している一雷精が異端なのだ。

先程から奇妙な目で見られているのもそのせいだ。すれ違う度に凝視され、耳そば建てられる。

体の構造も、格好も違うが、食料を売っている屋台もあるし、病院や学校、施設などの営造物もちらほら見える。

文化には多少の差異はあるだろうが、基本的な生活の仕組みは地球と同じだと考えてもよさそうだ。

「あ。武器屋だ」

 沢山ある建物の中でも一際大きな商店を仰ぎ見る。

 店の名前は【ウェポン・グループ】

 厚い土壁と木の骨格で成っているこの建物は広大なドームをもつ円形の大広間だ。

どこまでも広大な外見で、両隣の住宅も簡単に中へ収まってしまうだろう。

黄金色の扉の中を見てみると、中には数多の武器がビッシリと棚に列挙されている。人の数も尋常の量ではなく、店員と客の喚き声が絶えない。

大理石の床は入念に磨かれていて、自分の顔がはっきりと映りそうだ。

高貴な雰囲気を漂わせている外壁は銀色で塗装されているが、所々色が剥げている。歴史を感じさせる勲章だともいえるが、塗りなおした方がいいなと一雷精は個人的に思った。

「入ってみようかなー。武器を買うついでに、店員に教会の場所を聞いてみよ」

 店内から放たれる活力に圧せられ、一瞬店に入るか躊躇してしまう。武器を購入している者は筋肉の塊の猛者ばかりだ。

 剛毅な戦士たちが溢れている空間に、武器も所帯していないひょろひょろの自分が入るのは相当な覚悟がいる。

冷やかし扱いされ、追い出されることはないだろうが、あまり良い思いはされないかもしれない。

「それでも……いずれは武器を買わないといけないんだ。今は言って損はないよ」

 ここで萎縮してどうするんだと自分に喝を入れ、一雷精は店の敷居をまたぐことを決意する。

「へい! らっしゃいいいい!!」

 やけにテンションが高い店員の掛け声に頷きだけで答えたあと、一雷精は混雑をかき分けて棚に置かれている武器に視線を巡らせる。

 地球ではあくまでも学生でしかない一雷精にとって、陳列されている武器は本やゲームでしか見たことのない代物ばかりだった。  

「これかっこいいな」

 鈍色に輝く剣を高々と掲げると、柄に値札がついていた。

2千E。ぎりぎり買える。

「お嬢ちゃん。この剣は運命魔法フェイト・ランクSの人間しか使えない高価な武器だよ」

 と、背後から突然話しかけてきたのは無精ひげを生やしたおじさんだった。運命階級フェイト・ランクSって確か最高位だったなと一雷精はベンディルグの説明を思い出す。

「身の丈に合った武器を選ばないと損だよ。コレクションとして集めるには高すぎる。お嬢ちゃんの運命階級フェイト・ランクはいくらだい?」

「いや、俺は男だけど」

「またまたー」

 訂正を求めるが、あっさりと流されてしまった。このまま引き下がらずに異議を唱えることもできるだろうが、そんな無駄な手間は避けたい。性別を誤解されるのは慣れている。

「俺の運命階級フェイト・ランクは確かEだった気がする」

 瞬間、営業スマイルを浮かべていた店員がその薄笑い解き、真顔になった。

大きく見開かれていた両目は点のような形に変貌し、どこか遠い眼をしている。

「お、お嬢ちゃん。そのEって、エラーのEじゃないのかい?」

「え? そうなの?」 

 店員は大きく首を縦に振り、付け加える。

「Eっていうのは、運命魔法フェイト・マジックが存在しない状態のことをいうのさ。人族は死んだときにしかそんな状態にはならない。唯一、魔法を持たないエルフの一族が運命階級フェイト・ランクEだけど、お嬢ちゃんはどうみても人族だ」

 ……後半の話は聞いていなかった。意識が遥か彼方までぶっ飛び、頭が真っ白になる。現状を捉えるだけの精神がなく、放心状態になってしまったのだ。

 それって魔法が使えないってことだよね? じゃあ予言魔道書を手に入れたとしてもなにもできないじゃんか!

 声にならない悲鳴を上げる。もしこの場に人がたくさん集まっていなかったら、一雷精は盛大に泣き叫んでいたことだろう。

 運命が全ての世界。実力至上主義のこのサバイバルで、魔法が使えないという欠点はどれほど致命的なものなのだろうか。

途方もない話過ぎて想像すら困難だ。

これはまいった。危惧していたことよりも大分不利な方向に進んでしまった。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃーん」

「え? ああ」

 店員に体を揺すられ、一雷精は我に返る。

「あと、言い忘れてたけど、運命魔法フェイト・マジックを使えない人間がもう一人いるんだよ」

「そうなんだ」

 平坦な口調で述べる一雷精とは違い、店員の表情は先程とはうって変わって険しいものになっていた。

「違法行為をして、運命魔法フェイト・マジックの行使を停止されたものだ。そういった人間は必ず牢屋にぶち込まれるんだが、最近脱獄したと聞いた……まさかとは思うが、お嬢ちゃんは違うよね?」

「い、いや。違うよ。そんなわけないだろ」

 覚えのない疑いを駆けられ、必死に弁明を図る。

そんな濡れ衣着せられるのはごめんだ。

「ガハハ! そうだよな。もし運命階級フェイト・ランクEの奴が現れたら問答無用で死刑だ。一雷精くんは違うよね」

 五秒ほど目を瞑った後、店主は豪快に笑う。

信じてくれた風を装っているが、向けてくる視線は懐疑的なものだった。

「は、はは。じゃあ俺はちょっと」

 剣呑な空気を醸し出す店員を振り切り、一雷精いそいそと店を出た。

 そのまま本能に従って全速力で走っていると、町から外れた閑散な郊外へとでた。

 森林が密集していて、のどかな場所だ。微風が草原と木々の葉を撫で、無音の地に音色を与えている。空気がとてもおいしい。大衆の熱気で火照っていた体が静まっていく。

人気の絶えない中心部とほんの数メートルしか距離は変わらないのに、ここまで空気は変わるのか。

目を凝らしてみると、連なる木々の先に先程の街程ではないが住宅街が散々としていた。

この地にも人はいるのか。

「あらら、落としてしまいましたわ」

 背後から女性の声が聞こえてきた。

瞬間、足元にこつんと何かが当たった感触がした。

「……美容に良い果物サプリ――」

 転がってきた物体を拾いそこに記されていた文字を読み上げていると、何者かの拳が飛んできた。

顔面に衝撃が走る。唇が切れたのだろうか、口内に鉄の味が広がった。

「眠りなさい」

 そう呟いたのは、ローブで顔を隠した少女だった。

先程読み上げたサプリメントを左手で大切に握りながら、右手で黒い影を放出していた。

「黒い――影!?」

 反応した時にはもう遅く、少女が放った鞭のような形状の陰に全身を縛られた。

 体はゆっくりと自由を奪われ、血液は圧迫される。呼吸も次第に苦しくなり、意識を保つのも難しい。

 一雷精の視界は暗転した。


 黒ずんだ木製の天井が視界に映ってきた。次いでスープの香ばしい匂いと、甘い匂いが一雷精の鼻腔をくすぐる。

「え?」

 上半身だけ起き上がらせる。

体を圧迫していた影はそこにはなく、変わりに一枚の毛布が一雷精を包んでいた。

 これはいったいどういうことだ。

「目が覚めましたか?」

 様々な本で散らばっている部屋の中心で読書をしている女性が、一雷精に問いかける。

 栗色の短髪を小刻みに揺らしながら、透明の眼鏡を上げていた。

ピンク色の可愛らしいスカートを吐いているが、それと全然似つかわしくない、無愛想な表情を向けている。

 ん?この女性って……

「君、俺を陰で縛った人だよね?」

 優雅にページを捲っていた手がぴたりと止まった。首を右方向へ動かし、一雷精から目をそらす。表情は真顔を貫いていたが、じっと見つめてみると汗がだらだらと流れていた。

「図星だね?」

「……美、美容のことを見られるのは乙女としては都合の悪いことなので」

 コホンと咳払いをし、顔を一雷精の方に向き直す。あくまで無表情を保っているが、少しだけ頬を明るめていた。

「でも殴って縛ることないじゃないか……」

「いきなりだったもので。ここは滅多に人が来ないので、油断していました。あなたに罪悪感はあります。だからここへ連れてきましたし、スープも差し上げました」

 彼女の視線を辿ってみると、そこには湯気だったスープが置かれていた。肉らしき具がたっぷりと入っていて、食欲をそそられる。不満点があるとすれば、置かれている場所が机上ではなく、本の上だということくらいだ。

「このスープは美容にいいものです」

「そうか。ありがたく頂くよ。でも、どうして美容なんて気にしてるの? 君はまだ若いんだし、まだ気にしなくてもいいんじゃないか?」

 パッと見た感じ、一雷精と同い年かそれより少し上といったところだろう。

思春期ゆえに外見を気にしてお洒落に精を出す時期ではあるが、気に掛ける部分が化粧や服装ではなく、いきなり美容の対策なのはどうしてだろうか。

「私は先を見越しているので。まだ歳は十八ですが、早目に対策に取りかかって損はありません」

 そうかと答えたあと、一雷精は言葉を付け足した。

「まあ、よく考えてみれば、君の美容のことなんてどうでもいいや」

 悪気は勿論なかった。

ただ思っただけのことを喋っただけだが、この直球すぎる台詞が彼女の逆鱗に触れた。

 伊賀に指摘された一雷精の短所の一つである。【思ったことをすぐ口に出す】が発動。

 少女は顔を真っ赤にし、右手から黒い影を露わにさせた。

「うおおおお!」

 黒い塊が一雷精の顔面を痛打する。その重い一撃に耐えきれず、一雷精の体は後方に思い切り吹っ飛んだ。

「失礼な人ですねせっかく予言魔道書を与えようとしたのに、渡す気が無くなってしまいそうです」

 背中ごと壁に激突した一雷精を睨みながら、女性は人差し指で眼鏡を持ち上げる。

「何なんだよあの影は」

 セルボスの体から突然あらわれ、自分を襲撃してきた黒い物体。姿を現したのは一瞬だけだが、幻ではない。現に、一雷精の頬は痛いままだ。

運命魔法フェイト・マジックです。運命階級フェイト・ランクはDですが」

「Dね……魔法があるだけ良いじゃないか」

 俺なんて遠い所からはるばるきたのに運命魔法フェイト・マジックがないんだぞ! と叫んでしまいそうになるのをぐっと堪える。

 ベルディングの言っていた、ルールを思い出したのだ。

自分が地球からやってきた転移者だということを知られてはいけない。気付かれたら死んでしまう。この規則はぜったい遵守しなくてはいけない。

「ん? でもさっき予言魔道書とか言ってなかった?」

 数秒前の状況を思い浮かべる。影に突き飛ばされた痛みに駆られてよく聞こえなかったが、確かにあの時、彼女は魔道書を渡す気が無くなったみたいなことを言っていた。

「もしかして、君はベルディングが言っていた関係者の人かい?」

 少女は栗色の髪をゆさりと払うと、纏っているローブから黒い本を取り出した。

 その本は、地球で紹介された予言魔法書と全く同じものだった。

「ということは、ここは教会? 君が門番?!?」

「無論です。私の名はレイダン・セルボスと申します」

 とてもそうは見えないなという率直な感想が喉仏まで出かかっていたが、強引に呑み込み、無言で首肯をする。

 ここでもしそんなことを言えば、今度こそセルボスは本当に機嫌を損ねてしまうだろう。そうなってしまえば、最悪予言魔法書を貰えないかもしれない。

「まあ、先程の失言は水に流しましょう。私もあなたを殴ってしまいましたし」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

 セルボスは魔法書を一雷精に差し出した。当然それを受け取る。

「ここに書いてある予言をこなせばいんだよね?」

「ええ……そうなんですが、ここ2年はその予言は出てきていません」

「え?」

 予期しない発言に、一雷精の体は硬直してしまった。

 予言魔法書の頁が全て埋まるまで記された予言に従い、エリアリーを平和に導くことが、願いを叶える手段としての絶対条件だとベルディングは述べていた。

与えられた予言を遂行し、その中で最も予言魔道書に貢献できた人間が、己の願を叶えることができる。

彼女の証言を便りにして一雷精はこの壮大な地を奔走し、ついに予言魔法書にまで辿り着くことが出来たのだ。

しかし、その予言が断絶されていては意味がない。

一雷精の願いを叶える方法は完全に断たれてしまった。いったい自分は何のためにこの世界へ来たのだ。

「予言がないって、どういうこと?」 

一雷精の問いに対して、セルボスは始めて無表情を解き、乾いた笑顔を見せた。

「予言魔法書の125ページを見てください」

 ページを開き、一雷精に文面を見せてきた。


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