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「なんだと? 貴様、ウェルではないのか?」
呼吸を整えたウルヅスは身構えるように数歩後ずさり一雷精にいう。
「そうだよ。君の企みは、全部俺等のリーダーが暴いてくれた。俺達のするべきことは一つ。君を葬ること」
ウルヅスは状況が理解できないのか呆気にとられていたが、一瞬で表情を切り換えて真剣身をだす。
「なるほどな……よくも見抜いたもんだぜ。普通はわからないことだしな。ああ、わからなかったといえばお前の性別もそうだな。可憐な美少女かと思ったら、まさかこんな下品な野郎だったなんてよ」
「こっちも、君のことを気持ち悪いやつだと思っていたら、まさか本当に気持ち悪いやつだったなんて」
「ぶっ殺すぞテメェ」
睨み付けるウルヅスだったが、一雷精はなにも憶さない。
「だがまあ、推理力は俺も自信があるんだよなぁ……まだ戦いなれていない英雄人くん?」
「……!どうしてわかった?」
英雄人だと名乗った覚えはないし、フィアルの武器ではない状態もウルヅスはは知らないはずだ。どうしてばれたのだろうか。
「簡単なことさ。俺を突いたとき、服には傷ひとついていなかった。この服は特殊で、運命魔法を纏ったものにしか通用しない服なんだよ。お前はこの絶好のチャンスで運命魔法を纏った攻撃をしなかった。つまり、運命魔法をまだ解放していない。そして、運命魔法をこの年でもまだ開花させていないとなれば武器と共同作業で魔法を英雄人か、革命人。そして、昔から誰かのために命を張るバカは英雄人だと決まってんだよお」
両手を広げて
「そんなことよく知ってるね」
「まあな、色々知識には自信がある例えばな……」
ウルヅスが他にもなにかの知識を語ろうとしたが一雷精は笑顔でそれを遮った。
「じゃあ、歯を喰いしばれ」
「は?」
ズドン! とまた一突き。こんどは服ではなく、丸裸な顔面に躊躇なく突き刺す。
「な……なんだテメェ」
尻餅をつくウルヅスだが、怪我はなかった。どうやら顔面にも運命魔法にしか効かないなにかを纏ってい
るらしい。
「うるさい。悪人に人権はない。それも、昔から決まってる」
だがそんなことは知ったことではなかった。ウェルを、アグスを、そして国のみんなを苦しめた敵が目の
前にいるんだ。軽口は叩いても、仲良く会話をする気はない。
「俺は君と話をするためにここへ来た訳じゃないんだ!」
迫力のある顔をだし、うしろにさがって間合いをとる。
『精様右です!』
イメージを中断し、忠告された方に体を向ける、長さ二メートルは下らないだろう長槍が一雷精の肩目掛けて飛んでいた。あわや直撃という寸前で右に飛躍し、どうにか桂の髪が数本散る程度のダメージを治めた。
「危ないな。こんなんじゃ、運命魔法を解放させる時間がないじゃないか」
桂を放り捨てる。長い髪というのは動きにくいし、接近したとき相手に狙われやすい。そして、ただたんに桂が嫌だった。
『どうにかしてウルヅスから距離をとり、その間に開花させるしかありません。大丈夫。運命魔法さえ手に入れられれば英雄人は最強です』
『そうだね。まだ俺には悲鳴の願いがあるし、いざとなればそれを有効活用するさ』
『ええ』
脳内通話が終了し、一雷精はウルヅスから距離を広げるために疾走を開始する。
「どこに行こうと俺の長槍からは逃げらんねーぞ」
四本の長槍を中に浮かせ、一本ずつ順番に飛来させる。 重々しい複数の音がすぐさま一雷精の耳を撫で、先端が霞み横切っていった。
「うわ!」
長槍に躓き前のめりに倒れる。四本の長槍は一雷精を囲うように刺さっていた。 早く起き上がらないと。
そう念じて勢いよく起き上がるが、背後からの気配を感じもう遅いと気づく。
「おせえよ」
鈍色に輝く切っ先が、一雷精の型口に触れた。途端、今まで感じたこともない激痛が腕中に広がり、鮮血
が肩から垂れ落ちる。
「……うわあ」
声にならない悲鳴を上げながら一雷精は傷口を抑えて身悶える。ずきんずきんと弾けるような痛みで意識
が飛びそうだ。
「……はあ」
ウルヅスは冷めた目線で一雷精を見つめると、刀を小さな光にまとわせその姿を消させた。これも魔術の一環なのかなと一雷精はぼんやりとした意識の中で考える。
「下らねえな。お前ら、下らねえよ」
「……どういう、ことだ」
そう問うと、ウルヅスは何もない表情で右手を振り下ろす。途端、青色の輝きがウルヅスの手元に広がり、光の奥からは三つの小さなガラスが出てきた。
「お前がいまこうしている間、仲間や、この国のゴミ共はどうしてると思うか?」
一雷精は迷わず答える。
「……ラリアさんとフクレイはお前を倒すために有幻覚を一掃し、ウェル達は俺達の帰還を待っているに決
まっているだろ?」
確信しきった答えだったが、ウルヅスは笑っていた。それも、声には出さず、表情だけで笑みを浮かべていた。まるで、一雷精の言っていることが現実とかけ離れていると知っているかのように。
「何がおかしいんだよ」
大声を上げるたびに傷口が傷むが、叫ばずにはいられなかった。ウルヅスは冷酷な笑みを浮かべたまま、二つのガラスの内一つを一雷精に見せる。
その画面には、なんとも耐えがたい真実が映っていた。
「……なんだって……」
大量の騎士のような者に、縛り付けられているセルボス、そしてその隣にはウェルを初めとするアグス家の玄関で一雷精たちの帰りを待っていた国の人たちがいた。きつそうな紐に身の自由を奪われ、とても悲痛
な表情をしている。画面からは聞こえないが、きっと中には悲鳴を上げている人もいるのだろう。
漠然とする一雷精に、ウルヅスはもう一つのガラスを見せてきた。
そこに移っていたのは、五人の騎士風の敵と、傷だらけのフクレイとラリアだった。所々に刺さっている剣が、これまでの戦いの壮絶さを物語って。
「……はは。嘘だ。そんなあっさりバッドエンドになるはずがない」
想像の真逆にある現実を捉えきれず、首を振る。嘘だ。これはウルヅスの幻覚だと。
「幻覚なんかじゃない。これは現実だ」
一雷精の心をトレースしたかのようなウルヅスの発言が、いっそうの傷を深く絵ぐす。
「まあ十万人もいた有幻覚をあそこまで減らしたあの二人には驚いたが、どのみちすぐに死ぬ」
一雷精は体を総毛立たせる。大切な仲間の死、守りたい人の死、そして自分の死が現実となるのを想像し
たからだ。
「そんなことはない。ねえ、フィアル。君もそう思うだ――」
『ハア、ハア、ハア――そうでしょうか……』
声を震わせているフィアルの声が脳内に延々と流れていた。あれだけ正義を語り、悪を許せぬと豪語していた彼女も、こんなにも恐怖が近くにあるという状況は初めてなのだろう。
誇り高き一族の武器として生まれ、学校で善行と戦術について学び、主人である英雄人に出会って正義を名のもとに悪を挫く。フィアルはこういうビジョンを描いていたに違いない。そして、色々異なった箇所は
あったがそのほとんどは達成したのだ。自分はやはり間違っていない。これまで学んできたことを糧とし、どんな悪でも打ち勝つ自信があったのだろう。
そんなフィアルが、始めて心の底から勝てないと思っている。あれだけ頼もしかったフィアルが、とても小さく思えた。
彼女の恐怖は、当然意識でつながっている一雷精にも伝染する。
「うわああああ」
恐怖に打ち勝つために、一雷精は玉砕覚悟でウルヅスに槍を突き刺す。しかし、今度は体に命中させることもできず、ぶんという空振り音だけが槍から放たれるだけだった。
「死ねい」
思いきり槍を振り抜いたため、一雷精の体は隙だらけとなっていた。容赦ない一撃が腹部めがけてとんでくる――が、鮮血を流したのは一雷精ではなく、フィアルだった。
「ど、どうして……さっきまで怖がっていた君が……」
「お前らはなにもできない。この圧倒的な力を持つ俺に弄ばれ、死ぬだけだぜ 力のない弱者は勝者に負ける。力こそが正義だぜ 地震を起こしても俺が正義 物を好きなだけ盗もうが、俺の正義 残酷なルールを作ろうが俺は正しい。悪いのは弱く、なにもできない弱者だ」
冷酷な声音で叫ぶ。一雷精の恐怖は限界寸前だった。
「お前はさっき俺に悪人に人権はないとかほざいてたよな?」
ウルヅスは大きな巨躯から長槍を取り出し、数ぷ下がる。そして大きな声を放つと同時に長槍を投げた。
「でもよお、そんな悪人にとっては弱者なんて人ですらねえ玩具なんだよ」
「……それは、違――」
左肩に一閃の槍が突き刺さり、一雷精は宙を舞う。