28
二十分くらい歩くと、瓦礫の破片の山が見えてきた。
一雷精だけが瓦礫しか介在しない場所へと残る。
たまに瓦礫通しの擦れ合う音以外は全くの無音だ。煉瓦のように連なる瓦礫を眺めながら、一雷精は緊迫した表情で石を取り出す。
もしこの手にウルヅスが釣られなかったら場合の手は考えていない。つまり、ここでウルヅスが一雷精を攫わないとまた振り出しに戻るのだ。今、死角で身を潜ませている三人はたのむから食いついてくれと図を呑んで一雷精を見守っているに違いない。
自分の脈打つ鼓動と荒くなっていく鼻息だけが耳に届く。物音が動く気配は一切ない。来い、来い、喰いつけウルヅス。
一雷精がそう念じた直後、大きな疾風が瓦礫を散らした。山を築いていた煉瓦が豪快に散らばり、大きな音を立てて落下する。
「うわあ」
四方八方が煉瓦で覆われる。ここで押しつぶされてしまうのかと眼を瞑った瞬間、黒い渦が一雷精の視界を捉えた。
ヒョウヒョウと高音を徐々に回転の威力を強めながら、周囲の瓦礫を砕き、一雷精の元へと急接近していく。
「飲み込まれ――」
抵抗する暇も与えられず、一雷精は渦にのまれ、姿を消す。途端、盛大な轟音と共に周囲を覆っていた瓦礫の山が一掃され、跡形もなく消滅した。もくもくとたつ爆奄だけが荒野を漂うう。
壮大な爆竜が三人の視界を塞ぐ。フィアルは主人である一雷精の姿は当然見えなく、声も聞こえない。無事なのだろうか。
『こちらフィアル。周りが見えなくなってきました。ケホ……ケホ』
直ぐに二人からの応答が来た。
『こちらフクレイ。この煙は基地を私達に見させないためのものだろうか? それなら私達の存在がバレているのかもしれない』
『こちらラリア。いいや、どうやらそうでもなさそうだぜ……基地ははっきりとは見えないが大きく聳え立つ城のようなシルエットは見えるからな。あれがウルヅスの城なんだろう……ただ』
ラリアが突風をうでから放出し、煙が二つに裂ける。白い靄が霞んでいき、徐々に視界が安定していくが、それでも三人の表情が安心することはなかった。
「な……」
「え……」
フィアルとフクレイが同時に声を上げる。三人の視界を新たに塞いだのは銀の仮面を纏い、鉄製の刀を携えた騎士だった。一人二人ならまだしも、ぱっとみただけで優に一万は超えている。
「城へ行って一雷精に会う前に、まずは、こいつらをなんとかしないとな……」
個人戦は学校の実習でしか行ったことはないがやるしかないと意を決し、接近してくる騎士に相対する。その途端、全身を黄金の光が包み、腕から下半身が透過してきた。一雷精が半径五百メートルから離れたんだ。
そう気付いたところで、フィアルの体は光をまき散らして消滅した。
黒一色の空間が薄れていき、あっという間に光が差し込んで闇を溶かしていく。
一雷精は突然暗転した視界に対応できずに眼を擦るが、ものの数秒で慣れ、周囲を見渡した。
「豪勢な場所だ……」
大きな部屋だった。レッドカーペットのような長い絨毯が敷かれており、天井にはシャンデリアが飾られている。いつもより眩しく感じたのはそのシャンデリアについている宝石の輝きのせいなのかもしれない……って痛い! なにこれ凄く痛いよ
「ぬおおお。ぐおおおん」
ドス と鈍い音がお尻の穴を貫き、その痛みに飛びあがる。全身を貫かれたような痺れに身悶えながら、どうにか振り落とそうとお尻を揺らすが、全く離れる気配はない。
一雷精は一心不乱にお尻に突き刺さっている謎の物を引っこ抜いき、その姿を目に写す。
『ここがウルヅスの部屋のようですね。精様、ウルヅスはどこにいるのでしょうか』
一雷精のお尻を不意打ちした犯人は、見慣れた金色の槍だった。武器形態となったフィアル謝罪もなく飄々と主人である自分の脳を通して話してくる。
『謝れ 危うく戦う前にお陀仏になるところだったぞ』
「お前さんを護衛してた二人はここには来んよ。俺が作った実態のある幻覚。有幻覚になぶられるからな」
痛快に笑う。つまり、ウルヅスはラリアが建てた作戦を見事に見破っていたのだ。ラリアとフクレイが身を潜めていたことを知った上での一雷精誘拐だ。
作戦を見破られている。ということは、もしかしたら自分がウェルではないということも既にウルヅスはわかっているのかもしれない。そう思える節もある。あの渦の手の力はか弱い少女を目当てとする力にしては強すぎる感じがした。
一雷精は唾をのみ、手を裾にいれて槍を完全に隠す。どうか槍の存在には気づいていませんようにと祈り、一雷精は緊張の面持ちで大笑いしているウルヅスを窺った。
「……ふう。さてお嬢ちゃん。もうお前には抵抗すべき力は残ってないぞ。大人しく悲鳴の願いを渡しなさい」
「…………は?」
目を見張らせてウルヅスを見る。何かの作戦なのかと危惧して表情を端から端まで見つめるが笑い疲れてたまった涙をこするだけで、得になにかを考えて入り用な感じではなかった。 推論を言うと、ウルヅスはまだ一雷精をウェルだと思っている。
『精様……ウルヅスはもしかして、精様の正体には気づいていないのでは?』
フィアルも同じようなことを語りかけてきた。一雷精は皮肉な笑みを浮かべる。
『ああ、こいつバカだ。今のうちにやっちまおうよ』
そうと決まれば早速隙を作らせるために泣く振りをする。両目をこすり、鼻をすする。
「えーん。えーん。おじさんこわいよー。すみません。悲鳴の願いでもなんでも渡しますー」
棒読みにの極みと言った声音だったが、ウルヅスは全く疑いの色を見せず、かえっていやらしい笑みを浮かべはじめた。
「ブハハハ 大丈夫だ! お前は美しい。俺の女にしてやるから安心しろ。さあ、石像を渡すんだ」
なめ回すように一雷精の体に視線を巡らせる。うわあ気持ち悪いという嫌悪感をなんとか振り払い、一雷精は演技を続けた。
「もっと近づいてくれないと渡せないです。えーん。ウルヅス様やさしー」
ウルヅスは堀の深い笑顔を見せて中腰になり、巨体をなんとか一雷精に合わせる。二人の距離は数センチくらいしかない。ここで急所に決めれば勝利は確実だ。
「渡すんだ。」
ウルヅスの言葉に黙って頷き、一雷精は石像が入っているポケットに手をいれ――
「喰らえこの野郎」
石像を取り出すためにポケットに手を入れるふりをし、隠していた槍をウルヅスの胸部めがけて突いた。
「ぐはぁ」
ゴヅン! と鈍い音がした。どうやら間一髪で肉体への貫通は回避したらしい。ウルヅスはバランスを崩した体を右に捻らせ、激しく呼吸をする。
「……貴様、なにものだ!」
凍てつく目線を受けながら、一雷精は槍をウルヅスに向け、放った。
「君に悲鳴の願いなんてあげないし、君の女になんかならないし、あと、俺男だしぃぃ!!」