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プロトタイプ  作者: アラ
19/35

18

「はい、これはアグスさんが作ったクッキーです。そしてその隣は娘のウェルさん。そしてその隣が私、フィアルが作ったクッキーでございます」


 フィアルは黄色のエプロンから白のエプロンに変えて、来訪してきた客人に丁寧な解説付きでそれらの品を置く。

 客はうんうんと懸命にフィアルの説明を聞きながら、赤いお茶を口に含む。


「素敵な説明をありがとう。それにしても、とても綺麗なお嬢さんね。アグスが羨ましいわ」


 柔和な笑みを浮かべ、客人は一番左のアグスのクッキーを口に含む。そして目を丸くし、フィアルを見つ

 めた。


「いつ食べても絶妙ね」


「そうですね」


 簡単とする客人に作り笑いで応じる。


「どう、あなたも一口いかが?」


 フィアルの隣で棒立ちしていた一雷精にクッキーを差し出してきた。クッキーは嫌いではない一雷精だが、これはアグスが客人に向けて作った料理だ。自分が食べるわけにはいかない。


「ああ、クッキーはですね」


 貴女のためのクッキーですと言おうとした途端、客人が笑顔で問題発言をした。


「おんなのこだもんね! 甘いものは好きよねー」


「お……んな」


 ヒクリと額に青筋がたつのがわかった。しかしここで感情に身を任せてしまったらアグスとウェルに迷惑がかかってしまう。ストレートにものを言って、相手を怒らせるなど愚の骨頂。一雷精は、この世界に来てまずそれを学んだ。


 胸中で客人に呟くと、一雷精は笑顔で別の皮肉を口にした。


「いやあ、嫌いなんですよクッキーも……あなたも――あ! 」


「え? 聞こえないわよ」


「クッキーはあまり好きではないんですよ私のマスターは。オホホホ」


 素早く一雷精の口元を押さえ、ひきつった笑いを浮かべる。その笑いを維持させながら、ポツリと一雷精に囁いた。


「どうして要らないことを言ったんですか」


「体では嫌がりつつも、口は正直だったんだ」


「何かそれも逆じゃないですか」


 フィアルが頬を朱色に染めて一雷精の頬を抓った。

 それから十分ほどが経ち、アグスが自分用のクッキーを作って客人と相対した。ここで二人きりにして上げるのが配慮なのだろうが、ウルヅスについての情報を、客人から聞き出すという目的がある一雷精とフィアルは席を立つことはせず、両者の承諾を得て――最初は客人は激しく拒否したが、フィアルとアグスが上手く説得した――席を共にすることにした。


「ウルヅスのことね……正直話したくないけど、アグスの頼みだし。しょうがないわ」


「ありがとうございます」


 フィアルは頭を深く下げる。一雷精も軽く下げる。


「では、早速なんですけど、ウルヅスはどうやって毎月のお金を回収しているんですか?」


 フィアルが単刀直入に言った。もしウルヅス、または部下が賃金の回収の際にこの国へ来るのだとすれば、その時を狙って一網打尽にできるからだ。


 しかし客人はかぶりを振る。それはアグスも同様だった。


「あいつらはここに何て来ないわ。お金を自室のリビングに置くと、スッと消えるの。多分ウルヅスの力でワープさせてるのよ」


「ワープ? なんだよその反則な力!」


 目を大きく見開いて叫ぶ。アグスは同意するように頷き


「あいつは魔術師なの。魔法を超越したなにかを持っているらしいわ。運命魔法を超えた運命魔法をね」


「運命魔法を超えた……」


 呆気に取られるフィアル。その言葉がどれくらいのものなのか、未だに運命魔法を覚醒させていない一雷精にはよく汲み取れなかった。


「でも、必ずその運命魔法には対する弱点があるんだよね。そこを突けば簡単じゃないか? 地震を起こせて、物体をワープさせることができる魔法の対って……なんだ」


 一雷精は顔をしかめる。この二つの魔法に、共通なことが見当たらない。


「それだけじゃないわ。幻覚で自分の住処を隠しているって噂もあるの。恐らく、人を欺く幻術も使えるはずだわ」


「幻術って……本当にそんなものが……」


 信じられないといった風な反応を見せるフィアル。


「地震を起こせたり、物体をワープさせたり、幻を作ったりできるウルヅスに、運命魔法などないと言われているわ。運命を超越した力を、あいつはもっているの……それでも、貴方達はウルヅスを倒すつもりなの?」


 フィアルは頷く。一雷精も、取り合えず頷いといた。

 客人とアグスはにこりとわらい、互いの顔を見つめる。


「その圧倒的な力を、知っても屈しない気持ちに感動したわ……なにかあったらいつでも言って頂戴。みんなにもできるだけ協力させるように呼び掛けるわ」


「やはり、私達のような者がウルヅスと対決することを嫌悪する方はいるんですか?」 

「まあ、みんなこれ以上傷付きたくないし、下手をすれば国が終わっちゃうからね。でも、私はあなた達を信じてるわ」


 客人はそう言うと、クッキーを食べた。


「他に、なにかあるの?なかったらアグスと話したいんだけど?」


 フィアルは少し考えるのは素振りを見せたあと小さくかぶりをふる。


「いえ、何もありません。ありがとうございました……精様、部屋にいきましょう」


「ああ。そうだね」


 二人は立ち上がり、この場を去ろうとするが、そこでアグスが思いもよらぬ提案をして来た。


「もし良かったら、私達と話をしないか?君達のことも聞きたいし、私達のことをもっと知ってもらいたい。な、いいだろアリナ」


 アリナは笑顔で頷く。


「ええ。そうね、愚痴ばかりになるでしょうが、聞きたいのならご一緒しましょ」


「え! いいんですか!」


 感激するフィアルだったが、一雷精はアクネの誘いにあまり乗り気ではなかった。またいらぬことを言って穏やかな空気をしらけさせてしまう可能性もあるし、そもそも自分が話せる笑い話が、この世界へきてどれだけの女性に殴られてきたかという大変お粗末な話しかない 。

 そんなの、誰も楽しくないよ。

 俺の頬に視線が集まるだけじゃないか。

  よし、帰ろう。とフィアルから離れようとするが、フィアルによってその行為は防がれてしまった。


「離してくれ。話題が女性に殴られたエピソードしかないんだよ。絶対つまらないじゃんか」


 頼むよ! と懇願する一雷精に対し、フィアルは笑顔でとんでもないことを言い出した。


「いいじゃないですかそれで。きっとその話を聞けば、アグスさん達もお怒りになるでしょうし。これからは行く先にいる女性の方に殴られて貰いましょう 」


「俺の頬っぺたはスタンプラリーじゃないんだよ」


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