17
「そろそろ行くか」
昨夜の夕食とひけをとらないくらいの量の朝飯をたいらげ、ラリアは静かに椅子から腰を上げる。
「じゃあ、私も行こうかな」
次いでフクレイも立ち上がり、台所で食器を洗っているアグスに一言告げる。
「アグスさん! 私達、そろそろでかけますんで。日がくれる頃には帰ってきます」
「あー。それならちよっとまつんだ」
水道の水をとめ、慌ただしくフクレイの元へ掛ける。
「これは、隊長の証だ。私の代わりということがわかる」
光輝く逆三角形のバッヂをフクレイは受けとると、思い出したカのようにアグスに言った。
「昨日、アグスさんの部屋に不思議な彫刻品がありましたよね! あれってどこに売ってるんですか?」
「なんだ? 彫刻とかに興味があるのか?」
大きく頷く。正確には彫刻品ではなく、珍しいものに興味があるフクレイだが、本音を明かさずここでう
なずくのは好判断だなと一雷精は思った。
「よかったら上げるよ」
「ええ!本当ですか!」
珍しくテンションが上がっているらしく、抑揚のある声が部屋に響く。
「ええ、あの作品を褒めて貰えて、私も嬉しいもの」
「そうですか! では、夕飯が終わったあと、部屋にいかせていただきます」
感激そうにアグスの手を握るフクレイ。アグスも陽気に笑っていた。一雷精の前の席で二人のやり取りを眺めているウェルも無表情ながら嬉しそうだった。
「あまり見ているとまた叩かれますよ」
アグスの手伝いをしていたフィアルが一雷精の右頬を小突く。あまりの激痛に悲鳴を上げそうだった
「――っこの野蛮人。」
黄色のふりふりとしたエプロンを見事に着こなしているフィアルを一別し、こたえた。
「……もういいか?」
ラリアがフクレイとアグスの間に割ってはいる。フクレイははっと正気を取り戻し、慌てて
アグスの手を離した。
「すまない。じゃあ、行ってきます」
「よし、行くぞ!」
二人は一雷精達に手を振ると、扉を開け、外へと出ていった。
「……さて、私はお菓子作りの準備をしようか。ウェル あんたも今日どっか行くんでしょ はやく食べち
ゃいなさい」
「うん……誰かさんのせいであまり朝食を味わえなかったけど」
予期していない攻撃に口に含んでいた食べ物を吐きだしてしまいそうになるがどうにか押しとどめる。
「大丈夫さ。恋愛漫画の主人公だって最初の印象は良くないし……落ち込まないぞおおお」
勇気づけるように胸を強く叩くと、フィアルが泡立てた食器を抱えながら一雷精に耳打ちをしてきた。
「こうして見ると、ここが人を守ってはいけないだな国なんて残酷なところとは思えませんね」
「まあ、そうだね」
確かにフィアルの言うとおりだった。自分達のために早起きしてご飯の支度をしてくれてり、これからくる友人のために懸命に手作りクッキーを作るアグスは家庭的なお母さんって印象だ。
娘であるウェルも無表情な点を除けばお母さんの手伝いをよくしてくれる優しい少女だと捉えられなくもない。
とても、暖かそうな、幸せそうな家庭だ。自分には与えられなかった幸せが、この家庭にはあった。
羨ましくも思ったし、苦しい思いをしている二人には是非幸せになって欲しいという気持ちも芽生えてきた。
しかし、同時に、恐れる気持ちもある。
人を守ってはいけない国。もしその名の通り、守りたくても守ってはいけないような恐るべき展開が、アグスとウェルの間に起こったら、自分は己の命を削ってでも守れるのだろうか?
その答えは、まだ分からなかった。
沢山の機械音を耳に焼き付けながら、ラリアとフクレイは未だに町中に散らばっている瓦礫を運んでいた。
「よいしょっと」
四段に重ねた瓦礫を丁寧に集計所に置く。ここは殆どの瓦礫が片付けられているアグス家付近の都会とは違い、さらに奥の田舎町だ。瓦礫だらけの足場の悪い地面を慎重に歩き、再び大量の瓦礫を運ぶために現場へと戻っていく。その途中にすれ違った若い男が、白い歯をみせ、ラリアに話しかけてきた。
「やあ、あんちゃん。アグスさんの代わりなんだってな!アグスさんほどじゃないが、お前さんも中々働き者だ」
男として力には滅法自信を持っていたラリアの心を突き刺すような一言だった。
「え? アグスさんは何段まで持てるんですか?」
頑張って瓦礫四段が限界なラリア。それでも自分はすごい方だと思い込んでいた。なぜなら周りの男達は、全員二段以上の瓦礫を持っている者はいなかったからだ。
ラリアに訪ねられた男は考え込む素振りを見せ
「八だんかな」
「は……八段!」
驚愕する。自分の二倍の重さをあの女性はなんなく持っていたということになる。
「それだけじゃねーぜ!あの人はこの仕事を終えると、捜査もするんだ」
「捜査?」
ラリアが訪ねる。男は得意気な表情を見せ
「地震が終わったあと、ウルヅスの野郎が手下をよこして森の木々を切ってたらしいんだ。どうしてあいつはそんなことをしたのかを捜査する係りのことだ」
木々を伐採だなんて例は今までなかったが、石像は森林の最奥にあるというフクレイの証言を思い出す。ウルヅスはこの国の石像を奪うために森林を伐採していたのだ。
「ってことは、もう悲鳴の願いはあいつに奪われたのか」
恐る恐る訪ねる。男は難しい顔をして唸った
「? なにを言ってるんだあんちゃん。そんなものは森には最初からないぞ?」
「何だって?」
険しい表情を見せる。盗まれたのではなく、最初から存在していないとはどういうことだろうか。
「いや、言葉通り、最初からなかったぞ」
二秒ほどの沈黙をあけてラリアが訪ねる。
「この国、いいえ、エリア全ての象徴なんじゃないんですか」
「いいや、俺がガキの頃にもそんなもん無かったぞ? 親ですら石像なんて言ったことねえ」
思案顔でそう叫ぶ。眼前の男の年齢は見た目から推測して二十代だろう。古くから伝わる伝統も、いずれ
は廃れるものだ。だから彼が石像の存在と、石像にまつわる童話を知らないというのはまだ納得できた。だ
が、その親までもが知らないというなら話は別だ。
本当に親は知らないのか? 森に行ったときなにかなかったか? 他にもいくつか質問があったが、ラリアが声を放つ前に現場にいた同僚に呼び出され、ラリアはしぶしぶ男に別れを告げ、現場へと向かったのだった。
「まあ、収穫はあったな」
歩きながら 呟き、人差し指を顎に触れさせる。
ウルヅスが森林を伐採していて、そこには何もないというのなら、もう悲鳴の願いはウルヅ
スに奪われているだろ。
しかし、それなら何故世界を崩壊しないのだろうか? やはり夢物語だったのか?
それなら、何故未だにこの宿泊の国に居座り続けるのだろうか? 金銭目的による支配なら、この国よりも潤っている小国にでもいけば言い話だ。
「謎は深まるばかりだな……」
頬をポリポリとかき、苦笑する。もう少し深く推理につかりたいが、今は仕事中だ。考えるのはあとにしよう。
気分の切り替えに咳払いをする。そして気合いをあげながら、ラリアは瓦礫九段に挑戦した。