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プロトタイプ  作者: アラ
17/35

16

街中の賑やかな喚き声に聴覚を撫でられ、気がつけばいつのまにか目を覚ましていた。欠伸を呆けながら大きく伸びをし、本格的に覚醒状態へと入る。昨日は色々と忙しかったせいか、疲れは完全に取れていない。未だに体に纏わりつく疲労を自覚しつつ、一雷精はゆっくりと起き上がる。


「遅いぞ。もう朝飯の時間だ」


 声の方に目を向けると、ラリアが器用に布団を畳んでいた。昨日とは違い、半そで半ズボンと、動きやすそうな恰好をしている。


「変わった服だね。どこかに出かけるの?」


「ああ。アグスさんの作業服を借りたんだ。フクレイと復興に向けての活動を手伝いつつ、ウルヅスの情報を集めようと思う」


 四つ折りした布団を左隅に置く。その上に枕とシーツを重ねると、ラリアは一雷精に視線を戻した。


「お前は来るか? 出来ればお前とフィアルはここに残ってほしいが」


「何で?」


「今日はアグスさんの家に友人が来るらしいんだ。お前らには、その友人達からなにかを聞き出してほしい」


「あ……ああ」


 言葉を詰まらせる。ラリアの目論みに異論はないのだが、アグス家に一日十いるということは、即ちウェルとも一日顔を合わせるということになる。昨夜の一件もあり、出来れば顔を合したくない。


 そんな一雷精の心情を推察したラリアが肩を竦めて言った。


「大丈夫だろ。聞いた話じゃ、ウェルさんは普段は二階にある自室に引きこもって飯の時以外出てこないらしい」


「うん……」


 頷きつつも、内心ではウェルに会わないことに胸を撫でおろす。


「昨日の話を聞いて色々あったと思う。でも、逃げてるだけじゃダメなぞ。俺達はエリアリーを救うために地球からよこされたが、その前に一人の人間だ。救いに来たなんて上から目線でいちゃ駄目だ。ちゃんと一人一人と向きあわねーと」


「……わかってるさ」


じゃあ、言ってくると元気用言うとラリアは寝室から出て行った。唐突に訪れた沈黙が一雷精を包む。

その沈黙は、唐突な闖入者によって破られた。


「うお! フィアル」


 かしこまった動作で扉を開けたフィアルは大きな歩幅で一雷精に詰め寄る。


「何だよ?」


 そう訊ねると、フィアルは一雷精の胸元を人差し指で突き、言った。


「ウェルさんのところへ行きましょう」


「え……嫌だよ。行ってもボロクソ言われるだけだし、彼女も俺のこと見たくないんじゃないかな」


 ウェルから逃げるような自分の発言に、胸がチクリと痛む。


「なら尚更ですよ。この国を本当の意味で救うには、まずはこの国で生きている人々に認められることからだと私は思います」


「……」


 表情を曇らせる。仮にウェルと会ったとしても、なんて言えばいいのかわからない。脳内で逡巡する。すると、フィアルが突然一雷精の顎を上げ、自分の顔に固定する。


「私を見てください」


 鋭い声を飛ばす。呆気に取られて咄嗟にフィアルの眼を凝視する。

 フィアルはニコリと笑い優しく囁いた。


「大丈夫です。私も一緒に行ってあげますから。二人で謝りましょう」


 一雷精の頭を撫でる。どうして彼女が自分にこんなことをするのか、一雷精には分からなかったが、何故だか先程までの迷いが消え、いつのまに脳に浮かんだ答えは一つだった。


「……わかったよ。謝りに行こう」


「ええ」


 そう言うと、フィアルは手を放した。一気に圧迫感が消失した顎を撫でつつ、訊ねる。


「どうして、一緒に謝ってくれるんだよ? 嫌いなくせに」


「主の過ちは、武器である私の責任でもあるからです。武器規則は絶対なのです」


 照れもせずそんなくさい事を堂々と言ってのけるフィアルはとても眩しく見えた。初対面が最悪だったが、こうやって生活を共にしてみると、案外彼女は悪い奴じゃないのかもしれない。やっぱ彼女はとてもいい武器、いいや人間かもしれ――


「それに、私が優しくすれば精様も心を開いて私にそうじゅんになるかもしれませんし」


「うお、危うく攻略されるところだった。やっぱ美少女はゴミだ。男の敵だ」 


 ほんの少しだけ上がった好意をばっさりと切り捨てる。


「なんてね、冗談ですよ。行きましょう」


 どうだろうね。一雷精は無言の返事をし、フィアルと共に二階のウェルの部屋へと向かった。   


「ここですよ」


 部屋を出てから直ぐ見える木製の階段を上ると、二つの部屋が左の通路にあった。一番奥の部屋の扉にアグスと書かれていたため、相対的にもう一つの部屋がウェルの部屋となる。


「まずはノックをしましょう」


 フィアルは小さく扉をたたく。小さな返事が返ってくる。どうやらまだウェルは食卓に向っていないようだ。


「ようし……開けるぞ」


 ごくりと唾を飲み、恐る恐るノブに触れる。鼓動が速くなっていくのを感じながら、一雷精は緊張の面持ちでノブを回した。扉はブンゾオオオオンという全く予期していなかった爆音のような大きな音を奏でながら開かれる。


「え……」


「ひいい」


 突然の大音量に泡を飲みながら、一雷精とフィアルはウェルの部屋の中に入った。


「……何の用かしら? 今からリビングに行く所なんだけど」


 丸い粒が不規則に描かれている服を着ているウェルは、寝起きなのか、眼を擦っていた。


「済みません。少しお暇を頂いてもよろしいでしょうか? ウェルさんにどうしてもおっしゃりたいことがあるらしくて」


 フィアルが他人用の笑顔でリビングへと向かうウェルを呼び止める。ここで言わなきゃ男がすたる。一雷精は息を吸うと頭を下げ、大きな声で謝罪をする。


「えっと……昨日はごめん。まさか君にあんなことがあったなんて知らなくて。無神経なことを言っちゃって今は後悔してるよ」


「……母さんから聞いたのね」  


 話す必要がないと捕らえられたのか、返事は帰って来なかった。


「お、俺もお母さんと父さんが三年前に姿を消しちゃってさ。どこに行ったのか思い出そうにも昔の記憶がない。目が覚めたらいきなり病室で一人で、家に帰っても迎えに来てくれる人はいない……誰かが急にいなくなってしまう寂しさは、わからないでもない。だからこそ、君に謝罪をと――」


「……あなたにも、大切な人がいないの?」

 小さな声が、ウェルから聞こえた。互いに顔を見合せながら下げた頭を上げる。


「俺だけじゃなくて、ラリアさんもフクレイにも家族はいないし、その存在も知らないんだ。でも、君の痛みを理解しているだなんてことは」


「……いいわ。こちらこそ行き過ぎた発言ごめんなさい。あなた達のことを誤解していたわ」


「でも、まだ完璧に信用するのは無理……これ以上何かに期待をして、絶望する生き方を私はしたくないの……」


「……なら、希望しかない未来にするまでだよ。信用されるまで、俺達は頑張る」


 ウェルは無言だった。胸中を読み取れないその表情はどこか自分に対いて怒っているようにも思えた。また何かしたのかそう狼狽しながら怯えた態度でウェルの顔を見つめる。


「そう……期待しているわ」


 ――え? 笑った? 


 目をこするが、目の前に写っている少女の顔は見慣れた無表情だ。恐らくあの可憐な笑顔は一雷精の錯覚なのだろう。


でも、本来なら彼女はああいう笑顔を出せる人間なのだと気づく。年相応な無邪気な顔で、太陽の日差しのように眩しく、友達たちとあどけない笑みを出せる人間なのだろう。そして、そんな見るだけで元気が出るような笑顔を見れる人間は幸せだなと不意に思った。


「……おお、何て汚れのない笑顔なんだ」


 頬を上けさせながら呟く。先ほど見た彼女の笑顔は幻想だが、その無垢な微笑みに、一雷精の心は鷲掴みにされた。美少女と言えば大抵は美形の男に媚びるような笑みを浮かべている汚れた印象しかないが、ウェルの笑顔は違う気がした。もっと澄んだ、本当に楽しそうな、嬉しそうな笑みだった。


「あ、あのお ウェル!」


「もし、俺がウルヅスを倒したら……君の笑顔を、お、俺にくれないか」


 緊張で噛みそうになりつつも何とか最後まで言い放つ。突然の告白に隣りにいたフィアルは絶句していたが、それよりもウェルの反応が気になったので一雷精は彼女を見つめていた。ウェルは怒っているのか、それとも驚いているのか、心拍数が上がる音が聞こえる。


「え? あまりよく聞こえなかったわ? 何が欲しいのかしら。お金じゃなかったら助かるのだけれど」

 きょとんとした様子で問いかけた。この距離で聞こえないのかよと突っ込みつつ、一雷精は今度は他の口説き文句を言うことにした。


「お金なんて俗物入らない、ウルヅスを倒したら、君の笑顔が見たいんだ」


 そして最高の決め顔とポッケニ閉まっていた花束をウェルに差し出していった。


「君の愛をプライスレスで下さい」


 瞬間、轟音が右頬に響いた。一雷精は朝食の間、リビングでずっと手形の付いた頬をさすっていた。



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