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「いやーゴメンね。あの場を静めるには君をぶん殴って奴らを落ち着かせるしかなかったんだ」
「……え? 誰このフレンドリーな人」
二階建ての大きな家に入るや否や、アグスはその冷酷な表情を崩して破顔すると、一雷精にペロリと可愛らしく舌を出した。一同はぽかんと口を開けてしまう。
「私の名はアグス・ブアーナ。この家の大黒柱であり、国の新しい長でもある。アグっちゃんと呼んでくれたまえ」
軽快な口調で自己紹介をすると、五つのコップをリビングに置いた。中身は黄色い液体だった。匂いはとても甘い。ジュースだろうか。
「ナフォンっていう果物を潰して作った自家製だ。味は私が保証しよう」
快活にいうと、湯呑を掴み、中の液体を口に含む。そして、豪快に吐き出した。
「ケホ、ケホ、匂いは甘かったけどやけに苦いな……まだ熟してないのか? てへへ」
再び可愛らしく舌を出す。一人でなにやってるんだろうと一雷精は思いながらさりげなく手元に置かれた自分用のコップをアグスに気付かれないように隠した。
「アグスさんでしたっけ。俺の名前はラリアン・トンです。で、右からフクレイ・エンダル。フィアル・ジョメウィル。そして、英雄人の一雷精です」
「英雄人だってまさか この国を救ってくれるのか」
さり気無くアグっちゃん呼びを拒まれたことなんか気にもせず、アグスは飛びついた。
「はい。必ずお役に立てるでしょう……」
「そうか。国の奴等にそのことを話せば間違いなく反対の嵐だろうけど、私は応援するよ」
「そのことなんですが……少し質問をしていいですか」
「な……何だね」
「つい最近地震のようなものが起きましたよね。その時、見知らぬ人間があなた達を襲ったりしませんでしたか?」
「何故そのことを知っている?」
「ええ。全て知っているつもりです」
目を丸くするアグス。どうやらこの国が犯人の手によって壊されたことは確定のようだ。それなら、何故今回は皆殺しにせず、財宝も奪わなかったのだろう。
「ウェスエリアの国はどれもその男によって崩壊しています。人は消滅し、金も奪われています。それなのにこの国の人達は生きているし、お金だってある。最初は普通に大きな地震が起きただけなのかと思っていました。しかし、彼等のあの何かに怯えるような反応を見てびびっときました。あなた達は地震を起こした人間に脅されている……違いますか?」
アグスは口を閉ざし、周囲を見回す。四角い窓にへばりついている黒い粒を忌々しく睨んでから、囁くように語った。
「地震を起こした奴――ウルヅスが来たのは丁度三週間前のことだった。宿泊の国として繁盛していたこの国に、突然やってきたあいつは、不思議な力で地震を起こした。建物は全て崩壊し、五百万を超える人口は一瞬で百足らずとなった。幸い命を落とさずに済んだその百足らずの者達も生き埋めになってしまい、死ぬのは時間の問題だった――」
少しの間を置いて、声に強みを出す。
「でも、生きていたんだ。私達は、国を襲ったあいつに救われたんだ。久しぶりに見た外の景色は想像を絶するものだった。友の死体、足場のない地面、そして私は怒りを噛みしめ、あいつらに言った。私達を助けて、一体何をする気なのだと」
「何て……言ったんですか」
ゴクリと唾を飲んで先を促すラリア。強張った表情なのはラリアだけではなく、フクレイ、フィアル、そして一雷精までもがも固唾をのんでアグスを見ていた。
「死にたくなかったら、俺の言うことを聞け、今日からお前らは、俺の奴隷だ……と。それからは、あの男のルールでこの国は縛られた。毎月一人十万Eをあいつに支払うことになった。もし払えなければ見せしめとして払えなかった奴を殺すと……」
「酷い話ですね」
フィアルの言葉。しかし、アグスは大きく被りを振り、感情を高ぶらせる。
「そんなことは、全く苦じゃない。十万Eなんか、長年国の皆で蓄えたへそくりでなんとかなる。私達がああまでしてお前らに守られることを拒んだのは、もう一つのルールがあるからだ」
「もう一つの……ルール?」
唇を噛みしめ、血が滴る。体を震えさせながら、アグスは言った。
「人を、守らないことだ。この四角い窓にへばりついている黒色の小さな丸い機械で、私達は常にウルヅスに監視されているんだ。もし人を守ったり、助けたりしたことが機会に映し出されてあいつにばれたら、今度こそ国が崩壊させられる。罰は同じなんだ。でも、こればかりは耐えられない。今まで仲良くしていた人間でも、たった一人の家族でも、事故や病気になったとき、私達は見捨てて逃げ出さないといけない。守りたい、でも自分の判断で他人の命までを犠牲にするわけにはいかない。ここはもう宿泊の国なんて安心できる名前じゃない……ここは」
「ここは……人を守ってはいけない国よ」