12
「成る程ね。そういうことだったのか……私の誤解だ。すまない」
「いや、わかってくれればいいんだ。サンキューなフィアル」
机上に置かれた緑色の飲み物を口に含み、ラリアは右隣を向いた。
「いいえ。誤解が解けて何よりです」
フィアルは上品に湯呑の中身を飲むと、笑顔で答えた。
勘違いが度を越え、すべての歯車が合わなくなってしまったフクレイとラリアの仲裁役に入ったのはまさかのフィアルだった。突然自身を光らせて人型へと戻り、呆然とした表情で停止するフクレイを持ち前の慇懃な態度で説得する様は実に見事だった……
「同士達と計画を立てていたのか。あはは。面白いことを考えるじゃないか。地球
へ帰るための策が『石像事件』ってところもまた興味深いよ」
「石像事件? 何だそれ。今回の地震のことを言っているのか」
「ああそうだ。私はその事件のことをそう呼んでいる」
何かに思いふけるように湯飲みを唇に当てる。フクレイは気付いていないようだが、彼女が
唇に当てている湯呑は一雷精のものだ。
「あ……それ俺の」
「ああ、すまないね。今すぐ返すから気にせず飲んでくれたまえ」
「え……でもさ」
「間接キスで照れるなんて見た目通りの可愛さじゃな――」
「他の人が口にしたものって菌がいっぱい付いているから汚いよね。この湯呑」
バチン とフクレイの掌が一雷精の頬に炸裂する。激痛が頬に伝わったあとで、自分の失態に気付いた。でも殴ることないじゃんか。こいつ全然平然じゃない。意志がブレブレだよ。
「失礼だな。毎日清潔にしているよ。君みたいな子は嫌いだね」
不機嫌そうに眉間寄せていたが直ぐ平常に戻り、一雷精達に問いかけた。
「知ってるかい? 君達が探っているあの事件。無くなったものは国、金、人間だけじゃなくてもう一つあることを」
「知らねーな。というより、建物や木々がしっちゃかめっちゃかに倒れていて他に無くなったものなんて探せねーだろ」
訝しそうにしているラリアを楽しむように眺めると、フクレイは歌うように口を動かす。
「石像。石像だよ。木々が連なる森の最奥に建っている大きな石像がなくなっているんだよ。四〇国全てね」
「物や木々にぶつかって砕けたんじゃねーの?」
「いいや、それは違うね。もし君の言う通り、ただ壊れただけなのなら森に石像の破片が散らばっているはずさ。なくなっているんだよ。確実にね。犯人は奪わざるをえなかったんだ」
「……自信満々に推理するのは構わないが、どうして犯人はたかが石像を奪おうとしたんだ? 犯人の目的はあくまで殺戮と盗みじゃないのか?」
確信を得た表情をラリアにみせると、意気揚々と質問に答える。
「寧ろ犯人の狙いは石像にあると私は思っている。この世の珍しい物を知り尽くし、石像を保有していた三〇国全てにいった私には石像の魅力がわかるのだよ」
「どういうことだ? 俺は地震で崩壊した国の文化や歴史も念のため調べたが、どの資料にも石像なんて書いてなかったぜ」
たまらず身を乗り出すラリア。フクレイは待っていましたと言わんばかりの笑みをみせる。
「当然さ。石像は何千年前も昔に出来たとても古い物だから、そこら辺の店で手に入るような資料には書かれていない。エリアリーにはネット環境がないから、石像のことを知りたいのなら直接国へ行って、国王から石像を見してもらうよう頼むしかないよ」
「え ネット環境ないの」
さり気なく語られた衝撃の事実に、一雷精は軽くショックを受ける。ネットに揉まれてきた現代っ子にとっては、信じがたい大事件だ。
「てことは、犯人もお前と同じでウェスエリアのどれかの国へ行ったってことになるよな? でもさ、どうして犯人は国を滅ぼしてまで石像を狙うんだ?」
喪心している一雷精など気にもせず、ラリアは呑気に呟き、湯呑を口にする。
「慈愛の咆哮から悲鳴の願いまで。全部で四十もある石像がそれぞれの国に一つずつ置かれていてね。その全ての石像が同じ場所に置かれた時、世界は終焉を迎えるといわれているんだ。まあ、この話は童話だから信憑性は皆無だけど、犯人はその童話を信じて、全ての石像を狙っているんじゃないかな? どうしてそんな夢物語を鵜呑みにしているのかは存じないが」
「はあ じゃあ、今回の騒動の発端は、その言い伝えを犯人が信じたからなのか そんなクソみたいな動機で何十万人の人間の命が犠牲になったっていうのかよ」
鋭い声が部屋中に響く。憤慨するラリアをフクレイが沈着とした態度で宥め、続きを話した。
「ああ。そう考えるのが妥当だろう。警備部隊の人間も可哀そうだ。まさか今回の騒動の原因が廃れた童話だなんて知る由もないだろうし、考えもしていないだろうよ」
「そういえば私も聞いたことがあります。四つの異なる感情が交わり、世界を分裂させるんですよね。最後はエリアリーが破滅を迎えて悲しい結末になっていたのを覚えています」
フィアルが湯呑を机上に置き、話に割って入る。
「驚いた。随分物知りじゃないか。知っているのは私と犯人くらいかと思っていたよ」
フクレイが拍手喝采し、手放しでフィアルを賞賛する。場が盛り上がるなか、昨日この世界に来たばかりで童話など全く知らない一雷精は蚊帳の外状態だった。
「……ん? でもよ、それなら財産まで盗む必要も、国の人間を殺すだけじゃなくて、わざわざ存在そのものを消す必要もないよな? 目的はあくまでも石像なんだから金なんてどうだっていいし、警部部隊に目的を割らせないために国の人間を殺すってだけならまだわかるが、存在自体を消す必要はねーだろ」
「そこら辺はわからんよ。金に目がくらんで盗んだのか、殺してく内にもっと残酷なことをしたいという殺戮衝動にでも目覚めたんじゃないのか?」
悟るようにいう。ラリアは釈然としないのか、終始首をかしげていたが無理やり納得し、咳払いをすると、机を叩いて三人に視線を向けさせる。
「急いで犯人を止めないと。まだ世界が終わってねーんだ。きっと『宿泊の国』も無事なはず」
「あくまでも童話だからその通りに行くとは限らないが、犯人があんなに必死になっているということはただの童話でもないのだろう。せいぜい頑張ってくれたまえ……あれ」
フクレイはキョロキョロと辺りを見回し、苦笑を浮かべる
「ところでラリア。その吸引機とやらをまだ私は渡されていないのだが」
狼狽気味にそう訊ねると、ラリアはどこか言いにくそうに頬をかきながら、告げた。
「そのことなんだが……お前には俺と一緒に戦ってほしいんだ」
唐突な発言にフクレイは飲みかけていた湯飲みを停止させ、視線だけをラリアに向けた。
「これは、仲間達の願いでもある。お前も知っての通り、運命魔法に制御がかかっている俺では勝てる奴が限られている。でも、俺のサポート特化の魔法と、お前の膨大な知識込みの運命魔法Aが合わされば、どんな奴にだって勝てるはずなんだ。力を貸してくれ」
無言のフクレイを、揺るぎもない瞳でラリアは見つめていた。いつでも本気の金髪の少年は、一雷精の時と同じように。きっと本当にフクレイの力を欲しているのだろう。
それから十分くらい互いに見つめあっていた。もう付き合っちゃえよという場違いな感想もおのずと脳内に浮かんでくる。
「……ハッハ」
口を紡いでいたフクレイが戸惑い気味の笑いを漏らす。それだけで全てを悟ったのか、ラリアは満足そうに笑みを浮かべた。
「わかったよ。仲間になってやろう。三年ぶりの戦闘だから力になれるかわからないが、足を引っ張らないようにするよ」
片目だけを閉じ、フクレイは立ち上がる。
「出かける準備をしてくるよ。ガスの元栓とか閉めておかないとね」
そう言い残し、自室へと向かっていった。 のんびりしているというかなんというか、掴みどころのない女性だなという心証だった。
「……あいつは強いぞ。 運命階級Aだし、その運命もあらゆる分野を吸収し、既存の常識を覆せるっていうとんでもないのだからな。あらゆる攻撃を右腕で吸い、威力を倍加させて相手に放つんだ」
おー! と感心さたふうに声を挙げる一雷精とフィアルだが、すぐに後ろからやってきたフクレイに中断させられる
「でもその代償として、一つの分野の先駈け者にはなれない運命なんだよ。それに、生まれたころから親も友も私の元にはいなかった。悲しいものだね」
言っているそばから悲痛さが微塵も感じられない余裕をもった動作で肩を竦める。孤独な人間がエリアリーに連れてこられたとラリアがいっていたが、その全員が必ずしも己の人生を悔
んでいるわけではないらしい。まあ、眼前の大人びた少女が例外なだけかもしれないが。
「マイペースな奴だ」
ラリアは楽しそうに片頬のみで笑みを浮かべると勢いよく拳を握り、叫んだ、
「これでメンバーは全員揃った!今から俺達は仲間だ!!『共に宿泊の国』を救い、犯人を懲らしめてやろうぜ!」
「チーム名はどうするんだ?」
返しの雄叫びをする前に、フクレイが訪ねてきた。ラリアは少し思案顔を作ると腕をポンと打ち付け意気揚々と声を挙げた。
「よし! 平和主体!『ピースメイン』なんてどうだ?」
一同は沈黙。ラリアを除く全員が目を線のように細めて勢いよく大声を挙げた金髪の少年を見つめていた。
「うわぁ……センスねぇ」
一雷精の批評がラリアの胸に突き刺さったらしく、三分ほど見悶えていた。
「うるせえ、ほっとけよ」
息を荒げながら咳き込むようにいうと、ラリアは再び大声をあげ
「とにかく! 今から『宿泊の国』へ行くぞ! 頑張ろうぜ」
若干投げ槍な態度だったが、直ぐに勇ましい声がラリアに帰ってきた。一雷精も普段では有
り得ない大声で返事を返した。生まれて初めて集団の輪に自分が入っている気がして、なんだ
か気持ちが高ぶっていたのだ。