10
見物人たちの鳴りやまぬ歓声の中で、
一雷精とフィアルはとうとう目的であった守護者を見つける。目前で快活な笑顔を浮かべる人物は、思っていたよりも若く、そして野蛮な外見だった。
「風帝?」
「ああ、ちょっと恥ずかしい名前だけどそう呼ばれていた」
「童貞じゃなくて?」
「ちょっ――なんでそのこと知ってるんだよ。誰にも言ったことねーぞ」
その身なりで童貞かよと突っ込もうとしたところで、頬に激痛が走り、本音ではなく嗚咽を漏らす。
「風帝です! あと、ラリアン・トンさんも真に受けないでください!」
頬を紅潮させながら、フィアルは頬を抓る強さを逸そうと強めた。微妙に痛い攻撃になんとか耐えていると
「というか、どうして俺が八人目だということを知っているんだ」
「俺のことは気軽にラリアと呼んでくれ。そうだな……」
思案顔を数秒間したあと、人差し指をピンとたてて提案した。
「近くにお気に入りの飯屋があるんだ。そこで話をしようじゃないか」
近寄りがたい見た目とは全く異なる爽やかな笑みだった。
ヤンキーぽいから怖いというのは偏見だったのかもしれない。
※
「俺のおごりだ。何でも頼んでいいぞ」
ラリアは気前よく配布されていたメニュー表を一雷精とフィアルに渡した。2人は少々困惑しながらも取りあえず受け取っておく。
「それは悪いですよ。自分の分は自分で払います」
英雄人の武器としてのプライドなのか、フィアルはラリアの好意を低調にお断りした。ドレスのポケットから貧相な布財布を取り出した。
「うーん。まあ別に構わんが、あとで見返りを求めても応じないからな?」
「見返りって、俺達に何を求めるつもりなんだよ」
独り言ちってから、一雷精はメニューに記されていた料理で一番高価なものを注文した。料理名を言うや否や、店員は少々顔を引きつらせていたが、どうしてだろうか。
「あれ、店の中で一番マズい地雷品だぞ」
ラリアはそう付け足すと合掌と呟いてから両手を合わせて一雷精に黙とうを捧げた。
「う、うわあ」
事前情報もなしに欲を追求したバチがあたってしまった。
3人が頼んだ料理は3分ほど待った後やってきた。ラリアは牛乳と魚介類がたらふく入った麺類で、フィアルは赤い紅茶らしき飲み物と甘い香りを放つデザート類。
そして一雷精は名状しがたい強烈なにおいを放つ肉料理だった。
「ゴブリンさんの肉ですね。世界で一番苦い食べ物と評判の代物です」
ゴ、ゴブリンって食べられるんだなという感想しか沸いてこなかった。種族は違えど、彼らが人型であることには変わりはない。人肉を食べるような感覚である。
苦悶しながら箸をつついていると、ラリアが話題を振りだす。
「俺がお前を8人目だと推測した理由は、あの桁外れの戦闘力と、戦う姿勢、あとはお前の言動だ」
「どういうことさ」
牛乳を一飲みしてから、ラリアは自分の推論を放つ。
「8人目と称される人物は、予言魔道書に記述されている通り、規格外の強さを持っている。規格外といったら英雄人か革命人しか存在しない。そして、お前はそれに相応しい規模の運命魔法を持っていた」
一拍の魔を置いてから、ラリアは再度口を開く。
「歴代の英雄人革命人、そして上位の運命階級を持っている人間は誰もが有名人だ。顔も割れている。そんな中で、お前だけは始めてみた」
「今まで表舞台に出てなかっただけという可能性もあるよ」
「そうだな。だからこそ、お前の戦う姿勢と言動に重きを置いたんだ」
今度は麺をすすってから、ラリアは説明を続ける。
「戦力差がある相手にしては、お前は全力を出し過ぎていたし、油断もしていた。強者は必ず人質よりも先に敵を倒すことを考えるし、その時は急所を狙う。でもお前は先に人質を解放しようとした後、敵の心臓ではなく背中を狙った。戦いなれていない証拠だ」
流石は世界を救った守護者のリーダーだ。的を射た推理だと一雷精は脱帽する。
よく細かいところまで観察しているな。
「そして最後に、お前が言っていた、『どうしても叶えたい野望がある』という発言で全てが合致した。お前は新しく異世界へ召喚された人間だとな。そして、その中でも規格外の強さを持つ人間といえば、『8人目』しかいない」
「そうだね。うん、すごいな」
反駁する余地がどこにも見当たらない、その圧巻な推理に驚嘆する。その分析力と冷静な思考回路は守護者としての貫禄まで感じさせてしまうほどだ。
「まあ、そう褒めるなよ。女の子なのにあんな野蛮人と戦ったお前も凄いって」
「いや、俺男だし」
一雷精は鋭い声で指摘した。
途端、ラリアが硬直し、声にならない言葉を呟く。一雷精の全身に視線を巡らせると強くかぶりを振り、唐突に一雷精の胸部を探った。
堪らずその両手を突き離すと、ラリアは居場所をなくした手をぷらんと揺らす――そして、なにかが壊れたかのように雄たけびを上げた。
「ええええええ! 嘘だろ。だって、英雄人と人体武器って……いや、この説は噂でしか聞いたことないから嘘なのかもな。それにしても、女じゃないのか」
ほーっと何故か感心されてしまった。
こんなところで一目置いてもらわなくてもいい。
「そろそろ本題に入りましょう。ラリアさん。予言魔道書によれば、精様は7人の守護者の方に導かれて、もう一人の8人目と対峙するらしいです。貴方がその導いて下さる7人の守護者ということでよろしいでしょうか?」
一気に崩れた空気を取り繕うと、フィアルが咳払いをしてから口火を切る。
答えは少し間が空いてから帰ってきた。
「ああ。暫定ではそうなるな」
「暫定?」
と、一雷精が首を傾げる。暫定というあいまいな言葉を選んだ理由は、ジフンの行動に確証が持てないからなのか。
「お前と行動を共にする守護者は俺だけじゃないということだ。予言を見てから、一度守護者と話し合ったんだ。まあ、連絡ができたのは7人中2人だけだったがな。その2人と話し合った結果、リーダーである俺がお前を迎えに来て、そこから徐々に他の守護者と合わせるという方針に決まった」
「ということは、いずれはラリアさん以外の守護者と対面するということでしょうか?」
「ああ。でも、残りの4人の消息は掴めていないから、全員と接触するというのは難しいな。予言の内容が守護者全員と接触しろとかじゃなくて良かったぜ」
肩を竦めてから、ラリアは容器の中の液体を口に含めた。
「え? ということは、今は7人で活動しているわけではないんですか?」
フィアルの問いに、ラリアはうむ、と小さく首肯した。
「元々協力的な奴等じゃなかったからな。2年前の戦争が終わったあとは、各自違うことをやっている。ギルドに入った者や、エリアリーの研究に明け暮れている者、騎士として活躍してるやつもいたな」
思い出にふけるように後日談を語るラリアをよそに、一雷精はあることを考えていた。
個々に散った7人の中で、誰が1番ポイントを多くとっているのだろうか?
「誰が1番予言魔道書に貢献し、ポイントを獲得しているの?」
単刀直入に聞いてみた。ラリアは顎に手を当てて思案顔を作る。
「予言魔道書で俺達がこなせている予言の数は5つだ。1番ポイントを取っているバイフォンという男は、35ポイントほど取っている」
一雷精は驚嘆のあまり口に含んでいる料理を吹き出しそうになった。
確か、予言遂行に与えられるポイントの最上限は10ポイントで、時点で5ポイントだったはずだ。ということは、そのバイフォンという男は5つの予言で全て活躍しているということになる。
「5つのうち、あいつは4つの予言をこなしている。2位を大きく突き放して圧倒的だが、あまり良いやり方とは思えないな」
「どういうことですか?」
「邪魔なやつを徹底的に殺すやり方だってことだ」
一雷精とフィアルに衝撃が走った。ラリアも二人の顔を察したのか、表情を引き締める。
「自分にとって不都合なやつは片っ端から殺し、更には地球人ではないエリアリーの人間にまで手を出し始めた。そのせいで世界を救った守護者から一転、お尋ね者にまで成り下がった。今どこにいるのかもわからない。生きているんだろうけどな」
「そんな奴と最初に合わなくて良かった……」
「何て酷いことを。許せませんね」
ほっと胸を撫で下ろす一雷精とは逆に、フィアルは両の瞳に炎を宿しながら激怒した。世を救済してきた英雄の武器としての誇りがあるのだろう。その正義感は計り知れない。
「まあ、仕方ないかもね」
憤るフィアルとは対照的に、一雷精の内情は案外穏やかな物だった。
やり方は悪逆無道の限りだが、間違ってはいないと密かに一雷精は考える。
決して褒められたことではないし、同調もできないが願いを叶えるためには手段を選んでいる暇がないというこは、一雷精も身をもって経験している。
人道的でも、非人道的でも、彼らの行動にある根幹は同じ願いの成就だ。バイフォンという男の願は存じていないが、薄情な戦闘を行うなりの理由がどこかにあったのではないか、などとあり得もしない可能性を見出してしまう。
――目先の欲に目をくらませて、関係のない人間の手出しをするのだけはやめよう。
胸中で固く誓い、一雷精は会話をしているラリアとフィアルの間に割って入った。
「俺達がここから逆転する可能性はあるんだよね?」
今回の予言の内容は自分が中心なため、一雷精は自動的に10ポイントを取得できる。しかし、第1位の会得ポイントは35ポイントだ。
ここから挽回の余地などあるのだろうか。
「ああ、当然ある。まず一つは、バイフォンよりも早く残りの予言を遂行すること、そしてもう一つは――」
一泊の間を置いて、ラリアは話す。
「バイフォンと戦い、奴を殺すことだ」
一気に背筋が凍る。目的のためなら非常になると決めてはいるが、いざ事の内容を想像すると足が震えてしまいそうだ。
既に何十人もの死体を葬ってきた人間の殺意に真っ向から立ち向かえるのかどうかも怪しい。
「まあ、それは大分先の話だ。深く考えなくてもいい」
「ふうん。ちなみに、君は何ポイント持ってるんだい?」
「俺か? 俺は2位の20ポイントだぞ」
「そうか……」
目前の少年は、自分が現在獲得しているポイントは20ポイントだと言った。
それに反して、一雷精はまだ0ポイントだ。
今回の予言を成功できれば自分にも10ポイント入るだろうが、そのためには七人の守護者の協力が不可欠なものとなる。
そして、立役者じゃなくとも予言に貢献できれば5ポイント、最低でも一ポイントは予言の協力者に入る。一雷精がやっとの思いで10ポイント手に入れたとしても、差は縮まるどころか広がる一方だ。
願いを叶えることのできる人間は、最もポイントを獲得できた人間だけ。
その予言もあと何回あるのかわからない。
もし残りの予言があと2、3回しかなかったら?
一位になるには最低でもあと5回は予言が必要だ。
そして、その5回全て一雷精がこなせる保証もない。
1番手っ取り早い方法は……自分より多くポイントを取っているライバルを殺すことだ。
できれば行動に移したくないが、情に駆られて妥協をする気も毛頭ない。
それはラリアも同じはずだ。表では飄々とした振る舞いを見せているが、胸の奥にはらんでいる心情までは察することができない。
今向けている笑みも、親近感のある人柄を装っただけの偽りの笑顔かもしれない。
短期間とはいえ、ライバルである守護者の人間と共に行動するのだ。
利害の一致で仕方なく組む同盟とはいえ、結託を結ぶ以上はは信用していたい。
予言の遂行中は互いに中を取り繕うだろうが、事を終えた瞬間もその良好な仲が続くとは思えない。
多勢に無勢で押し込まれ、潰される可能性だってあるのだ。
本当に目の前の人間が信用に値する相手なのか
「予言の都合上で今回、俺は守護者達と手を組まないといけない。でも、君は本当に信用できる人間なのか俺はまだわからない」
自分でも驚くくらいに声が冷たいものになっていた。
「そうだな……少なくとも、俺のことは信用してもいいと思うぜ。きっと役に立つだろう。できれば予言を遂行した後も手を組んでいたい」
僅かな焦りも見せず、ラリアは悠長に一雷精とフィアルを交互に見つめる。
自分が値踏みされているということに気付いておきながら、眉ひとつ動かさず冷静沈着に会話を進めるラリアの肝の座りように、こっちが感服してしまいそうだった。
「願いを叶えられる人間は一人だけだ。敵同士で手を組んでも、後々辛いことになるだけだと思うけど」
「ハハ、そう睨むな。俺にはある作戦がある。お前と俺の願が叶えられる一つの方法がな」
「方法?」
目を瞬かせる一雷精を見てにやりと笑うと、
「同率1位を狙うんだ」
「同率1位?」
異世界へ旅立つ前にベルディングが言っていたことを思い出す。滅多にないことらしいが、1位のポイントを獲得したに人間が複数いる場合もあるそうだ。
しかし、そんなもの狙って取れるわけではない。
「お前が俺と同じポイントになるまで、10ポイントはお前に譲る。俺はそれに協力するだけだ。まあ、予言に協力する時点で1ポイントは手に入っちまうだろうが、予言の立役者の資格はお前のものだ」
そして、俺と同一のポイントになったら後はその立場を維持していけばいい。なんとかして、予言魔道書の巻末に記される名前を俺とお前にするんだ」
「どうして、そこまでして俺と手を組みたいんだ?」
その言葉に、ラリアは始めて力のない、乾いた笑みを見せた。
「俺の運命魔法はそういう戦略じゃないと勝ち上がれないからだよ」
物憂げに俯き、ラリアは力ない声で言った。
「俺の運命階級はB。運命魔法は風だ。消えかける火種を業火に変えたり、静けさの中で嵐となって場を活気づけることもできる……でもな」
そこで言葉を区切り、やや切ない顔を一雷精に見せた。
「俺自身は業火になれないし、活気づけられた人物にもなれない……俺は永遠の脇役だ。簡単に言うと、自分より運命魔法が上の相手には勝てない運命なんだ。
だから、一人で勝ち上がることはできない。お前のような強者の力が必要なんだ」
悲壮漂う表情の奥に潜むラリアの心情を、一雷精には汲み取ることができなかった。
自分だけでは何も変えることはできない。
そう勝手に運命付けられたラリアはこれまで沢山思い悩んできただろう。その心労は計り知れない。
「自分より運命階級が上の相手には勝てない? でも、ラリアさんは世界を数ったお方ですよね?」
「俺は敵の弱点を見出して、サポートをしただけだ。人より戦闘力が劣る分、サポート能力と人脈に全て費やした」
フィアルの問いに答えると、ラリアは一雷精の方をじっと見つめた。
「情けない人間だが、俺にはプライドを捨ててでも叶えたい願いがあるんだ」
息を押し懲りし、切れ切れの声でラリアは紡ぐ。
「恋人が昏睡状態でな、もう2年も寝たきりだ。彼女を助けるためなら俺はなんでもやる」
それでも挫けず、必死に自分の運命に抗おうとする彼を凄いと思った。
「そうか。そんな動機があったんだね」
瞑目し、一雷精はうんうんと頷く。大切な人間を突然失ったときの気持ちは、痛いほどわかる。
「サポートや人脈なら任せてくれ。裏切りもしない。不都合になったら見捨ててもいい。だから、協力してほしい」
「別に見捨てるだなんて……」
降りかかってくる火の粉は振り払うが、自分を活かしてくれる焚火となれば話は別だ。わざわざ無害な炎を鎮火なんてしない。
はて、と一雷精は考える。
他の守護者はともかく、少なくともラリアにだけは裏切られる心配は無いということが判明した。
単独で戦うことに限界を感じたラリアが、自分を出し抜いて得することなんて何もない。
ならば、今度はラリアと同盟を結んで得をすることを考えてみる。
見た目はともかく、性格は温厚そうだ。
協調性も自分よりあるだろう。口下手な一雷精に変わって、他の守護者たちの仲裁役もしてくれるかもしれない。
中を取り繕う役はフィアルでも構わないが、ラリアの方が顔も知れていて便利そうだ。
七人の守護者のリーダーにして、サポートのスペシャリスト。判断力もあって横のつながりも結構広い。これは、むしろいい提案なんじゃないか。
「精様。私から見てもラリアさんがそんなに悪い人とは思えませんよ」
傍らで一雷精とラリアの話を眺めていたフィアルが小声でそう告げる。
「うーんそうだね」
過酷な旅路になりそうだし、一雷精とフィアルの2人だけでは長い旅の労苦に耐えるのは難儀なことだろう。
手助けをしてくれる人間がいてもいいのではないだろうか? と自問自答をした。
「わかった。君を信用しよう。よろしく、ラリアさん」
快活に笑い、一雷精は手を差し伸べる。ラリアも一息ついたあと、その手を握った。
緊迫とした空気が解放され、緩やかな空気が3人の間に舞い降りる。
「サンキューな。じゃあ、早速残りの守護者の元へと向かおう」
威勢のいい声を上げると、ラリアは勢いよく立ち上がった。フィアルもまとまった空気に喜び、嬉々とした表情で手元のコップを口元につける。
「よーし、行こう……あ」
盛り上がっていた雰囲気に水を差すような溜息をもらす。
一雷精の視線の先にあったのは、店内1番の地雷料理と恐れられているゴブリンの肉。まだ半分も残っていた。
「残すのは……何だか悪いなあ」
箸をつつき、焼かれた肉塊を口に含める。渋い風味が味覚を刺激し、固い感触が歯に伝う。今すぐ吐き出してしまいたい
「私も食べてあげますよ。泣かないでください」
涙目になる一雷精の頭を撫でてから、フィアルはゴブリンの肉をぱくりと頬張った。一雷精に気を使って平静を装ってはいるが、不味さに耐えるように足をじたばたさせている
「……。同盟を結ぶんだ。盃代わりに丁度いいな」
今度はラリアも肉塊を咥えた。ゴリゴリと容赦なく噛み砕く。食べなれているのか、表情は崩していない。
それから、三人で三〇分くらいの時間をかけてゴブリンの肉を完食した。