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プロトタイプ  作者: アラ
10/35

 瞼を閉じ、開けてみればいつの間にか勝負は決していた。そう表現するに相応しい戦闘だった。

 体の8割が消し飛んだ男の肉体の破片はいたるところに飛散し、周囲の顔色が厳しいものになる。

 肉体など見慣れている冒険者さえも苦笑せざるを得ない体液の悪臭は、この街全体にかなりの悪影響をもたらしそうだった


「……」


 溜息をも忘れるほどの激戦に、声を上げていた野次馬もいつの間にか沈黙していた。風の吹き荒れる音だけが空間に音を与えている。

 やりすぎちゃったかな? ふとそんな考えが頭をよぎった

 力加減ができる程戦い慣れていたらここまで酷いことはしなかった。


 しかし、今はまだ色々始めてつくしの素人だ。

 いくら超越した能力を持っていても、全力を出すに越したことはない。

 情けを駆ければこっちが危険になる世界なら尚更だ。


「良いバトルだったぜ!」


 沈黙を壊したのは、野次馬の一人の拍手だった。

 手が鳴る方へ視線を向けると、そこにはローブの男が一雷精に向かって喝采を送っている。

 それに続いて群衆が次々に拍手と歓声を送る。

 波紋状に広がる歓喜の声を嬉々とした表情で答えつつも、内心は恥ずかしさで一杯だった。


「やりましたね。精様」


 武器としての役目を終えたフィアルは爽やかな笑顔を見せながら、その身を槍から人形の姿に戻した。

 瞬間、周囲の歓声が先程よりも爆発的に広がった。


「あ……貴方はやっぱり英雄人だったんですね」


 人だかりの最前列で立っていた冒険者が、ガクリと腰を抜かした。彼から汲み取れる表情は恐怖ではなく、どちらかというと羨望の眼差しだった。


「え……いや、確かに英雄人だけどそんなに驚か――」


 一雷精の言葉を、冒険者たちが掻き消した。


「是非、うちのギルドに入ってください! 英雄人という立場を秘密にしていただければ合法的に大丈夫でしょ!?」


「いいや、俺の所へ、特別サービスしますんで! お願いします」


 次々と殺到してくる勧誘の嵐に軽い放心状態となってしまった。いったいどうやってこの場を切り抜けようか。


「精様、ここは私が何とかするので、人質の介抱をお願いします」


「あ、ああ」


 フィアルに一任し、一雷精は目前の人質に顔を向け、恐怖心を和らげようと明るい笑みを作った。


「もう大丈夫さ。心配はいらないよ」


「……ありがとうございます」


 よほど怖かったのか、助かった今でも声が震えていた。

 囁くように謝辞を送った人質の頭を撫でてやろうとしたその時、一雷精は彼女の変化に気が付いた。


「お、おや?」


 まずは表情だ。

 青ざめていた頬は仄かな朱色に変わり、一雷精の顔をとろける様な瞳で覗いている。これは間違いなく女の目をしていた。


 そして、次に彼女の仕草だ。

 気が付けば彼女の手はいつの間にか一雷精の裾を力強く掴んでいる。まるでもう二度と話したくないと訴えかけているようだった。


 口元に視線を映してみると、小さな舌を出して乾いた唇を舐めている。

 ここまでヒントが揃えば、もう導き出される答えは一つしかなかった。


 ――これはもしかして、フラグというやつか?

 人に惚れやすいという欠点その1が発動された。

 勿論、本人はそのことに気付いていない。


 女性経験のない一雷精は、その勘違いに気付くことなく脈絡のない単純な発想を脳に展開させた。

 彼女の表情や仕草は、漫画やアニメで主人公に惚れたヒロインが見せる表情そのものだ。

 もしかしたら、告白されてしまうかもしれない。


 思春期真っ盛りの一雷精は願ってもない事態に手放しで喜びたかったが、同時に頭を抱えた。

 自分はこの先、予言魔道書を巡る過酷な戦いが待っている。

 生きて帰れる保証もないし、できることなら今はそのことだけに専念したい。

 告白したくてもできないジレンマが一雷精を襲う。


 漫画やアニメの主人公の様に鈍感を装えばこの場は凌げるだろうが、一雷精にはそのような演技はできなかった。

 死ぬほど悩んだ結果、彼女に戦いが終わるまで交際を待ってもらうことにした。


「あの……まだ意思疎通モードを解除してなかったんで、精様の思考筒抜けなんですけど」

「ええ!!」


 突然、脳からフィアルの声が飛んできた。

 今までの妄想が全て筒抜けだったとしたら、恥ずかしいなんてものではない。

 末代までの端だ。


 羞恥にもだえ苦しくが、それでも懲りることなく、一雷精は覚悟を決めた。

 頬を叩いて、己に喝を入れる。


「俺は男だ。告白される前に、俺の方から思いを告げてやる」


 勿論、自分が地球から来たということと予言魔道書のことは秘密にする。

 そこらへんをなんとか濁しつつ、彼女に納得してもらう言い訳を考えるのだ。


『いや、あの表情は命が無事助かってほっとしている顔ですよ……』


 フィアルの忠告は虚しくも一雷精の耳には届いていなかった。


「よし、決めた」


 脳内で連想させたシチュエーションを念入りに繰り返し、一雷精は言った。


「ありがとう。君の気持は全部知っている」

「え?」


 キョトンとする少女だったが、一雷精は緊張のせいか彼女の顔をよくみることができなかった。


「俺も君と同じ気持ちだよ。意思は通じあっている。でも、それだけではダメなんだ。俺には、大きな野望があるのさ。それは苛烈を極める戦いになるだろうから、君を巻き込みたくはない」


「え? 同じ気持ちって、どうしてあなたが私に感謝してるんですか? あと、巻き込むって何にですか?」


 その声は一雷精の耳に届くことはなかった。

 溢れる思いを一つずつ連ねるのに精いっぱいなのだ。


「俺は必ずその野望をやり遂げるさ。その時でも君の気持は変わらないのであれば、その時は君を迎えに行く。俺は君のことが好きだ!」


 頬を紅潮させながら、一雷精は少女の顔をじっくりと見つめた。

 胸が激しく高鳴り、息苦しいのと同時に、気持ちを全て吐き出せたことに対しての満足感が一雷精を満たしていた。


 一雷精の背後で必死に勧誘をしていた野次馬達も、気付けば息を凝らし固唾を飲んで一雷精と少女のやり取りを見守っていた。


「わ――」


 沈黙の中、少女がとうとう口を開いた。

 返事はどっちだ。

 是非、承諾してくれるようにと一雷精は胸中で懇願しながら、目前の少女の返答を心待ちにする。

 少女の返答はどっちなんだ!


「わ、訳がわかりません。だって、あなた女の子でしょ?」


 困惑気味にそれだけ答えてから、逃げるように少女は去っていった。


「……」 


 一陣の風が、慰めるように一雷精の肌を撫でる。

 見物していた野次馬も、湿っぽくなった空気に気まずく思ったのか、三々五分に散っていった。


「せ、精様……元気出してください」


 はは、とフィアルは無理やり笑顔を浮かべて一雷精の頭を撫でた。

 作られたやさしさが、とても胸に沁みた。


「お、俺は……」


 よく思い返してみれば、確かに自分の一方的な勘違いだったかもしれない。

 そうとは気づかず勝手に自爆した一雷精が悪いのだろう。それでも、叫ばずにはいられなかった。


「俺は男じゃああ!! アイムボーイ!! アイムボーイなんだよオオオ!」


 頭掻きむしり、全身で訴える。しかしその悲痛な叫びは少女に届くことはなかった。

 何でこんなに惨めな思いをしているんだ? さっきまでは凄くいい感じだったのに。


「……だから勘違いだと言ったじゃないですか。ファイトです、精様。次は勘違いじゃない肩を探しましょう』


「うん」


 夢から覚ます辛辣な言葉を浴び、一雷精はようやく現状を捉えたのだった。

 げんなりと肩を落とし、うなだれるように倒れ伏せた。


「あー。やっちゃった」


 魂が抜けたかのような力のない声で呟く。

 そりゃそうだ。人を救ったくらいでフラグが立つのはよく考えてみればおかしいことだ。

 現実と仮想の世界は別物だ。自分にはそれがまだわかっていなかったのかもしれない。


 そもそも、一雷精が本当に漫画やアニメのヒーローだったら、昨夜の戦闘だって圧勝できたはずなのだ。


「見事な勝負だったな。でも、コミュニケーション能力は残念なんだな」


 声が真上から降ってきた。

 首を上げ、言葉を発した人間を一瞥する。

 そこにいたのは、黒いローブを羽織った男だった。


 彼は微笑を浮かべると、被っていたローブを脱ぎ、その顔を露わにさせる。

 少年の相貌は、やはり第一印象と変わらず、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

 髪型は氷山のように尖っていて、強靭な印象を与える。毛の色が金髪ということも相まって、

 迫力が二倍増しだ。

 髪の色と同じ金の眉毛に、鋼を彷彿させる鋭い銀色の瞳。

 華奢な体をしているが、締まる所はちゃんと締まっている。

 背も高いから、立っているだけで圧倒されてしまいそうだ。

 そんな彼を一言で表すと、柄の悪い不良少年といったところだろうか。

 怖い。


「ああ、ありがとう。って、失礼なことを言ったよね?」


「はは、悪いな。ジョークってやつだ」 


 少年は長めの前髪を爽やかにはらうと、親指を立てて一雷精を絶賛した。

 予期していない状況に、思わず目を丸くしてしまう。


「で、誰?」


 一雷精の問いに、少年は微苦笑を浮かべて後頭部に左手を置く。


「俺はラリアン・トン。別の名を風帝。7ガーディアン・守護者セブンのリーダーだ」


 その言葉に、一雷精は思わず立ち上がってしまった。

 ずっと探していた人間がまさか目の前にいたなんて誰が予想できただろうか。


「予言魔道書はもう見た。会いたかったぜ! 八人目」

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