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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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10.旅の終わりと次の旅(2)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 協議の結果、ひとまずパザドバ公国を目指すことにした。帝国を構成する国家のひとつで帝国東部の一角に位置している。大陸南東部から進出してくる異民族からの侵略に晒され続け、最前線へ兵隊を送るための中継地域としての機能を否応なく担わされている。向かう途中で雇い主が見つかればよし、また気が変わって別の国に行く気になればそれもよし、ギルウィルドとは目的地が変わらないうちだけ旅路を共にすればよい。


 リーガタからパザドバ公国を目指すには、海路と陸路がある。ざっくりと、リーガタは大きく南に向かって海にせり出した縦長の半島の西側に位置している。海路を取る場合はこのまま東方へ直進し、半島の反対側へ出る。そこから船に乗って内海を東進し、上陸したところからまた東を目指す。陸路を目指す場合はまずは半島の付け根まで北上し、少し東進した後で、遠回りにはなるが険しい山岳地帯を避けて再度北上、その後で南東を目指す。


 明らかに海路の方が早い。しかしふたりとも船乗りでないのと、内海を東に横切った後で上陸した先の地理や現地語には少々不案内なのもあって陸路を取ることにした。それに陸路ならば道のりは長くなるが、その途中途中で情報を仕入れつつ実入りのよい仕事が見つかるかもしれない。良い仕事があればそれを引き受けながら進めばよいし、むしろ運が良ければわざわざパザドバ公国まで行かなくとも済むほどの蓄えだってできるかもしれない。言語の上でも大体リーズ語かヒルシュタット語が通じるのでその点も気安かった。


(まあ、一応、アヴージュ語とか、チェツイェ語とか、喋れると思う――けど)


 東方諸国の現地語の一部である。だがもう十年以上喋っていないので自信がなかった。なさすぎた。それよりはやはりリーズ語圏で雇い主を見つけてから行軍に参加した方が都合がよい。なおギルウィルドは母国語のノール語と、ふたつめの言語のヒルシュタット語と、神殿に入った後で強制的に学ばされた古クヴェリ語とリーズ語だけで本人曰くもう限界だとか。四つだよ、頑張ってる方だよ、とぶつぶつ反駁していた。確かにある程度の年齢になってから学び始めたわりには古クヴェリ語もリーズ語も流暢な方だ。まあ、神殿の前は騎士団にいたということだから、多少はそこで古クヴェリ語に触れる機会もないことはなかったのではないかと思うが。いずれにせよ師がよかったのだ、きっと。


 しかしどうであれ、言語のことを必要以上に心配する必要はなかった。ふたりがパザドバ公国に到達することは生涯なかった。


◆◆◆


 当初、北部を目指す旅はつつがなく進んだ。問題といえば、ルキシスが入手したばかりの愛馬クラーリパにかかりきりになったため、エルミューダが拗ねて抗議の断食をしたくらいだ。馬は、食べなければすぐに命にかかわる。それでも食べないのだから鷹揚そうに見えてなかなか根性の据わった馬である。ルキシスは反省して態度を改め、エルミューダにもクラーリパにも平等に接するように努力した。しばらくするとエルミューダは機嫌を直して素直に食事をするようになったが、その様子に今度はエルミューダの本来の主が拗ね、「ちょっと世話を任せていたら主人の座を奪われた」などと恨みがましくぶつぶつ言い出した。しかし大の男が拗ねたところで可愛くも何ともないし、エルミューダも無視していたのでルキシスも無視した。


 懐がちょっとばかりあたたかいので、道中、食べ物も酒もそれなりに楽しんだ。南部は農作物の生産量が多いし、三方を海に囲まれた半島という立地もあって海産物も豊富だし、船で運び込まれた新大陸の珍しい香辛料も、元々高価なものとはいえ内陸に比べれば多少は安く、庶民の口にもいくらか入りやすい。


 珍しい南海の美味を味わい、珍しい南国の果実酒を楽しみ、ルキシスは上機嫌だった。旨いのに、どんなに勧めても旅の相方は絶対に蛸を食べなかった。イヤ、無理、ちょっと、おひとりでどうぞ。などと言って首を横に振り、生の蛸に早穫れのライムを絞ってオリーブオイルと塩を振って、もりもり食べているルキシスを不気味そうに見ていた。もったいないことである。ルキシスの故郷でも蛸は食べていた。この辺りとは味付けが違うが。まあ、あまり広く食べられている食材でないのは確かである。


 いずれにせよ仕事が終わったばかりの気楽な旅で、多少、行楽気分だった。ここまで南の方に来たこともあまりないので目に映るあれこれがことごとく物珍しく、ちょっと奇麗な珍しい織りの布を買うなど浪費もした。暇な時にでも仕立てて中着にするつもりだった。裁縫は得意なのでこういうことはお手の物だった。


 しかしいくつか、悶着もあった。

 ある小さな街にたどり着いた時のことだ。街には宿が一軒しかなく、ルキシスが馬二頭を馬屋に預けて宿の番台に行くと、先に入っていたギルウィルドが困った顔をして振り返った。


「リリ、泊まれないかも」

「空きがないのか?」

「ソヴィーノ語がよく分からないから間違ってるかもしれないけど、個室も、婦人用の部屋もないというようなことを言ってると思う」

「別に構わないけど」


 ギルウィルドの隣から、ルキシスは番台の向こうに座っている女将らしい女に向かって話しかけた。訊けば確かにギルウィルドの言うとおりこの宿には個室も女性専用の大部屋もなく、男女共用の雑魚寝部屋がひとつあるきりだということだ。

 これは大陸中、よくあることだった。これまではそれなりの規模の街ばかり辿ってきたからたまたま大部屋も男女別に分かれていただけで、むしろその方が珍しいくらいなのだ。男女共用の雑魚寝部屋なんて、当たり前すぎていちいち驚くに値しない。忌避する必要もない。


「屋根裏でいいからきみの部屋を借りられないか訊いてみてよ」

「いいって。別に、今までだってどこででも寝てきたんだから」


 ひとりで旅をして、当然このような男女共用の大部屋に泊まった経験は数知れない。それ以前に、そもそもが傭兵である。男たちに入り混じってその辺でごろごろ寝て生きていた。


「駄目だって」

「だって宿はここ一軒しかないって話だし、野宿よりは屋根と壁のあるところがいいだろ」

「じゃあ女将に、彼女の伝手でどこか空き部屋を貸してくれる民家を紹介してもらえないかって言ってみなよ」

「いや、だからいいって」


 面倒だし、余計な金もかかる。

 細かいことにこだわる相方を無視して、ルキシスはさっさと女将と話をつけた。大部屋は二階で、一階は食堂だそうだ。この程度の規模の宿で食堂があるのはありがたい。


 前払いとのことなので、人間ふたり分と馬二頭分の宿代を番台の上にまとめて置いた。もちろん、奢りのつもりではない。後で回収する。ただ金を払ってしまえば彼もこれ以上ぐちぐち文句は言わないだろうと思っただけだった。

 実際、その想定の通りになった。荷物を持って階段を上がるルキシスの後ろを、ギルウィルドはため息をつきながらついてきた。

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