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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
92/203

10.旅の終わりと次の旅(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 リーガタの街はテッサーロから見て東南東に位置している。地形は概ね平坦で、騎馬と馬車で隊列を組んで四、五日程度の距離である。ザネッティ家の下男たちのうち、大半はテッサーロの街で暇を出すことになったが何名かはリーガタまで同行し、更にそのうちのふたりまでもが船に乗って南方大陸へもついていくという。実母の生家からの伝手でフラヴィオに仕えている者たちばかりという話ではあるが、なかなか忠義者である。


 フラヴィオはテッサーロを陥落させたことによりザネッティ家が得るはずの報酬については無関心だったが、それはこれまでの経緯とこの先の行く末を考えれば当たり前のことだった。テッサーロの街で別れることになった下男たちに退職金と餞別の品々を渡し終えると、早々にリーガタに向けて出立することとなった。ルキシスは馬を持っていないので、フラヴィオが貸してくれた。栗毛の可愛らしい牝馬である。いつぞや、市囲壁の下見に行った時にも貸してもらった馬だ。


 道中、一度刺客の襲来があった。恐らくはテッサーロの包囲戦に参加していた傭兵たちだろう。ただし、戦争が終わるとさっさと盗賊に鞍替えするような。大人数でかかられればこちらも対応に苦慮するところだったが幸いなことにそこまでの人数でなく、人命も物資も奪われることなく撃退することができた。老騎士のジャコモも剣を取って戦ったのでルキシスとしてはお手並み拝見といった心境だったが、古風できっちりと型にはまった剣さばきながらなかなかどうして見事だった。本人は老いさらばえたなどと言っていたが、堂々とした剣の振るい方からは、この初老の男が騎士として過ごしてきた戦場での日々の長さが偲ばれた。


 その他には特に大きな出来事もなく、リーガタまでの道中は順調だった。リーガタという街をルキシスは知らなかったが、この辺りでは古くから栄えた大きな港町であり、外洋へ出る船がしきりと出入りしているという。商人たちが数多く居住し、街全体も裕福なようだ。実際に城門をくぐる前から、その華々しい賑わいが風に乗って聞こえてくるほどだった。


 リーガタの街にはフラヴィオの母の生家の別邸があるということで、まずはそこに向かった。あまり規模こそ大きくはないがよく手入れのされた趣味のよい屋敷で、到着すると皆あたたかくフラヴィオたちを迎えてくれた。特に、フラヴィオの叔父にあたるという人物がわざわざ本邸から駆け付けてくれていた。

 ここまで来ればギルウィルドと、必然的にルキシスの仕事も終わりだった。だが船が出るまではと引き止められて、世話になることになった。


 そしていよいよ今日が船出の日だった。一応、この屋敷にまで刺客が送り込まれるのではないかと多少の警戒はしていたが、結果的にはそうしたことはなかった。フラヴィオたちの行く手を見失ったのか、それとも諦めたのか。どちらとも分からない。だがいずれにせよ、船が出てしまえばもうすべてから解放される。大海原の向こうに、少年にとってはまだ見ぬ新しい世界だけが開けている。


 少し羨ましいような気もした。

 晴れ晴れとした新しい大地と空を。


(わたしも)


 新しい大地と空に囲まれて、新しい暮らしをする。

 少しだけそんな想像をしようとした。だが新しい暮らしとやらがまったく思い浮かばず、ルキシスの夢想は始まる前から終わっていた。

 ただ羨ましいような、憧れるような気分が少し胸に残ったのは事実だった。柄にもなくいくらか感傷的になっている。どういうわけでか。

 自分で好んで戦場を選んでいるくせに。


『おまえたちに引き出物を授けたい』


 船出の直前、ここまでの旅路の報酬を精算していた時のことだ。フラヴィオがそう言った。何か欲しいものはないかと。

 気持ちはありがたいが、報酬以外に何か受け取ろうとは思っていなかった。ギルウィルドに訊くと彼は剣が欲しいなどと図々しいことを答えたので、フラヴィオは腰に佩いていた細剣を取って彼に与えた。柄や鞘にはびっしりと細やかな螺鈿細工が施され、宝飾品としての価値も高い逸品である。庶民が一生かかっても手の届かない代物だ。


『おまえはどうか』


 再度水を向けられても、特に思い付くものがなかった。


「馬買ってもらったら、馬」


 ギルウィルドが横槍を入れる。


(馬か)


 悪くないかもしれない。だが買ってもらう必要はない。というよりは、引き出物と言っているのに新しいものを買ってもらう奴がどこにいる。


『では、旅の間お借りしていた馬をお下げ渡しいただけませんか』


 ここのところずっとエルミューダのついでに世話を手伝っていたし、背中に跨って情も湧いた。特にこの最後の旅の間はずっと一緒だったのだ。あまり馬格のない牝馬で少し臆病なところもあるから、軍馬としては向いていないかもしれない。だが気性が穏やかで大人しく人間にも好意的なので、小柄なルキシスでも御するのにそう苦労がなかった。荒馬を力ずくで制御したりするのはあまり得意ではなかった。そのあたりの技能は馬乗りには敵わない。


『構わないが、それでいいのか』


 フラヴィオがそう言うのは、ギルウィルドの受け取った剣と比較してあまりに価値が違いすぎるからだろう。だが何ら問題はなかった。


『十分な引き出物です』


 何と言っても小柄で大人しくて愛らしい健気な牝馬なので、もしも次の持ち主が乱暴者だったりしたら可哀想だ。そんなことをつい思い浮かべたりするあたり、いつの間にか本当に情が湧いていたらしい。

 そういうわけでルキシスは、尾花栗毛でこそないものの、望んでいた栗毛の牝馬を手に入れた。


 南の大陸へ向かう船は巨大だった。外洋に出るのだから当然だろう。そこにいっぱいに荷物を積み込むのだからこれは大仕事だった。屈強な人夫たちが額に汗しながら忙しく立ち働いている。フラヴィオの母の生家では商売をやっているということだが、実際、これほどの船を動かせるのだから相当に手広く、上手くやっているに違いない。もちろん、船を用いての交易には危険も伴う。嵐。大波。だがそれらを乗り越えてもたらされる富は莫大なものだ。

 フラヴィオもその商売を手伝うことになるのだろう。


『では行く』


 全ての積み荷を詰め込んだ後で、フラヴィオはそう言って挨拶をすると後は後ろを振り返らず船に乗り込んでいった。その後をジャコモが続く。


『世話になり申した。貴殿らのご多幸を』


 騎士らしい去り際の挨拶だった。傭兵なりのやり方ではあるが、ルキシスもギルウィルドも答礼をした。

 やがて船は静かに動き出した。波の上を滑るように。港を出ていく。南へ。まだ見ぬ大陸へ。ここに過去を残して。

 埠頭に立って、ルキシスとギルウィルドは船の姿が少し小さくなるまで見守った。優しい潮風が頬を撫でた。


「名前はどうするの」


 唐突にギルウィルドが言った。


「何のことだ」

「きみの馬」


 ああ、と合点がいく。ルキシスは少し考えた。


「クラーリパ」

「戦女神の弓の名前か」


 エルミューダに負けず劣らず良い名前を付けてやりたかった。だがエルミューダとお揃いのようになってしまうのもいささか妙な気がしたので、神話は神話でも別のところから名を頂戴した。


「この後どうするの」


 まだしばらくは暑い時分が続くが、秋になってしまえば冬まであっという間だ。そうなる前に稼いでおきたい。


「東に行こうと思っている」

「そう。じゃあ行けるところまで一緒に行く?」


 そう言えばこいつも東の諸侯のごたごたに付け込んでひと稼ぎしようと目論んでいるのだった。


「まだエルを貸してもらってないが」

「あ……はい」


 まさか忘れていたのではあるまいか。


「エルと遠駆けするのに気持ちの良さそうな場所が見つかるまでは同道する。わたしがエルと遊びに行っている間、クラーリパの世話を頼むぞ」


 この辺りは乾いた気候だから、もう少し草深く、馬を駆けさせるのに楽しそうな丘陵地帯などがあるとよいのだが。

 渋々といった様子でギルウィルドは「分かりました」と呟いた。


 そうと決まれば、東だ。まずはどの街を目指すのか、どういった道のりを辿るのか、食事がてら打合せをしよう。これからしばらくはまた旅が続くのだから、せっかくなのでそれぞれの街で美味しいものでも食べよう。旨い地酒があるとなおよし。旅の連れは特には必要ないが、可愛がっていたエルミューダともう少し一緒に過ごせるのは嬉しい。

 そんなことを考えていると少し楽しくなってきた。

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