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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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6.そんなこともできないの?(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 翌日、いつものようにエルミューダの元を訪れてひととおり馬丁たちの仕事を手伝った後、一段落した辺りでギルウィルドとヨルクが揃って顔を見せた。


 エルミューダの下顎を揺らして戯れていたところなのでちょっと気まずかった。馬を傷つけるような真似はもちろんしていないが、主人を差し置いて勝手に遊んでいたので。


「な、懐きじゃない?」


 ルキシスに頭を寄せて次の遊びをねだっているエルミューダを見て、本来の主人は納得のいかないような面持ちになった。


「……おまえと違って賢いから、誰に心を許せばいいかよく分かってるんだ」

「ちょっと前に初めて会ったばっかりだってのに」


 エルミューダはギルウィルドを見ても、特にこれといって関心を見せなかった。林檎もろくに差し入れてくれない相手には愛想を振りまく必要もないと思っているのかもしれない。


「エルはわたしのことをご主人様だと思っているかも」

「やらないからな」

「どこぞの姐さんに買ってもらったんだろ?」


 図星のようだった。ギルウィルドは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「ルキシスさん」


 ヨルクが一歩前に踏み出した。何事かと思っているところに、両腕で抱える大きさの陶器の壺を差し出された。


「昨晩は申し訳なかった。連中はこの戦争が終わったら団を辞めさせる。それと朝方、団には改めて規律の粛正を申し渡した。今後はこのようなことは――」

「別にいいけど、昨日も言ったとおり次は殺す」

「――このようなことは起こさせない。こんなことで弁済になるとは思わないが受け取ってもらえないか」


 ルキシスは顔をしかめて少し考えた。受け取れば謝罪を受け入れたことになる。だが、別にそんなに怒ってもいない。次は殺すというだけだから。だから謝罪を受け入れたくないという、殊更の理由があるわけではない。

 でもすぐに受け取らなかったのは、何となく気に入らなかったからだ。安く見られるとも思ったところもあったかもしれない。


「――別に物を壊されたわけじゃないから弁済してもらうようなものは何もないが?」


 その言葉にヨルクが気まずそうな顔をする。


「言葉が悪かった。償いだ」


 不穏な雰囲気を察したのか、エルミューダが小さく鼻を鳴らした。


「リリ、許せとは言わない。ただヨルクも本当に悪いと思っていて、せめて誠意だけでも――」

「誠意とかいらないけど」


 そんなもので腹が膨れるわけでもないし。

 男たちの間にいささか緊張した気配が漂った。あれ、と怪訝に思った。口にした言葉は、どうも自分の意図と違ったふうに伝わったようだ。


「もしかしてわたしがすごく怒っていると思っている? 昨日も言ったとおりこんなことはよくあることで――」


 という話をしたのはギルウィルドに対してだけか。と、途中で気が付いたが今更そこをくどくどと説明するのも面倒なのでこのまま押し通すことにする。


「とにかく、落とし前はこっちで付けさせたんだからいちいち騒ぐ必要はない。不快ではあったが大して怒ってはいない。ただし次は殺すし賠償金も取る。以上」

「ルキシスさん。こんなことで許されるとは思っていない。だがせめてものお詫びを差し上げたい」


 改めて陶器の壺を差し出された。中身は葡萄酒だろうか。ヨルクは神妙な顔つきをしている。

 ルキシスは小さくため息をついた。受け取らなければ引き下がらないだろう。若い団長さんも大変だ。あちらこちらに気を遣って。


「分かった。受け取ろう」


 酒はあればあるほどよい。そういう意味ではヨルクの選定は適切なものではあった。これでしばらく晩酌には不自由しなそうだ。

 ありがとう、と言ってヨルクは頭を下げた。

 上に立つというのはつくづく大変なものだなあ、などと思いながらルキシスは彼のつむじを見るともなく眺めていた。


「それでリリ、おれたちこの後受け持ちの門を見に行くつもりなんだけど」


 開戦は明日である。どんなに遅くとも明日の早朝には布陣を始めるはずだ。


「で?」

「きみも行かない?」


 ルキシスは意図して盛大に顔をしかめた。


「嫌だけど何故?」

「ええっと……」


 大体、この世話焼きでお節介な北の男の考えていることが分かるようだった。つまり、自分の目の届く範囲に置いておきたいのだ。そうすれば少しは安心だと思っているのだ。昨夜のようなことは起こらないと。

 実際にはそれは意味のないことだった。何故なら、誰が何をしようと自分は自分の身を守れるし、次は殺すし賠償金も取る。ギルウィルドの心の安寧のために彼らの仕事に付き合う必要などまったくもってなかった。


「通訳の仕事が忙しい」

「遊んでたじゃん」


 痛いところを突かれた。確かに完全に、言い訳のしようもなく人の馬と遊んでいた。世話をするとか託けて。


「エルは可愛いけどおまえは可愛くないし」

「エルミューダは連れていく」

「えええええ」


 でも、それはそうか。徒歩で行くはずがない。馬で行くに決まっている。


「……わたしは馬持ってない」

「ご主人様に借りてこいよ」

「あ?」

「貸してもらえるよう頼んでみたらどうかな?」

「口のきき方に気をつけろ」


 若造が。

 リーズ語は母語じゃないんでどうのこうの、とギルウィルドが言い訳をするのを無視してルキシスは馬溜まりを出た。

 別に、彼らに付き合う必要はない。だが久々に馬に乗ってちょっと遠くまで散歩に出るのも悪くないという気分にはなってきた。しかしそれにはギルウィルドの言うとおり、フラヴィオに頼むしかないのだ。

 ザネッティ家の幕屋に赴いて事情を話すと、フラヴィオは快く馬を貸してくれた。そして当人も下見についていくと言った。


『最後に判断を下すのはぼくだ。だからぼくが行かなくては意味がない』


 多分、本人も分かってはいただろう。そうは言ってもその判断に従うか、その判断を改めさせるか、選ぶ力を持っているのは傭兵たちの方であると。

 分かっていても、決意を口にすること自体は悪いことではない。特に若者は。それにフラヴィオが同道してくれるならば単なる散歩とはならず、一応は通訳としての面目も立つ。


 そうした経緯を経て、フラヴィオとルキシスと、ギルウィルドとヨルクと、ヨルクの団の数名とで小さな隊列を組んで南西の市壁門へと向かうことになった。留守居役は老騎士である。

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