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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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2.森の中の戦闘(5)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 ジャデム家。

 ルキシスも知っている。このあたり一帯に封土を持つ新興貴族の家名だ。皇帝の側近の更に側近のそばに侍る羽虫のような家だ。そのジャデム家の娘となれば目を引く身なりも得心がいく。だとしてもこれほどのエメラルドは異様だったが。よほどの手柄を立てて下賜されたものだろうか。


 ギルウィルドは改めてヴェーヌ伯とジャデム家を秤にかけているところだろうか。かけるまでもない。ヴェーヌ伯のような古めかしい田舎領主よりは中央に近いジャデム家の方が実利がある。ジャデム家に恩を売った後ヴェーヌ伯にも同じことをして両得するつもりなのだろうから、いずれにせよどうでもいいことか。


 だがそのジャデム家もここ十年ばかり、あまり振るってはいない様子だという。貴族社会も栄枯転変の激しい世界だ。ちょっとしたことでいつ足元を掬われるか、誰に分かるものでもない。


 流れ者の傭兵としては、王侯貴族間の力関係に関して情報を収集しておくのは当然の心得だった。誰が今一番強いのか、金を持っているのか、権力を持っているのか、それに近いのは誰か、また敵対するのは誰か――。


 それを見誤れば自分の方が痛い目を見る。よって情報戦は激化する。傭兵たちは皆、最新かつ正確な情報に神経を尖らせており、ルキシスとてそれは同じことだった。元からの性格が大雑把なので「ある程度」という注釈はつくかもしれないが。


 ただ、最盛期には皇族にも接近していたとかいう噂のジャデム家の不振の事情についてはいくらか心当たりがあった。十年ばかり前、ジャデム家の跡取り息子が突然死んだのだ。不審な死であり、それが時の皇帝の不興を買ったとか何とか。


 しかし没落の途上にあるとはいえ、新興貴族として名を馳せたジャデム家の娘が何故こんな場所にいるのか。ジャデム家の領地内とはいえここは辺境の方だし、近隣の城砦では戦闘が行われたばかりだ。ジャデム家の本拠地はもっとずっと北にある。


 不意にギルウィルドの注意が少女の背後に向いたのが分かった。ルキシスもそちらへ視線をやる。

 草木を搔き分ける葉擦れの音。それから足音。複数人のものだ。

 少女が身を固くするのが分かった。


「――さん、もういいだろ」

「――を連れ戻さにゃ話にならん」


 音に紛れながら男たちの声が聞こえてくる。やがて茂みの向こうからふたりの青年たちが姿を現した。同時に彼らも少女と、傭兵たちに気が付いたようだ。


「ユシュリー、無事か!」


 青年たちのうち、少し背の低い方が少女の元に駆け寄ろうとした。少女は顔を蒼白にし、地を這ってルキシスの背後に隠れた。


(おいおいおい)


 揉めごとはごめんだ。そんなことに首を突っ込んで金を稼ごうなんてルキシスは考えていない。


「なんだ、おまえたち。この娘に何をしたあ?」


 もう一方の青年、背が高く横幅もがっしりとした方が、顎を逸らし、両肩を揺らしながらルキシスに向かって突進してくる。猪に似ていた。


「なにも」


 本当のことなのだが信用されなかったようだ。猪男が目を怒らせた。今にもルキシスに掴みかからんばかりの勢いだ。


 だが――、男が相手を選んでいるのは分かった。つまり小柄で一見非力そうに見える女のルキシスの方にばかりこれみよがしに凄んでみせて、後ろでぼさっとしているギルウィルドの方は意図的に無視している。彼の携えている長剣には気付いているのかどうか。


「ユシュリー、何もされなかったか? こっちにおいで」


 と、背の低い方が少女に向かって呼びかける。こちらは背が低いばかりでなく全体的に線が細く、言うならば鷺に似ていた。


 少女は動こうとしない。ルキシスの足元にぎゅっとしがみついている。これではまだ地面に突き刺さったままの愛剣を取り戻すのも面倒だ。


 こんな素人たち、殺すのに数秒もかからない。だが――子どもの前。そう、子どもの前で殺しはしたくない。なるべくなら。


「実は賊に襲われて、難儀しております」


 馬も奪われてしまって、とできる限りの哀れっぽさを声に装おうとしたが多分失敗していたのだろう。ギルウィルドが咳払いをしたのは笑いをごまかそうとしたのかもしれない。


「賊?」


 森の奥からやってきた男たちは揃って目を丸くした。


「我がジャデム家の領内にそのような不届きな者がいるか!」


 なるほど。身内。少女の。


「本当です。ええと、そこのそれ。連れが。賊に腹を刺されて。手当してやってはいただけませんか」


 肩越しにギルウィルドを指し示した。

 男たちはそこでようやくギルウィルドへと注意を向ける。


「針と糸なんて贅沢は申しません。焼いた鉄の鏝でも押し付けて止血してやってください」

「自分で縫います」


 ギルウィルドがすかさず声を上げた。さすがに焼き鏝は好まないようだった。

 見ると彼はわき腹に手をやり、手についた血を見ていかにも嫌そうな顔をしていた。流れた血が胴衣を染め、太腿のあたりにまで滴っている。


 それで少し溜飲が下がった。ざまあみろだ。

 男たちは顔を見合わせ、ルキシスの足元の少女を見下ろし、それからルキシスを見て、ギルウィルドを見て――最後にもう一度少女を見た。


 彼女はしかとルキシスにしがみつき、てこでも動くまいといった決意を示す。


「兄さん、このひとが怪我してるのは本当みたいだけど」


 背の低い方がもうひとりに向かって伺いを立てるように言う。

 鷺似の小柄な方が弟。猪似の大柄な方が兄。そういう分かりやすいことのようだった。

 その兄らしき方は、上から下まで舐めまわすようにじろじろとルキシスたちを見て値踏みしている。だがやがて決意したようで、付いて来られよ、と幾分口調を改めて言った。


「大丈夫」


 いささかの諦観をもって、ルキシスは少女に声をかけた。足元にへたり込んだままの少女は潤んだ瞳を真っ直ぐルキシスに向ける。恐怖。混乱。傷つけられた誇り。それから怒り。様々な感情が彼女の中で揺れていた。


 全く覚えのない感情、というわけではなかった。だからなのだろうか。殊更に肩入れするつもりもなかったが。


「わたしも行くから」


 お姉さんに乱暴しないで。

 無用な助太刀ではあったが、彼女がルキシスを庇おうとしたことは事実だった。

 だからそれに報いるくらいのことはしてやる。それ以上は知らない。ギルウィルドが一稼ぎしたいなら勝手にやればいい。

 それをただ決めただけだった。

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