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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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4.若き傭兵団長の語るところ(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 ぱちぱちと焚火が音を立てている。

 橙色の明かりの向こうに昔馴染みの白皙の面がぼうっと浮かんでいる。

 夜空は遠く澄み渡り、白い星が瞬いていた。戦場とも思えないのどかで静謐な夜だった。


 しばらくぶりに会う友人は初めて会った時から変わらず、辺りを払う美貌が人目を惹いた。ギルウィルド本人はその天からの贈り物をさほどありがたくも思っていないらしいのが不思議だったが、持てる者というのは往々にしてそのようなものかもしれない。いずれにせよその美貌を活用して、ヨルクら一般人が大枚はたいてようやく酒の一杯も飲み交わせるかどうかといった高嶺の姐さんたちから、小遣いをもらったり物を買ってもらったりしているのだからつくづく羨ましい限りだった。時々はおこぼれに与ることもあって、それはありがたかった。


 姐さんたちの好みも色々だからいつも好かれるわけじゃない、と本人は嘯いていたが、振られているところを見たことがなかった。誰とでも友好的にやりたい――などとも言っていたが、こういう男は当然同性からは嫌われがちだ。妬まれて暴力的な報復というか、八つ当たりの対象となることも多い。が、平気な顔をしてそういう連中からのちょっかいなど撥ね退けてしまう。飄々としているというか、何というか。こちらはなるべく波風立てないようにやっています、それでも気に入らなくてそっちが手を出そうっていうならそれはそっちの勝手、ただし売られた喧嘩は買います。と、こういういうわけである。そういう気性がどことなく気楽で、気持ちが良くて、少しばかり年の差はあるが、知り合って間もなくよく話すようになった。当時自分の所属していた団では何度か彼を雇い入れる機会があって、そのたびに肩を並べて戦った。その団も既になく、今は自分の団を立ち上げたわけだが。


 共通の言語はヒルシュタット語だった。そのためこの男がリーズ語を話すのを聞くのは今日が初めてだった。上手に話すが、ヒルシュタット語の方がちゃきちゃき喋るので肌に馴染んでいるのはこちらなのだろう。

 自分はヒルシュタット語とリーズ語を話す人々の割合が半々くらいの街で生まれ育ったので正直どちらでもよいのだが、彼に合わせて今はまたヒルシュタット語で旧交を温めている。


『おまえ、どうする』


 そう訊くと、焚火の向こう側からギルウィルドの視線がこちらに向けられた。


『騎兵隊のどこかに適当に配置してくれればそこで戦う』


 騎兵が間に合っているようなら歩兵でも構わない、と彼は言い添える。


『じゃあうちの騎兵は三対三で左右に分けるから、おまえは左に入ってくれ』

『分かった。破城槌は』

『明日中に手配する。って言っても丸太だけど勘弁してくれよ』


 相方は再び分かったと言って頷いた。昔、元の団があった頃は立派な破城槌があったが、解散のどさくさに紛れてそれもどこかにいってしまった。そのためこういった城や都市を攻める時は、いつも間に合わせの太い丸太を破城槌代わりにしていた。騎兵が切り開いた道を、複数人の歩兵で抱えた丸太で突撃して門を開かせるのだ。


『開戦は昼か』


 それも、二日後の。ずいぶんと悠長な話である。攻め手の足並みが揃うのを待っていたとか何とか言うが、都市攻めは時間が命だ。普通は強襲するものである。こんなふうに多勢で都市を囲んで、攻めもしないままのんべんだらりと時間を過ごすなんて変わったことをしている。兵糧攻めという要素も全くないということはないだろうが、兵糧攻めはしないで済むのならしない方が良い。囲む方にも食糧は必要で、要するに攻め手の負担もかさむからだ。


 広場はまるで祭りのような賑わいだった。商人も娼婦たちも大勢集まって、それぞれの商売に余念がない。ここは浮世離れした戦場だった。

 とはいえそうして開戦まで悠長に時間を使ってくれたおかげで、自分たちの団も戦争に間に合ったわけではあるのだが。


『夜襲しないなんておめでたい頭してやがる』


 珍しく、ギルウィルドは辟易した物言いだった。

 城や都市を攻める時、夜襲は定石である。ましてこんな小さな、練兵された正規兵もそう多くはなさそうな小都市なんて、夜襲されたらひとたまりもない。昼を待つ必要はない。攻め手の損傷も少なく済む。その点はギルウィルドに同意だった。


『ソヴィーニ人の戦争だからじゃねえの』


 どういうことか、というふうに彼は瞳を巡らせてヨルクを見た。夜闇の中で、焚火の揺れる明かりの元で、その仕草は人間離れした独特の雰囲気を持っていた。


『ソヴィーニ人っていうのは気位が高い』

『リェスリーズ人もヒーレン人もおれからすりゃ変わりない』


 リェスリーズ人はリーズ語を話すひとびと、ヒーレン人はヒルシュタット語を話すひとびとの、いずれも民族を示す分類だ。国家や地域を示す言葉ではない。とはいえ必ずそれらの言語を話すとも限らないので、あくまで概ね一般的な、原義的な意味合いに留まる言葉でもある。


『ヒーレン人のおれからすれば、ソヴィーニ人の自尊心の高さは筋金入りと言えるね』


 正々堂々と。白昼のもと、真っ向勝負。

 そんな言葉が好きそうな連中なのだ。


 ヒーレン人はそうではない。実利を取る。リェスリーズ人も、まあ頭に血が上りやすい方ではあるが、小狡いところがあるのでソヴィーニ人ほどは誇りを全面に押し出しはしない。とはいえソヴィーニ人は商売上手でもあって、彼らが自らの誇りをベールの下に押し隠すのは、相対する相手が彼らを大いに儲けさせてくれる時だけだなどとも言う。


 ひとりひとりになれば、そうした民族性だの典型だのは大した意味を持っていない。それくらいは自分でも分かる。だが大勢集まるとなると、やはり話は別なのだった。

 ソヴィーニ人でもリェスリーズ人でもヒーレン人でもない北国の男はさして興味もなさそうに、そうかとだけ言って頷いた。ヒーレン人であるヨルクを、多少は慮ったのかもしれない。と、思ったところで彼はまた口を開いた。


『そういやうちのご主人様もソヴィーニ人の兵隊っていうのにずいぶんとこだわってたわ』

『うちのご主人様が?』

『それが無理ならせめてソヴィーノ語が堪能な兵隊だってさ。結局両方とも、手配できなかったんだけど』


 物憂げな口調である。普通はいち傭兵が募兵のために奔走することなどない。それは率いる者たちの仕事だ。わざわざそれを務めたのは、よほどの事情があったのか。

 それを訊くと、ますます物憂げな声になった。


『彼女に売り飛ばされた』


 彼女、というのは昼間顔を合わせたあの女傭兵のことらしい。傭兵がなぜ剣も取らず通訳などやっているのか謎ではあったが、とにもかくにもこの戦争では通訳に徹するそうだ。


『なんで』

『言いたくない。口は災いの元ってこと。そんなつもりはなかったんだが』


 物憂げを通り越して心底憂鬱そうだった。彼は足元から麻袋を取り上げ、中から何かをふたつ取り出した。よく見れば桃である。


『食う?』


 そう勧めてくれるので、ひとつもらうことにした。


『どうしたんだ? 果物なんて』

『昨日彼女からもらった差し入れ』


 ――怪しい。なるほど。ほうほう。差し入れをしてくれるような仲か。売り飛ばされたとか何とか、恨みがましく言ってはいたが。

 気になりだすと歯止めがきかなくなるのが良くも悪くも自分の特性で、気が付いた時には次の言葉を口にしていた。


『彼女はおまえの女か?』


 それを聞いた時のギルウィルドの顔は見ものだった。今までに見たことのない、辟易とか物憂げとか憂鬱とかを全て通り越した、心の底から心外であり、かつ人知を超えた圧倒的な蛮性に頬を殴られたかのような顔をしていた。


『なわけねえだろ。どこに目つけてんだ』

『だって』

『だってじゃねえよ。間違っても彼女に同じこと訊くなよ。殺されるぞ』

『もう抱いた?』

『殺されてえのか』

『美人なのにもったいない』


 ギルウィルドが露骨に眉をひそめた。


『……彼女を口説くつもりか?』


 そういうつもりはなかったが、悪くないかもしれない。多少小柄すぎるとは思うが、脱いだら案外ということもあるかもしれないし――ないかもしれないし、いずれにせよはっきりした目鼻立ちが好みと言えば好みだ。


『やめとけ。勧めない』

『おまえの女じゃないんだろ? だったらとやかく言われる筋合いねえだろうが』

『おまえは彼女のこと知らないだろ』


 自分はよく知っているとでも言うのだろうか。それは、今日知り合ったばかりのヨルクよりは知っているだろうが。


『ヨルク』


 じっと正面から見据えられて少し居心地が悪くなる。


『おまえのためを思って言ってる。口説くなら本職にしておけ。おまえは分かんねえだろうが、あの姐さんは狂暴だし』

『姐さんって、おまえと同い年くらいじゃねえの?』

『いや。おまえと同じくらいのはずだ』


 ということは二十代の半ばか。二十歳くらいに見えたが、意外と年齢がいっているようだ。

 若そうに見えたと言うと、顔が丸いからじゃないか、とにべもない答えが返ってきた。言われてみれば確かに面長というよりは丸顔の女だった。特に額が丸い。ともすれば少女のような印象を受ける。


『ご高名な女傭兵殿の話は耳にしたことがあるさ。でも実物は意外と大人しそうな――』

『そりゃおまえがあの姐さんに刺されたことがないから言えんだろ』


 ということは、ギルウィルドは刺されたのか。呆れた。


『何やったわけ?』

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