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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
75/203

3.若き団長を戴く傭兵団(2)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

『あのヨルクという男をどう思う?』


 フラヴィオがそう訊いてきたのは、ヨルクもギルウィルドも退出してルキシスとジャコモだけが幕屋に残っていたわずかな時間のことだった。


『どうとは』

『おまえの目から見て率直に』

『まあ、荒事にはある程度慣れているでしょう。手合わせしたことはありませんが、からだのつくりは悪くないかと』


 上背もあるし、腕や首筋の筋肉もしっかりとしていながら余計な太さがない。それにあの若さで小規模ながら傭兵団を取り仕切っているのだから、ある程度は経営や組織運営についての才覚もあるのだろう。経営だの組織運営だの、ルキシスとしては不得手な分野である。


『信用できるだろうか』

『最低限、信用できない者と契約してはいけません』


 ルキシスの返答に、フラヴィオは心許なさそうな顔をした。もう契約は果たした後だ。少し素っ気なかっただろうか。相手は仮にも雇い主である。ルキシスは少し考えてから言葉を続けた。


『ヨルクのことはわたしも今朝知り合ったばかりですから、詳しいことは分かりません。ですが小さな傭兵団を率いているという立場から考察できることはあります』

『考察?』

『つまり、戦果を上げて、団の名を高めて、団を成長させていきたいと望んでいるのではないかと。団長としては』


 そういう野心がなく傭兵団の団長などやっていられないだろう。経営だの組織運営だの――面倒くさすぎる。絶対に携わりたくない。ひとりで気儘に好きな戦場で好きに戦っている方がずっとよい。何と言っても、自由で気楽だ。雇い主との契約以外には何の責任もない。


『団の名を上げるために力を尽くしてくれるはずだということを言っているのか?』

『少なくとも契約金に見合う範囲は』


 そしてザネッティ家は十分すぎるほどの契約金を提示している。ヨルクたちからすれば、ここで功績を上げてザネッティ家との繋がりをつくって、今後も重用してもらえれば万々歳ではないだろうか。そこまでいかなくとも、最低限、先ほどルキシスが告げたように団の名を高めるような活躍をしたいとは思っているはずだ。たぶんだが。


『僭越ながらわたしがフラヴィオ様にご意見申し上げるなら』


 そこで一旦口を閉じた。フラヴィオはしばしルキシスの言葉を待っていたようだったが、ふと気が付いた様子で『意見を述べることを許す』と言った。

 もちろん、その言葉を待っていたのだ。貴族の御曹司の顔を立てるつもりだった。


『相手が何をもっとも重んじているかを、よく考えることです』


 どういうことか、というようにフラヴィオは眉を寄せた。


『言い換えれば、相手が望んでいることを叶えてやるということです。例えば、ギルウィルドの場合は金です』


 いつぞやは金目当てで変質者に売り飛ばされそうになったものだった。結局彼はそれを断念し、却って赤字を被ったのだったが。ざまあみろである。


『金?』

『先日もお伝えしましたが、満足のいく金を支払っているうちは、彼はあなた様の味方です』


 まあ、他にもっと金払いのよい雇い口が見つかれば表向き自分が不利にならないようなちょこざいな策を弄して平気で約束を反故にするだろうが。その話をするとややこしくなるので黙っておく。


『それはフラヴィオ様が彼の望みを叶えているから、と考えると分かりやすいのでは』

『ぼくが……彼の望む金子を支払っているうちは』

『同様にヨルクは、先ほどお伝えしたように、功績を上げて団の名を高めたいと望んではいないでしょうか』

『同じように考えて、つまり、ぼくがその機会を提供しているうちは――、ということだな』


 もちろん即物的に、金の話も重要ではある。その両方を兼ね備えているのだからなおのこと、ヨルクにとってザネッティ家は利用価値があると言える。


『彼らは、金や名声の代わりにぼくの戦力となる』


 改めて言うまでもないがそのとおりである。


『つまりおまえの言いたいことは、互いの利害が一致している間は最低限の信用はできるということか』


 最低限という言葉をフラヴィオが口にしたことに、ルキシスは素直に感心した。話がややこしくなるのでと省いていたが、実際、それは重要な点でもあった。一応はフラヴィオもそのことに気付いていたのだ。

 所詮は傭兵である。いつ裏切るとも、裏切るとまではいかなくとも雇い主を食い物にして搾取し尽した挙句ぽいと投げ出すとも分からない。名誉を重んじる騎士たちとは違う。


『そう、最低限。だからご注意を』


 だからこそ本当の望み、目論見を、注意深く探らねばならない。無論それは極めて困難なことではあるにせよ。


『本当の望みに近づけば近づくほど繋がりは強固になる』


 重々しい格言か何かのように、フラヴィオは呟いた。

 俯きがちに考えを巡らせていた彼が、ふと顔を上げて正面からルキシスを見た。


『おまえの望みはなんだ』

『それは、本人に直接訊いては意味はないですよ。せめてはったりを効かせないと』

『それは分かっている』


 フラヴィオは焦れったそうな目つきになった。

 ルキシスは少し迷った。何を言うべきか咄嗟に分からなかった。

 かたわらで黙ったまま成り行きを見守っているジャコモに視線を送るも、彼は穏やかな表情でただふたりを見つめているだけだった。それこそ孫か何かの微笑ましい光景でも眺めているかのように。


『分かっていてお聞きになるなら、まあ、よろしいでしょう』


 妙な教師のような口振りになってしまった。しかし誰にも咎められなかった。


『わたしは――、わたしのこころもからだも、誰にも譲り渡さないこと、とでも申しましょうか』


 そう言って、言ってから自分自身で驚いた。こんなことを口走るとは予想外だ。いささか呆気に取られる。顔には出なかったと思うが。

 本当は何か違うことを言おうとしたのだ。金だとギルウィルドと一緒だし、あいつと一緒くたにされたくないし、楽しく好きなように生きること、というようなことを、言おうと思っていた気がする。でも瞬き一、二回分程度の時間しか経っていないのに、もうその数瞬前のことが思い出せない。


『おまえの独立を守ることか』


 フラヴィオはさらりと独立という言葉を口にした。その言葉はルキシスの気に入った。彼は何の気なしに言ったのかもしれないが、なかなか良いことを端的に言うと思った。


『そう。独立。そのためにひとりで生きていく術が、わたしには必要です』


 このような問答になるとは思ってもいなかった。偉そうに少年のお悩み相談に答えていたつもりが、却って自己の思惟を、あり方を整理する時間になった。

 得難く貴重な経験である。何となく肩の力が抜けた。


『おまえの腕の立つのは知っている。だが……』


 フラヴィオがそこで言いよどむ。女がひとりで生きていくのは大変ではないのか、というようなことを続けようとしたのではないだろうか。しかしそれを口にすることはルキシスの『独立』に水を差すことになると考えたのかもしれない。


『剣の才能がなければ、わたしはどう生きたでしょう』


 少年に問いかけた。正確には人殺しの才能だが。

 フラヴィオは深く考え込む様子を見せた。ルキシスはそれを見て、意図して口元を和らげた。

 微笑むのはあまり上手ではなくていつもぎこちなくなるような気がしてならないが、今この時、この若い御曹司には微笑みかけてやりたい気分だった。


『わたしにも分かりません!』


 冗談めかした声や表情に、フラヴィオも緊張を解いて少し微笑んでみせた。


『おまえとは不思議と話しやすい』

『わたしもフラヴィオ様とのお話には得るものが多く思います』


 その礼に、もうひとつ良いことを教えてやろうと思い立つ。


『相手の望みを叶えてやること、と言いましたが、これは懐柔策のようなもので。強硬策もありますよ。懐柔策の方がいいとは思いますがね』


 強硬策という言葉にフラヴィオは興味を惹かれたようだった。金色の前髪の間から覗く榛色の瞳に好奇心が瞬いている。


『相手の弱みを探って、そこを突く――ということです』

『突くと言っても、おまえのことだから力ずくでねじ伏せるということではないのだろう?』


 これもそのとおりだ。御曹司はなかなかどうして、勘が良い。学問の面では異母弟に劣るということだが、地頭は悪くないように感じる。


『そう。例えばギルウィルド。あの男は子どもや女に弱いです』

『と言うと?』

『困ったり弱ったりしている子どもや女がいると、どうにも手助けしてやらねば気が咎めるようです』


 小狡いくせにお人好しでお節介で心配性なのだ。それで結局、ルキシスを売り飛ばすことを断念して手付金を倍返しして、赤字を抱えることになった。返す返すもざまあみろである。いや、自分は別に困っても弱ってもいなかったが。いや、いや、彼の目からはそう見えたのかもしれないが。それこそ余計なお世話である。自分はひとりで生きていける。


『フラヴィオ様は子どもでも女でもないので何ともかんともですが、ま、あの男のその弱みを上手く利用すれば色々言うことをきかせられそうですよ』

『しょ――処世のひとつとして聞いておこう』


 卑怯だと思ったのかもしれない。フラヴィオは半笑いのような顔をしていた。

 少し面白くなってきて、ルキシスはにやりと笑ってしまった。我ながら意地の悪い笑いである。


『ヨルクのことはわたしも知り合ったばかりなので分かりませんが、わたしにも弱みはあります』


 そう言うとフラヴィオは少年らしくただでさえ大きな目をますます大きく見開き、驚愕の表情を浮かべた。どういう驚愕なのか。ルキシスには弱みなどないと思っていたのか。あるいは、自ら弱みを開示するという振る舞いに驚いたのか。


『わたしは、美味しいものをご馳走になるのに弱いです』


 得意げに言い放ち、ルキシスは胸を張った。特に意味はなく、何となくそういう気分だった。


『フラヴィオ様には随分ご馳走になりましたので、戦争が終わるまでは、そのご恩に報いてお仕えするつもりですわ』


 精一杯気取ったソヴィーノ語を使ったつもりだった。

 その言い回しがおかしかったのか、内容そのものがおかしかったのか。フラヴィオが噴き出し、ついでにジャコモまで咳払いをして笑いをごまかしたのが聞こえた。

 実際、昨日の昼食も、ギルウィルドのおこぼれに与った夕食も素晴らしいご馳走だった。思い返すだに多幸感が押し寄せてくる。

 自分でも、こうして言葉にするまで気付いていなかった。


(わたしはもしかして、本当に、ご馳走に弱いのでは)


 もしかしたら本当の本当に。冗談などでなく。食い意地が張っているとも言う。

 言葉にすることでしみじみと思い知るということもあるものだ。それを考えると、フラヴィオとの対話はつくづく得難い経験である。

 そう思えるだけのご馳走だったし、その分くらいの恩は返してやってよいと思っているのも本当だった。

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