3.若き団長を戴く傭兵団(1)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
翌日、ルキシスがエルミューダの体にブラシをかけて、歯を磨いて、下顎をたぷたぷ揺らして戯れていると、にわかに幕屋の表口の方が騒がしくなった。
エルミューダを馬丁に預けて表口の方へ向かうと、ギルウィルドがこちらに背を向けて誰かと話し込んでいた。赤茶けた髪をした、上背のある男だ。今は帷子も甲冑も身につけていないが一目でわかる。傭兵だ。彼の後ろにはほかにも数人、男たちが控えている。
「ギルウィルド」
声を掛けるのとほとんど同時に彼がこちらに気が付いた。
「契約する団が見つかったのか?」
ちょうどよかった、と言って彼は少し口元を和らげた。
赤毛の男がギルウィルドに向かって何か話した。ヒルシュタット語だ。やはりヒルシュタット語で、ギルウィルドも応じる。と思ったそばから彼は再びルキシスに顔を向けて、赤毛の男の注意をそちらに誘導した。
「彼女にも分かるようにリーズ語で」
むかっとした。言語なら自分の方がずっと詳しいのに、気を遣われた。
でもヒルシュタット語に習熟していないのは事実なのでむかっとする道理はなかった。自分でも分かっている。
「彼女――って」
赤毛の男はわりあい流暢なリーズ語を話した。ギルウィルドの向こう側からまじまじとこちらを見ている。
「リリ、こっちはおれの友人のヨルク。小さい傭兵団をやってる。今朝方、たまたま会えて。契約の交渉を訳してほしい」
「小さいは余計だ」
と、明るく笑って男はギルウィルドを小突いた。気心は知れているようだ。
年の頃は二十代の半ばか、もう少し上だろうか。ギルウィルドよりは年上だ。それでも傭兵団の団長としては若い方だろう。
(友人がいたのか)
この男に友人がいたとは意外だった。ヨルクの方も友人という言葉を否定していない。ということは本当に友人なのか。びっくりだった。
「ヨルク、こっちは――おれの知り合いで、今はここで通訳の出稼ぎをやってる。リリ……じゃなかった。ルキシス」
「よろしく。リリさん」
歩み寄って来たヨルクは闊達な笑顔を浮かべて手を差し出した。笑うともう少し若く見える。
「ルキシスと呼んでほしい」
そう言いながら、差し出された手を握り返した。
「ルキシスさん」
嫌な顔もせず、ヨルクは言い直した。ルキシスが頷くと、彼はそこで手も離さずやはりまじまじと、何を思ったのかルキシスの顔を覗き込んできた。
「近い近い近い。ちょっと」
ギルウィルドが割って入った。
「失礼」
悪戯めかして笑い、ヨルクがようやっと手を放した。しかしその視線はやはり興味深げにルキシスに注がれたままだった。
(なんだ、こいつ)
値踏みしているという感じでもない。ただ純粋に関心を抱いているというだけのようだ。そのせいか、不躾な態度なのに不快でもないのが奇妙だった。この男の持つ独特の雰囲気とも言うべきか。
「もしかして、あんたがあの女傭兵のルキシス?」
「どの女傭兵か知らないが、普段は傭兵をやっているルキシスだ」
今は強制的に休業状態に置かれているが。
「ご高名はかねがね」
「そのご高名なルキシスと同じ人間かどうか保証はないがな」
「どうして通訳なんかを? 戦争には参加しない?」
隠すほどの事情もないが、いちいち説明するのも面倒だった。ギルウィルドに目を向けると、もしかしたら彼はルキシスが怒ったと思ったのかもしれない。ヨルクの肩を押してルキシスから距離を取らせた。
「先に契約の話を」
「なんだよ、ギイ」
「彼女にあまり失礼な態度を取らないように」
後が怖いとか心からの忠告だとか、ギルウィルドはそれこそ無礼な言葉を付け足した。
「失礼? 失礼だった?」
ヨルクがまた笑ってルキシスを振り返った。底抜けに根の明るい笑顔だった。
「まあ、一般には」
ルキシスがそう言っても気に病んだ様子はない。それはご無礼を、と言ってまた快活に笑う。厭味がない。それでこちらも怒る気が湧いてこない。
「……ギルウィルド」
幾分呆れた様子を見せている北の国の男の名前を呼ぶと、彼はぎくりとしてルキシスを見た。奇矯な男と引き合わせたと、ヨルクの分までまとめて怒られるとでも思ったのだろうか。
「おまえにも友達がいたんだな」
いかにも友達なんていなそうなのに。と思っているが、それは言わないでおいてやった。
「――おれはきみと違って一匹狼じゃないんでね。誰とでも友好的にやりたいと思ってるよ」
それはそうなのかもしれない。浅薄でへらへらしているが、なるべく穏やかな態度に徹するよう努めてはいるみたいなので。だが一方でどうにも根が短気なようで、その努力は時々実を結んでいない。その辺がますます薄っぺらいのである。
「貴重な友達だ。大事にしとけよ」
喧嘩でもしている? と、ヨルクがふたりの顔を交互に見た。
◆◆◆
ヨルクの団は五十人程度の規模で、設立後そう時間は経っていないとのことだった。
「元はもっとデカい傭兵団だったんだけど団長がおっ死んじまって団が割れてよ。おれと一緒に来てくれるっていう連中を取りまとめて独立した」
と、ヨルクは説明した。
その元の団とやらがあった頃に欠員が出て、それを補うために雇い入れたのがギルウィルドで、そこから縁ができたという話だった。主戦場は大陸中東部から北東部だという。わざわざこんな南くんだりまで遠征してきたのは儲け話を聞き付けてということで、ギルウィルドも言っていたとおり、今朝方テッサーロに着いたばかりだそうだ。一応契約の当てはあったようだがそこと話をつけるよりも前に朝早くから広場をうろついていたギルウィルドに声を掛けられて、条件次第で契約を検討してもよいという話に落ち着いたらしい。
「早起きの甲斐があったな」
厭味ではなく素直に労うつもりで、ルキシスはそう言ってやった。北から来る連中を待ち受けて網を張るというようなことを前に言っていたが、それが功を奏したと言えるだろう。ギルウィルドも知己がやって来ると知っていたわけではないようだが、もしかしたらと一抹の期待は抱いていたのかもしれない。いずれにせよ最後に物を言うのは人脈だった。色々と情報を聞かせてくれた口入屋もルキシスの知己だったし、こうして契約できそうな団を見繕ってこられたのもギルウィルドの昔馴染みとの誼がゆえである。
ザネッティ家との契約の話はつつがなく進んだ。しかしそれもこれも、やはり誼という不確かながらも担保になるものがあったから進められたと言える。つまり、フラヴィオを亡き者にしたがっている後妻の手が回る暇はなかっただろうとか、万が一後妻から裏切りの勧誘があったとしても誼の方を優先してくれるならばその心配はあまりしないで済むだろうとか、そのあたりの最低限の担保という話である。もちろん、ヨルクがギルウィルドとの誼を優先するとは限らない。だから不確かだし、最低限にしかならないが、それでもないよりはずっとましだった。ついでにヨルクは裏表がなさそうというか、あまり面倒な陰謀などで小細工を巡らすよりは手っ取り早く戦争で解決することを望むような、単純さというか明朗さというか、そういう気配があった。小賢しく策を弄して平気で裏切りを画策するようなギルウィルドとどうして友人になれたのかは甚だ疑問である。性格が合わないからこそ却って気が合ったのだろうか。
ヨルクの団は騎兵が六、後は事務方を除いて全員が歩兵だった。うち、五名ほどが弓兵を兼ねる。大規模な攻城兵器や砲兵などは有していないものの、これまで参加してきた戦争は城や街を巡る争いが多く、今回の都市攻めでも役に立ちそうだった。団自体の歴史は浅くともその出身母体となる元の団からの古参兵が多く、ルキシスが見たところ練兵にも問題はなさそうだった。
その意見は査閲官を兼ねるジャコモも同じだった。金額の交渉もそう長引かず、ヨルクは契約書に署名し、神々にかけて力の限りザネッティ家のために戦うことを誓った。それは傭兵団が契約を結ぶときの通り一遍の文言ではあったが、慣れた所作には多少の安心感があった。
しかしその契約の場で、ジャコモからひとつの知らせがあった。
――曰く、戦闘の開始は二日後の正午に決まった、と。
あまり時間がない。が、致命的というわけではない。
早速、ギルウィルドとヨルクは額を突き合わせて戦闘の進め方について話し込んでいる。本当は百人くらいの規模の傭兵団が欲しかった。だがそれは叶わなかった。ならば今手持ちの戦力、五十人あまりの傭兵たちだけで役割を果たさなければならない。足りない五十人分の戦力を埋めるため、隊長格にはせいぜい知恵を絞ってもらう必要がある。
ヨルクたちの団に投石機や破城槌でもあればもう少し攻めやすかっただろうが、そういった兵器はもう少し大きな団でなければ所有していないだろうから無い物ねだりをしても仕方がない。
(まあわたしなら、登るけど)
市囲壁を、である。
とはいえ戦闘に参加しないルキシスは気楽なものだった。大きな戦功を立てられるかどうかは別として、どうせ囲んでいるだけで勝てる戦である。通訳には戦勝手当なんて関係ないので、戦功にも興味はない。フラヴィオの話し相手をしたりエルミューダと戯れたりしているだけで日当が発生するので、それに浴して堕落し始めている自分に薄々気付いてはいた。




