2.はたらくふたりとお水とごはん(11)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
分け与えられた食事はもうどれほども残っていない。最後にチーズのかけらを口の中に放り込んでから、ルキシスは自分の元に残したサボテンの実の中からひとつを手に取り、注意深く木の葉の包みを剥がした。そうすると中からは赤く色づいた果実が顔を覗かせた。
「剥いてみる」
サボテンの実を皿の上にのせる。左手にナイフを持ち、皿にのせたサボテンの実を皮の上から突き刺して固定する。右手でもう一本ナイフを取って、さっくりと刃を差し込んでみた。
大した抵抗もなく刃が飲み込まれ、皮よりもいっそう鮮やかな紅色に色づいた果肉がかすかに覗いた。そのままナイフを滑らせて押し剥がすように皮を剥いていく。どこまでが皮でどこからが果実かいまいち分かりづらいので適当だが、何となく剥がれた部分が境目のあたりなのだろう。丸みを帯びた実はともすれば皿の上でつるりと滑りそうになるが、それでもほどなく半周分の皮を剥ぐことができた。ぐるりと実を回して、反対側も同じようにする。
「よこせ。ついでに剥いてやるから」
そう言って手を出すと、ギルウィルドもまた慎重な手付きでサボテンの実をひとつ取り、その包みを剥がした。素手で触れないようにしながらそれを皿にのせ、ルキシスに差し出す。
自分の分と同じように、ルキシスはナイフを動かした。先ほどよりも多少速やかに皮を剥くことができた。最後に上下を落としてから一口大に切り分け、上下を落とすのが先だったなと思いながら皿をギルウィルドに戻してやる。
果物ならば少しは箸休めになるかもしれない。食が進んでいないようだし、ついでに彼の気分を害したようでもあるので、また少し気を遣ったつもりだった。ご馳走に対する礼でもある。
自分の分も適当に切り分けて、そのひとかけをナイフで突き刺して口に運んだ。
果肉は毒々しいほどに鮮やかに赤く、旬にはまだ早いと聞いたもののねっとりとした甘さがあった。食感はしゃくしゃくとしている。前にも一度味わったことがあるとはいえ、変わった味だった。
「甘いな」
サボテンの実をつまんで口に放り込んだギルウィルドが指についた果汁を舐めながら言った。
「赤いののほかに黄色いのもある。前に食べた時は両方食べさせてもらった。味はそう違わないように思ったが種類が違うのかな」
今回ルキシスが購入したサボテンの実はいずれも赤いものだった。
「そうなんだ。詳しいね」
「まあ、地域の珍しい食べ物ということで」
せっかく大陸中あちこちに出向く仕事をしているので、食には貪欲に前向きに向き合うことにしている。
檸檬のジュースを水で割りながら、ギルウィルドがそう言えば、と話題を変えた。
「昼間も中途半端にしか訊けなかったけど、どうして水を用立てようと?」
ルキシスは少し考えた。さて、何をどう言おう。少し説明が難しい感じがした。
「うーん、おまえ、十五歳の時にはどんな子どもだった?」
迷った末に、彼の質問には直接は答えず、ルキシスは別のことを訊いた。
「十五歳の時? どうして」
「わたしは傭兵としては駆け出しというか、それに毛の生えたようなもので、まだ少年の振りをしていた年頃だった」
今より仕事の請け代も安かった。今はそんなに安売りはしない。名前も顔も多少は売れている。
「フラヴィオ様は――」
「さっきも思ったんだけど、名前で呼ぶことにしたんだ?」
「ご主人様がそう呼べと」
ギルウィルドは素直に感心したような様子でルキシスを見た。
「それで我らがフラヴィオ様は、どういうわけかおまえに何か屈折した感情を抱いているようだ」
はあ? と間の抜けた声が上がった。無理もない、とルキシスでさえ思った。
「なんで? おれ、彼に何かした?」
「舐めくさったような態度をとっていただろうが」
「いや、それは……、契約するって決めたんだから、それ以降は十分礼を尽くしてきたつもりなんだけど」
それもまた事実ではある。ルキシスは腕を組み、鷹揚に頷いた。
「おまえなどわたしからすれば小賢しいガキにしか見えないが」
「リリ、急に年上ぶるようになったじゃん」
「見えないが、フラヴィオ様からすれば、立派な頼もしい大人の男に見えるようだ」
はあ、と再び彼は間の抜けた相槌を打った。
「おまえから自分はどんなふうに見えるかと気にしていた」
ルキシスには理解しがたい。フラヴィオは名家に生を享け、何不自由なく育てられ、確かに今は不遇な一面もあるだろうが、それは流れ者の傭兵風情と比べるようなものではないはずだ。
「意味が分からないな。おれの評価なんてどうでもいいでしょ。貴族様の御曹司が」
「男同士として思うことがあるんじゃないのか」
「男同士ってことぐらいしか共通点がないんだけど」
ほとんど同じことはルキシスも思っていた。
「強くなりたいと願っているようだった」
「そりゃおれは……、剣を振るうんならあの若君に負けることはないだろうけど、貴族の戦いとか強さっていうのはそういうのだけじゃないだろ」
それがまだ分からないから少年なのだろう。
「おまえが十四歳の時にアマティーニ卿を捕虜に取ったという話があったな。それがフラヴィオ様の屈折に拍車をかけたんじゃないのかと、これはわたしの推測に過ぎないが」
ギルウィルドが、今のフラヴィオよりも若かった頃の話だという。真偽のほどは不明だが、それでもギルウィルドの態度からすると何らかの心当たりはありそうに感じていた。
「捕虜ねえ」
ダラス平原の会戦と言っていた。ルキシスはその戦争に参加していない。重装騎兵同士の激突ということなので、そうなるとルキシスにはあまり出番もない。それにダラス平原は確か、かなり北の方だったような気がする。
「心当たりがありそうだが?」
「きみは今まで、いつ誰をどこで捕虜に取ったかなんていちいち覚えてるわけ?」
「名のある貴族や騎士ならば」
「まめだね」
皮肉だろうか。それとも、自分は名のある貴族や騎士でも覚えていられないくらい沢山捕虜を取ったという自慢だろうか。
冷ややかな目で睨みつけてやると、彼は小さくため息をついた。
「――最初は忘れてたんだよ。爺さんにわあわあ言われてやっと思い出した」
やはり事実だったのか。まあそうだろうと思っていたので、さほど驚きもない。
「十五歳の時ってさあ、おれの人生で一番か二番目に最悪な年で、騎士団を辞めて出家したのが十五の時だった」
ルキシスは無言で彼の顔を見つめた。
重々しいというよりは、心底から鬱陶しそうな口調だった。
(騎士団を辞めて――か)
騎士になったことはないと言っていたが、ならば見習いか。神殿騎士団の出身かと思ったこともあったが、どうもそうではなさそうな口振りだ。
「だからそんなにいいもんじゃない。貴族の御曹司が僻むようなことは何もないよ」
「話したいなら聞くが、そうでないなら言う必要はない」
ギルウィルドはルキシスの眼差しを正面から受け止め、少し口元を和らげてみせた。
「おれからすれば立場を代わってほしいくらいだよね。金持ちの御曹司なんてさ。もっと金があればって……思わない日はない」
冗談めかした言葉の中に誤魔化しきれない、それこそ何か屈折したものを感じ取る。ルキシスは黙って目を伏せた。傭兵は誰だって金が大好きだ。ルキシスだってそう。だが彼の場合は何か厄介な事情があるようだった。
金を稼ぎたい。王の血を証明したい。
そう言っていた。
それが具体的にどういうことなのか、どういった事情があるのかまでは聞いていない。聞く気もない。
「ま、お家騒動やら何やら、貴族は貴族で大変みたいだけどね」
明らかに、話を打ち切る目的の言葉だった。ギルウィルドは何も真情のこもっていない笑顔を浮かべてルキシスを見ていた。
「――おまえの尊敬を受けたいようだった」
突然何か、というように彼は少し首を傾げる。
「だからフラヴィオ様に手を貸した。おまえが水に難儀しているから、水を用立ててやれば少しは見直してもらえるかと」
ギルウィルドはなるほどと言ってまた少し笑った。果たしてこれはどういう微笑みか。よく分からない。厭味のようにも、本当に微笑ましく思っているようにも見える。
「正直、水が手に入らないのは結構堪えるからね。ありがたいよ」
「是非ともご主人様にその旨申し上げてくれ」
当初の目論見どおり、多少は恩が売れたようだ。
結局ギルウィルドが全ての皿を空にすることはなかった。初めから完食する気がなかったのだろう。手を付けた皿とそうでない皿にきれいに分かれていた。手付かずの皿は少しなりと保存のきく容器へと移して天幕の中に運び込んだがそう長く持つものでもない。
(せっかくのご馳走なのに)
雀の仔か小娘みたいだ、とまた同じことを考えながらルキシスは皿を片付けるのを手伝った。食器の多くは差し入れと一緒に貸し与えられたものなので傷ひとつつけず奇麗にして返さなければならない。
いずれにせよこれで、この男が北国の出身なのに熊みたいな大男になれなかった理由が分かった。本人は生家が貧乏だったからだというようなことを言っていたが、それもあってかそうでないのか、いずれにせよ食が細いのだ。傭兵のくせに。
(とっとと神殿に戻ればいいのに)
そちらの方がお似合いだ。
「果物の差し入れをありがとう」
互いの天幕に引き上げる別れ際、ギルウィルドはそう言って軽く手を上げた。
皮を剥いた分のサボテンは、それぞれの胃の中だった。だが彼に渡した果実はまだほかにも残っている。
「こちらこそご相伴に与りまして」
思えば今日は良い一日だった。エルミューダは可愛いし、昼夜と二食続けてご馳走にありついた。大した仕事もしていないが給金だって発生する。たまにはこんな日もあるものだ。
天は高く星の光が鮮明に瞬いている。明日も晴れそうだった。




