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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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2.はたらくふたりとお水とごはん(6)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

『十四歳の時にジャコモを捕虜に取ったとか』

『あれとはこの二、三年程度の付き合いなので、わたしはその当時のことは知りません』


 ギルウィルドのことを訊きたいのだろうか。正直に言って、答えられることはあまりなかった。本人に訊いてもらった方がずっと早いだろう。本人に訊きにくい話だろうか。


『ただ、そうですね。あれの剣筋は、師について学んだものだと思いますよ。わたしと違って』


 典型的な北方諸王国風で、要するに荒っぽい。筋骨隆々の大男というわけでもないのに、ふたりも三人もまとめて馬上から薙ぎ倒すのを何度も見たことがある。


『あれを殺すなら』


 何はともあれ馬から下ろさなければ。あの長剣をまともに受けるのは御免被りたい。腕ごと持っていかれる。せいぜいがいなして角度を変えさせるくらいしか。そしてそれよりも、やはり避けた方がよい。それで隙ができるのを待つ。隙ができれば懐に飛び込んで、心臓か首か太腿の動脈か、とにかく一撃で致命傷を与えるしかない。


(――隙ができなければ?)


 自問自答する。

 隙を作るしかない。だが、剣で誘ったところでなかなか乗らないだろう。おまけに本人が騎士ではないと言うだけあって、細かい小道具や小手先のまやかしなども平気で使う。そういえば先月は顔面に向かって石を蹴り飛ばされた。大して腫れもしなかった自分の強靭さにびっくりしたが、当たり所が悪ければ失明していただろう。


『何故殺すなどという話になるんだ』


 フラヴィオがぎょっとした顔をしている。


『ああいえ、もしそうするならどうすればいいかなと考えただけです』

『味方ではないのか』

『若ぎ……フラヴィオ様が彼に金を支払っているうちは、彼は味方です。わたしももちろん』


 ただ、次に戦場で会う時にまた味方かどうかは分からないというだけで。

 フラヴィオは腑に落ちないような表情をしていたものの、話題を変えることにしたようだった。小さく呼吸を整えて彼は再びルキシスの目を見つめた。


『十四歳で正騎士を捕虜に取るような手柄を立てる男からすれば、ぼくはどのように見えるだろうか』


 それは予想だにしない言葉だった。思わず言葉に詰まる。そしてルキシスのその様子は、少なからず少年を傷つけたようだった。黒っぽい瞳は太陽の下では暗い榛色と見えた。その瞳に傷ついた翳りが窺える。


 しかしどうと言われても、なかなか率直に答えるのは難しかった。

 だって、どうと言って、どうとも思っていないだろう。せいぜいが生意気で無能な小うるさいガキ、くらいのものだ。歯牙にもかけていまい。


『あれの評価が気になるのですか』


 貴族の若者が、傭兵のことなどそんなにも気にかかるものだろうか。

 少年は気まずそうな顔で黙り込む。


『うーん、そうですねえ』


 ルキシスは腕を組んで首をひねった。極力婉曲な表現を探す。何せ相手は雇い主である。


『強いて言うならば、どうとかこうとか、思っていないと思いますが。ただ雇用主とだけ』

『それはつまり、ぼくが物の数にも入らないということか』


 婉曲表現に失敗したようだった。鋭く、フラヴィオは隠しきれない本音に斬り込んだ。


『ま、まあ……、フラヴィオ様はお若いですから』


 その誤魔化しはあまりに誤魔化しに過ぎた。自分でも何の説得力もないと分かってしまった。実際にギルウィルドは、今のフラヴィオよりも若い時分にジャコモを捕虜としたというのだから。


『強くなるにはどうすればいい』


 フラヴィオの目には切迫した――というよりは、追い詰められた気配があった。昨夜のように暗殺者を送られるようなことがあれば無理もないのかもしれない。


『わたしの考えは一般的ではありませんが』


 一応そう断りを入れてから、ルキシスは言葉を続けた。


『いつでも、誰でも敵は皆殺してやるという気概を持つことですね』


 それから、とにかく剣を手放さないこと。天賦の才がないのなら鍛錬に鍛錬を重ねて、そこからまた鍛錬を繰り返すこと。


『おまえもそうしてきたのか』

『わたしには才能がありました』


 人殺しの。

 だからこそ、いつでも誰でも、敵になった者を殺すことができた。結局はそれで元の名前も何もかも失ったわけだが。


『それでももちろん鍛錬はしましたよ』


 島を追放されてからの話ではあるが。剣についても、傭兵としての処世についても、学ぶことは多かった。


『ジャコモ様に剣の稽古をつけてほしいとお願いなさっては?』


 あの老騎士ならば喜ぶのではないか。


『一足飛びに強くなる方法などない、か』


 フラヴィオが嘆息した。

 それはないだろう。千里の道も一歩からだ。

 あるとすれば、そういった常識も通用しないくらいの天才がこの少年にあれば、ということになる。

 しかし剣を抜いてルキシスに斬りかかって来た時の身のこなしひとつとっても、到底この少年にそれほどの才があるとは思えない。


『剣の道だけが殿方の全てではないと思いますが』


 どういうわけか彼は、ギルウィルドに対して劣等感を抱いているようだった。まったく、理解できない。そもそもが同じ盤上に立ってさえいないものを。


 貴族の若者とはぐれ者の傭兵と。

 人類であることとか、性別が男性であることとか、せいぜいがそれくらいしか共通点もないだろうに。


 でも例えばこの少年に、ギルウィルドの鼻を明かすようなことをさせれば、少しは気分も上向くだろうか。

 いや、鼻を明かすという表現には語弊があるか。何といってもギルウィルドの方はどうともこうとも何とも思っていないのだ。こんな少年のことなど。

 だが、例えば恩を売ることはできる。

 それが多少の気晴らしにでもなれば。


『フラヴィオ様』


 ルキシスは少年の目をひたと見つめた。近くで見つめ合えば、少しばかり見上げる形になる。


『あれには今、難儀していることがあります。フラヴィオ様がもしそれを解決することができれば――』

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