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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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2.はたらくふたりとお水とごはん(5)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 エルミューダたちに別れを告げ、ルキシスは馬溜まりの柵を出た。ギルウィルドもそれ以上馬に用はないのか、後をついてきた。


 そこでちょうど、前方から真っ直ぐこちらに向かってやって来るひとり分の人影を認めた。あまり背丈はない。だが大仰な装束を身にまとい、貴族然としたマントを翻している。

 貴族然、も何もない。正真正銘オプリーニを代表する貴族家の若君であるというフラヴィオ少年だった。

 お付きの老騎士を連れていない。彼ひとりきりだった。護衛を強化しろと言ったばかりなのに。


 フラヴィオはふたりの姿を見つけると、いささか気後れしたような顔をした。少年らしい丸みを帯びた頬に、神経の細そうな緊張が窺える。


『ふたりとも、昨夜は手間をかけた』


 少年は背筋を伸ばして立ち、やはり緊張した声を発した。


『落ち着かれましたか』


 依頼主でもあり、年端もいかない少年である。なけなしの親切心をもって、ルキシスは丁重に応じた。


『ルキシス』


 こちらの名前を認知していたのか。女呼ばわりから一気に格上げされた。


『特におまえには世話になった。その……』

『お気になさらず。お怪我がなく何よりです』

『昨夜の礼に、ふたりを昼食に招待したい』


 たまたま通りかかったのでなく、わざわざそれを言いに来たのか。ルキシスは驚いた。使者を介して呼びつけるのでなく直接傭兵の元を訪うなど、貴族としては破格のふるまいである。


『どうだろうか?』


 フラヴィオは窺うようにルキシスを見つめた。


「なんて?」

「昨日の礼に、おまえとわたしを昼食に招待してくれると言っているが」


 ギルウィルドも意外そうな顔をした。


「おれはいいよ。何もしてないしね。でもきみは折角だから招待を受けたら?」

「ただ飯にありつけるのに?」

「ただ飯は惜しいけどさあ、昼食会に参加してる時間があるのかって話」


 確かにそれはそうだ。何はともあれ兵隊を集めなければならない。


「おれは今日は直接兵団に声を掛けようと思ってる。それで一日時間を取られそうだし」

「北か東から来る連中を待ち受けて?」

「そう。北が本命かな」

「通訳は」

「ヒルシュタット語かリーズ語が話せるのを探すよ」


 彼としても現場で意思の疎通が取れる兵団と仕事をしたいのはもっともなことだろう。

 ギルウィルドの言葉を訳して伝えると、フラヴィオは重々しい面持ちで頷いた。


『分かった。……世話をかける。昼食の代わりに夕食の差し入れをしたい。それはどうかと訊いてくれるか』


 よほど、昨夜の一件が身に染みたのか。老騎士の騎士道教育が一夜にして開花したのか。しおらしい態度である、などと揶揄するのは少し気の毒な気がした。

 いずれにせよ、彼の手足となって立ち働くべき配下を気遣うことができるようになったのはこちらとしても好都合だ。仕事がやりやすくなる。貴族としては、あまり下手に出過ぎて舐められるのもどうかと思うが。


 夕食の差し入れについては、ギルウィルドは受け取るということだった。それをフラヴィオに告げると、彼はほっとした顔をした。

 話がまとまると、ギルウィルドはさっそく勧誘に出かけると言ってその場を立ち去ろうとした。それを見送りかけたところで、ルキシスははっと気付いて声を上げた。


「ちょっと待て、ギルウィルド! エルの世話を手伝っても?」


 ギルウィルドの足が止まる。同時に、まるで剣でも抜くかのごとき速さで彼が振り返る。距離にして十四、五歩ほどか。あまりの勢いにこちらが面食らう。一体何だというのか。


「エル?」


 ギルウィルドの顔が強張っていた。ただ強張っているというよりは、愕然としているというのか。それも少し違うか。いずれにせよ険しく、そう、慄然としているようにも見えた。およそ平常の感情からはかけ離れている。


「エルミューダの……、ええと、勝手に駆けさせたりしない。でも曳き運動くらいは……」


 馬の世話に手を出されるのは嫌だろうか。もちろん、馬は高価なものなので所有者が嫌だと言うものをルキシスとて無理にどうこうしようとは思わない。


「あ、ああ、うん。エルミューダね。いいよ。可愛がってやって」


 ぎこちなくギルウィルドは微笑んだ。

 まったく、誤魔化しきれていない。束の間のあの表情を。


(何なんだ)


 じゃあ、と軽く手を上げて今度こそ彼はその場を去って行った。後には少年とその通訳が残される。

 釈然としないものが残ったが、考えても仕方がなかった。答えなどなかったし、意味だってあるかどうか。


 今の不可解なやり取りをさっさと思考の隅に追いやって、ルキシスは傍らのフラヴィオ少年を振り返った。彼は立ち去る気配を見せない。まだこちらに話が残っているのだろうか。


『若君』


 声をかけてやると、やはり緊張した面持ちでこちらを見つめてくる。


『いや、フラヴィオでいい。おまえは当家に仕えているわけではないから、若君などと呼ぶ必要はない』


 本人がそう言うのならばこちらとしては何でもよいが。

 まだわたしに何かお話が、と水を向けると、彼はためらう素振りを見せて少し俯いた。まだ朝方だというのに焼き付けるような太陽が彼の豪奢な金髪を照らして眩く輝く。尾花栗毛、と心の中だけで呟く。


『お前は年はいくつだ』


 決然と少年は顔を上げた。しかし何を決意したかと見れば、そんなことを訊いてくる。

 ルキシスはまた面食らった。


『二十五ですが』


 殊更に隠したいわけでもないのでそのまま答える。フラヴィオは驚いた顔を見せた。


『二十五?』

『はあ』


 別に嘘はついていない。


『思ったよりもいっているな。二十歳くらいかと……、いや、気を悪くしないでほしい。突然年齢などを聞いて、失礼した』


 老騎士の教育は、実を結んでいるのかいないのか。よく分からない。


『おまえは十五歳くらいの時、どんなだった?』

『どんなと言われましても……、傭兵としては駆け出しを少し過ぎたくらいで』


 時々アラムにどやされたりしながら、それでも何とかひとりで口を糊していた。今ほど名前も売れていない頃だった。そう言えば当時はまだ少年の振りをしていたかもしれない。


『剣は誰に学んだんだ』

『わたしは一度も師にはついていません。独学です』


 もちろん、例えばアラムなどに稽古をつけてもらったことはある。だが系統立てて剣の道を学んだことは一度もない。


『独学でそれほどの腕を』


 実際にはこの少年の前で剣を抜いたことはなかった。足先でいなしたり、ナイフを抜いたりしたくらいで。


『――もうひとりの方も、おまえと同じくらい腕が立つのか』

『ギルウィルドのことですか』


 ルキシスは顎に手をやって少し考えた。言葉を選ぶ。


『まあ、わたしほどではないですが、それなりに使えます』


 何度か剣を交えて、毎回仕損じている。

 それを思うと面白くなかった。

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