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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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2.はたらくふたりとお水とごはん(3)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

『艦隊が港を囲んでいますが、砲戦を仕掛けるのですか』


 場の雰囲気を無視して、ルキシスは話し出した。役割としては通訳だが、別にこれくらい訊いても構わないだろう。戦闘には参加しないにせよ、こちらも命をかけるのだ。


『ご覧になったか』

『遠くから見ただけです。海のことは分かりかねますが』

『艦隊は、海上輸送を封鎖するだけのものと聞いている』


 つまりは兵糧攻めである。


『では砲撃は仕掛けないと』

『基本は陸からの街攻めである』


 折角艦隊が来ているのに。だが海からの砲撃戦を行うと街の被害が大きくなる。落とした後の街の支配や統治を考えると避けたいのかもしれない。


『ルキシス殿は海の戦に参加したことはおありかな』


 そう老騎士が言ったのには大した意味はないのだろう。ただ、少し座を温める会話の糸口を欲していただけのことで。

 彼にもギルウィルドの冷ややかな態度はもちろん伝わっていたはずだ。事実上の雇い主に対して、つくづく御大層な態度である。


『戦争はやったことがありません。ただ白兵戦用の護衛役として商船に乗ったことはあります』


 島国育ちだがあまり船に乗ったことはなかった。まして大きな商船など初めてのことだった。砲撃も操船もできない。海賊に船に乗り込まれた時という最悪な状況での白兵戦にしか役に立たない。それでもよいという契約だった。

 そして実際、何人かの海賊に乗り込まれるところまで追い込まれた。揺れる足場にいつまでも慣れない船酔いで最悪だった。仕留めるまで時間をかけ、敵方を長く苦しませることになってしまったからだ。


『わたしは陸が性に合っています』


 陸ならばあまり長く苦しめずに殺してやることができる。

 もちろん船も、誘われれば契約金次第では受けるだろう。しかし操船ができて白兵戦にも役立つ強靭な船乗りは他にいくらでもいる。まして船は女を避ける。海の神が女で、海が荒れた時には女のいけにえを求めるからだ。今ではそういうことも少なくなったが、いずれにせよよほど条件が良くなければルキシスもわざわざ兵隊として船に乗ろうとは思わない。


『若き乙女の身空でなにゆえ剣を手にされたか』


 老騎士の口調は決して不快なものではなかった。素直な同情の気配があり、その同情には孫娘を慈しむような、いたわるような優しさが滲んでいたからだ。ルキシスが若い乙女かどうかはいささか疑問だったが。


『わたしは――』


 剣が得意だったので、というようなことを、いつも答えるようにしている。本当のことだったし。

 だがそれを最後まで言い切る前にギルウィルドの声が割り込んできた。


『あなたは少し黙っているように』


 あなた、とギルウィルドの選んだ単語が女性に対してのみ用いられる二人称だったので、それがジャコモでなくルキシスに対して投げかけられた言葉なのは間違いようがなかった。


(誰に向かって口きいてるんだ、この若造が)


 と、素直に思った。

 睨みつけてやると、かえって鋭い眼差しで切り返される。


「言う必要のないことまで答えることないだろ」


 リーズ語である。ジャコモには断片的程度にしか分からないだろう。


「それはわたしが決める」


 もしかしたら、ルキシスが余計なこと――つまりは自身の出自にまつわることを、言いたくもないのに答えようとしていると思ったのだろうか。だとしたら彼としては助け舟を出したつもりだったのだろう。こちらにはまったくその意志はないし、完全に余計なお世話だが。


 でもこの男にはそういうところがある。つまりはおせっかいでお人好しで、あれこれ無駄に気を回す。性格だろう。他人のことなど放っておけばよいのに。他人にかかずらっている暇があれば自分のことを気にするべきだ。


『いや、失礼。余計な詮索でしたな』


 凍り付いた場を和らげるべく、素直に老騎士は立ち入った言動を詫びた。


『気にしておりません』


 心の底から本当に気にしていないので、ルキシスも素直にそう応じた。


『お家に何か事情がおありとか』


 ギルウィルドが突然そう言ったのでルキシスはいささか顔をしかめた。情報源となった口入屋の秘密を守るくらいのことはこの男にも分かっているだろうが、こうも急に核心に踏み込むのは拙速ではないか。

 だが彼の方ではもうこうすると決め込んでいるらしい。険しい眼差しを老騎士に向け、ほんの少しも揺るがしはしない。


『その事情が募兵に関わるものならば先にお話しいただかねば』


 それは確かに、その方が誠実だろう。とはいえ彼自身が愚痴を垂れていたとおり、雇い主の下調べを怠ったのはこちら側の瑕疵ではある。

 その瑕疵を突かれないよう、逆にこちらから先に斬り込んだ。慇懃というよりも高圧的と表現されるべき物言いも、言うなれば場を支配するための半分はったりである。


『ギルウィルド殿』


 老人の声に苦渋が滲む。


『お家から私兵を割けなかったのも、街の正規兵団から人手を回せなかったのも、こうして現地での募兵に妨害を受けるのも、全て若君の仰せの女人の手とやらが回っているからだとか』


 端正な容貌だけに、冷ややかに見据えられると圧迫感があった。

 言われたとおり、ルキシスは黙っていた。別にどちらに肩入れするつもりもない。


『貴殿らの耳にも入ったか』

『沈黙したまま押し通せると?』


 そうしたつもりではなかったが、と言ってジャコモは少し考えこんだ。


『……事情をお話しよう。だが他言無用に願いたい』


 老騎士の言葉を、ギルウィルドは鼻先で笑い飛ばした。


『それを聞く必要はありますまい。お聞きしたいのは打開策である』


 何か空気がざわつく気がした。

 雨の降る直前に似ている。だが頭上には雲ひとつない。

 咄嗟にルキシスは立ち上がった。豪奢な幕屋を振り返る。若君ことフラヴィオ・ザネッティの幕屋である。日中、契約を交わした場所でもある。

 張り詰めた雰囲気でやりとりを交わしていた男たちふたりが何事かとルキシスを見上げた。彼らに構わず、ルキシスは咄嗟に幕屋に駆け込んだ。それと殆ど同時に、何か重たいものが転がる金属音がした。


 幕屋の中には室内用のランプで明かりが灯されているが、いずれにせよ心許ない明るさだった。幕屋には装飾品や家具の類が多く持ち込まれ、あちこちに影ができている。ルキシスの背よりも高い透かし彫りの間仕切りも配置されている。つまり、死角が多い。

 いくつかの間仕切りをすり抜け、ルキシスは奥へ向かった。何か争っている気配。激しく布が擦れる音。呻き声のようなものは、口を塞がれているのか。先ほどの金属音は、飾っていた兜なり何なりが倒れた音だろうか。


 幕屋の一番奥は若君の寝所となっているようだった。木製の間仕切りのほかに何枚もの帳が垂らされている。それらを払い除けてルキシスが寝間に飛び込んだ時には、床に倒されたフラヴィオの喉元に短剣が突き刺さる直前だった。


 一歩で飛び寄り、短剣を蹴り飛ばす。黒衣をまとった刺客は闖入者への対応が遅れ、手の甲をまともに弾かれた。仰向けに倒れた状態のフラヴィオのからだを蹴り転がして自分の背後へ押しやり、ルキシスはナイフを抜き放って刺客に斬りかかった。


 いつもの愛剣ではない。だがごく小さなナイフでも問題はなかった。刺客が二本目の短剣を抜くよりも早く、ルキシスのナイフが彼の指を何本か落とした。

 殺すわけにはいかない。その方が早いし簡単だけれど、吐かせなくては。

 指を落とされた刺客は動揺したようだった。熟達した腕を持っているというわけではないようだ。彼の動揺を見逃さず、そのみぞおちに渾身の膝蹴りをぶち込む。胃液を撒き散らしながら、刺客は地面へと倒れ込んだ。その上にのしかかり、彼の腕を掴んで俯せに倒し拘束する。関節を押さえているから振り解こうとしても無駄だ。無理に動けば骨折する。


『若君!』


 遅れて幕屋にやって来たジャコモが悲鳴を上げ、床に転がったままのフラヴィオを助け起こした。


「ギルウィルド、手伝えよ!」


 全てが終わってからのこのこと顔を見せた馴染みの傭兵に向かってルキシスは声を上げた。彼はルキシスとその下に倒された刺客を見下ろし、首を横に振った。


「リリ、もう遅い」


 えっ、と慌てて刺客の腕を解放する。刺客のからだを上に向けさせると、彼は口から泡を吹いていた。


「死なせちゃったかあ」


 厳密にはまだ死んではいないが、時間の問題である。がっかりする。せっかく殺さないよう丁重に扱ってやったものを。大した腕もないくせにこういうところばかり一丁前だ。

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