2.はたらくふたりとお水とごはん(1)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
想定以上の高値で無事ギルウィルドの身柄を売り渡すことに成功した。本人はあまり気が進まぬ様子だったが、吊り上げられた金額の前に最終的には首を縦に振った。所詮傭兵は金で動く生き物である。ルキシスが仲介料を取るわけではないので感謝してほしいところだった。
兵士の雇い入れについても一応はギルウィルドで引き受けた。しかし兵団の規模や質については達成指標を設けず、契約の遂行は何よりも市壁門攻めの方に重きを置くこととした。
つまり、ギルウィルドとしても約束できなかったのだ。どの程度の傭兵たちと契約できるかを。よって契約不履行となることを警戒し、明確な数値目標を設定することには絶対に同意しなかった。そのあたりはさすがに小狡いというかせこいというか、抜け目がない男だった。ザネッティ家で捻出できる経費の上限は確認したので、まずはその範囲で告知を出したり口入屋をあたったりすることになった。
「きみ、手伝えよ」
大きな木の板に、ギルウィルドが顔料で文字を綴っている。ヒルシュタット語だ。要するに、募兵の告知である。これを人の行き交うところに立てておいて、関心がある者がいればザネッティ家の宿営地まで来てもらうのだ。読み書きができる者は稀少だが、ある程度の規模の傭兵団ならば書記を抱えているものだし、そうでなくてもひとりくらいは文字の読み書きができるはずだ。そうでなければ契約書が作れない。
ヒルシュタット語の文章の下に、ギルウィルドは今度はリーズ語を綴った。内容は同じだろう。求める兵の種類や数、契約金については別途相談、ザネッティ家の幕屋の位置と特徴。そんなようなことが簡潔に記載されている。
「この下にソヴィーノ語で書いてよ、通訳さん」
ギルウィルドと場所を代わって、言われたとおりにしてやる。
こうして高札は用意できたが、果たしてどれほどの効果があるものか。あまり期待はできなかった。名のある傭兵団はこんな募兵になど応じない。雇い主の方から直接、ないしは馴染みの仲介業者などを通じて契約の打診があるものだからだ。実際、白蹄団だってそうした経緯でここまで遠征してきた。
本命は立て札でなく、口入屋の方だった。通常ならば。
(あの女の手……とやらいうのは、一体)
フラヴィオが激昂して口走った言葉を思い出す。
あの女の手、とやらはどこまで回っているのか。それはどれほどの力なのか。よく分からないが、とにかくやってみなければ話は始まらない。だから定石通り、立て札の次は口入屋も当たってみるつもりだった。
ひとまず完成した高札を抱えて、ふたりは東の広場へ向かった。募兵の告知が集中する辺りで、何と言っても人出が多い。似たような告知の中に今作ったばかりの高札を立ててどれだけ人目に止まるかは疑問だったが、それでもなるべく目立つような場所を確保して何とか札を立てた。
「なんだっておれが兵隊集めなんて」
うんざりした顔でギルウィルドが文句を垂れる。
「その分手当がだいぶ上乗せされただろ」
「割に合うかどうか疑問だね。最悪、おれひとりで門をどうにか……」
「おまえの考えていることを当ててやる」
ルキシスは足元の小石を蹴り飛ばして進みながらそう言った。ふたりして口入屋の集う辺りへ向かう道すじの途中だった。
「どうせ囲っているだけで勝てる戦だ。適当な、剣も握ったことのないようなのでもいいから二、三十人ばかり集めて門を包囲するように展開して、睨み合いをするふりをして、他のどこかの門が落ちるのを待って実際には戦闘せず、戦勝手当だけせしめるつもりだろう」
なので、兵隊の数も質も大して問わない。市壁門攻めを行った、というその一点だけを主張する。契約不履行にはならない。
「きみがおれだってそうするんじゃないの」
それは否定しない。
「だけどそれだって頭数はいるし、それにやっぱり門開けさせてその分の褒賞金が欲しいよ」
もちろん、その方が実入りはよくなる。危険を伴うにしてもきっちり戦闘をしてきっちり手柄を上げた方が、この男としては得だと考えているのだろう。傭兵としては理解できる考え方だった。
「さて」
口入屋の天幕や急拵えの小屋が立ち並ぶ一角にたどり着いた。とりあえず目についた小屋の取り次ぎ口に立ち、番頭らしき男にギルウィルドが声をかけた。
ソヴィーニ人の小屋だった。訳せと言われて、騎兵十騎、歩兵と弓兵を合わせて八十から百程度の傭兵団と契約したい旨を伝える。複数の傭兵団の寄せ集めでも構わない。質よりも頭数を揃えたい。できれば契約を急ぎたい。それも言い添える。
初め、番頭はふんふんと頷いて条件を確かめ、契約を急ぐ分契約金が跳ね上がるがそれでもよければ紹介できそうなところがある、と仲介に前向きな姿勢を見せた。
資金は無尽蔵とまではいかないが、それでも他の雇用主に比べて良い条件を提示できるはずだった。
意外にも早く話がまとまるのではないかと思って少し緊張も和らいだところで、だ。
実際の雇用主がザネッティ家になることを伝えた途端、番頭の顔が無表情になった。
『……何か?』
『お帰りを』
先ほどまで乗り気だったのに、まるで掛け金をかけて扉を閉ざすような、決然とした拒絶が隠れようもない声だった。
さすがにルキシスも戸惑った。言葉は分からなくても気配は伝わっただろう。ギルウィルドが少し首を傾けてくる。
「何だって?」
「帰ってくれと」
「何故?」
『理由は何だ』
『お答えいたしかねます。当商会では斡旋はできません。お帰りを』
番頭の言ったことをそのまま忠実に訳してギルウィルドに伝える。
彼は少し迷ったようだった。つまり、この番頭を吊るし上げてもう少し情報を引き出すか、大人しく引き下がるか。
「――いい。リリ、他を当たる」
ここで騒ぎを起こすのは得策ではないという判断だろう。まっとうである。単に斡旋を拒否されたというだけで口入屋に暴力など振るったらこちらが指弾され、下手をすれば私刑に遭いかねない。戦場には戦場なりの秩序がある。
だが次の口入屋でも、その次の口入屋でも同じだった。
皆が皆、ザネッティ家の名を出した途端に首を横に振る。そしてそれ以上、少しも話を聞いてくれない。冷ややかな目を向ける者もいれば面白がる目を向ける者もいて、何とも不愉快だった。
(ずいぶんと手広いようだ)
あの女の手、とやらは。
日の長い季節ではあったが、それでも徐々に夕方が近付きつつあった。
いくつめかの口入屋で、ルキシスは知己を見つけた。自分自身も過去に世話になったことがある、リーズ語を話す口入屋だ。
ザネッティ家と言った途端、彼の顔が曇った。
「ルキシスさん、たぶんね、どこも斡旋してくれないと思うよ」
と、昔馴染みのよしみで彼は教えてくれた。
「おまえも?」
「悪いんだけど……、いや、ルキシスさんね、おれはあんたのことは買ってるよ。あんたをどっかに売り込むって話なら乗るさ。だけど」
「お世辞はいいから、何故斡旋してくれないのか教えてくれないか」
馴染みの口入屋はますます顔を曇らせ、口ごもった。
「言えないのか?」
罪もない古馴染みを困らせたくはないが、やっと少しは話を聞いてくれそうな相手に巡り合えたのだ。逃してなるものか。
「それくらいも教えてくれないなら、もうおまえの斡旋は受けない」
あー、とか、うー、とか、口入屋は唸って頭を掻いた。
「おれが言ったって内緒だよ」
「もちろん。秘密は守る。おまえもだ。分かっているだろうな」
隣でぼさっと成り行きを見守っていたギルウィルドを振り返ると彼は急いで首を縦に振った。
まったく、誰の仕事だと思っているのか。これでは通訳以上の役割を果たしていることになるではないか。リーズ語ならばおまえが話せ。
そうは思うものの、そのやりとりをしている手間が面倒くさい。なので黙っている。
「ザネッティ家はお家騒動を抱えてるって話だ」
「お家騒動」
思わずその言葉を繰り返すと、声が大きいと注意された。
「――それで?」
「若君が戦場に来ているんだろう。その若君を邪魔に思ってる女がいるって話で、要は後妻さ」
少しだけ話が見えてきた。
――あの女の手。
「若君のお父上の後妻が手を回して、先妻の子の若君が兵を集められないように工作してるってことか」
「お、おれはそこまでは言ってないからね」
「分かっている。わたしが勝手に勘ぐっているだけだ」
だが、大方外れてはいないだろう。
兵を集められず、戦争で恥をさらすこと。あわよくばそのまま死んでくれること。そのあたりを期待して、主としてソヴィーニ人の兵団や口入屋を抱き込んでいるということだ。
「少なくともソヴィーニ人は無理だな」
「ソヴィーニ人だけじゃなくおれたちみたいな地縁のない連中のところまで、相当金をばらまいていったよ」
ソヴィーニ人以外の、リーズ語やヒルシュタット語を話す連中ならば何とか、と思っていたが、想定以上に広く『女の手』とやらは回されているらしい。金をばらまくだけでなく、裏切れば血で報復するといった脅しもかけているのは予想に難くなかった。
「分かった。ありがとう。おい、ギルウィルド」
これ以上話を聞けば口入屋の彼にも不利益があるかもしれない。もう十分だった。
ギルウィルドに合図をすると、彼は懐から革袋を取り出して銀貨を二枚、口入屋に手渡した。世渡りのコツは、使うべき金は惜しまないことだ。謝礼と口止めと。そうした意味を込めて少しばかりの金子を渡しておけば、この後も何かと味方になってもらえる。
「どうも。ルキシスさんも男前の兄さんも、次は仲介の話をさせてくれよ」
銀貨を受け取って、口入屋は同情的な愛想笑いを浮かべた。
この調子では口入屋だけでなく、直接傭兵団の宿営地を巡っても同じ結果に終わるだろう。
「リリ、作戦を考え直す。一旦戻ろう」
沈鬱な面持ちでギルウィルドが言った。




