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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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1.女傭兵の新しいお仕事(5)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 幕屋は豪奢なしつらえで飾られていた。旗や地図や武具防具の類までは理解できる。だが彫像や磁器の器や花飾りまでは理解できない。

 その理解できない幕屋の中ほどの空間に老騎士が控えている。彼はジャコモ・アマティーニと名乗った。かつては正規の騎士団に属し、各地を転戦した武者だったという。今は騎士団を引退し、一私人として主君に仕えているのだとか。

 その主君はジャコモを従え、どっしりとした造りの黒檀の椅子に腰かけていた。


『戻ったか』


 まだ声変わりして間もない、か細いようなところのある声だった。若々しさというよりは未熟さの方が先に立つ。

 濃い金髪に黒っぽい瞳をした少年だった。共和制の自由都市オプリーニで代々議員を輩出する貴族の家の出だという。


 フラヴィオ・ザネッティという名前だそうだ。南部のことには疎いルキシスもギルウィルドもその家名を知らなかったが、後に聞いたところではソヴィーニ人の間ではよく知られた名家であるという。

 彼は挑戦的な目でギルウィルドと、ついでにルキシスを見た。

 彼が今回の雇い主だった。


(――絶対、気が合わなそうだ)


 ルキシス自身の話ではない。ギルウィルドの話だ。

 だが何としても契約してもらいたい。全ては小遣いのために。


「どれくらいの数の兵隊をいつまでに集められるか、確約が欲しいと言ってくれ」


 椅子に座った少年の前に立ち、ギルウィルドが言った。

 それを訳そうとした時、老騎士――ジャコモが少年の傍らに進み出て彼に何事かを耳打ちした。


『若君、先にも申し上げましたが婦人には椅子をお勧めにならなくては』


 丸聞こえだった。


『椅子? 平民に何故?』

『婦人ですから』

『平民だろう』

『あー、あのー、お構いなく。仕事中ですから』


 いつまでもその応酬が続きそうなので、ルキシスもソヴィーノ語で割って入った。


『お嬢様』


 ジャコモは相も変わらずルキシスのことをそんなふうに呼ぶ。お嬢様でも奥様でもないのだが。


『そのようにお呼びいただくいわれもございませんので。名前か、通訳係、とでも呼んでください』

『若君、騎士たる者いかなる時も騎士道を重んじ、婦人に礼を尽くし、重んじなければなりません』

『何故ぼくが平民ごときに』

『平民であろうと貴族であろうと婦人には丁重に接しなければなりません』


 しかしルキシスの気遣いも空しく、騎士道教育が始まった。それも黴の生えたような。


「……リリ、ちゃんと訳してる?」

「訳したいんだが、騎士道教育が始まってしまってわたしには如何ともしがたい」


 ギルウィルドは大きなため息をついた。同じくため息をつきたい気分だった。


◆◆◆


 今回の戦争は都市間抗争のちょっとした変わり種だった。大陸南部には君主国も点在しているが、伝統的に共和制の自由都市が多い。自由都市といっても市民間の貧富の差は大きく、実際は貴族が合議制で統治しているところが殆どだ。稀に貴族が存在せず市民だけで運営されている都市もあるが、その場合でも結局は裕福で政治力のある家が事実上の貴族としてふるまうようになっていくものだ。


 元は、四都市の同盟があったのだという。

 オプリーニ、ヴォディント、ラーゾ、テッサーロの四市だ。いずれも共和制であり、君主はいないが貴族はいる。


 このうち、末席にあったテッサーロが残る三市を裏切って敵対する別都市の傘下に入ることとなったのだとか何とか。理念やら経済的な利害関係やら宗教観やらが複雑に絡み合った結果のことらしく、もつれた感情はもはや話し合いでは解決しないらしい。ことが露見し、その報復として、オプリーニ、ヴォディント、ラーゾの三市が連合軍を組み、テッサーロを攻めることとなった。かくして多くの兵団が、テッサーロの街の市囲壁を囲んでいるわけである。


 各市からは、それぞれ都市を代表するいくつかの名家から兵を出し、家ごとにそれを指揮して各々の役割を分担するという話になっているそうだ。白蹄団が契約したのはヴォディントのとある貴族だったが、他の都市からの兵団が全て出揃っていないので長らく待機させられていたというわけである。

 いや、白蹄団のことはルキシスが心配する必要はない。あちらの契約は今のところ何の問題もない。


 問題はこのオプリーニの貴族、ザネッティ家に兵団が存在しないという事実だった。

 各家が率いている兵団の出どころはまちまちだった。元々抱えていた私兵をそのまま引き連れてきた家もあれば、私兵と都市の正規兵団から成る混成兵団を組織してやって来た家、今回の戦争のためだけに丸々傭兵団を抱えた家もある。


 ザネッティ家はオプリーニを代表する名家ということで、当然私設の兵団を抱えていたようだ。加えて議会にも顔が利くので、街の正規兵から幾らかの兵士を割り当てることもできただろう。


 にもかかわらず、ここには一兵たりとも存在しないのだった。

 いるのは名ばかりの指揮官の少年フラヴィオ・ザネッティと、彼のお目付け役の老騎士であるジャコモ・アマティーニ。あとは身の回りの世話をする下男と荷駄運びの人足たちだけである。


 しかもフラヴィオ少年にはこだわりがあった。つまりは、これは誇り高きソヴィーニ人の戦争である。オプリーニの名誉にかけても外国人の手など借りたくない。ソヴィーニ人だけの兵団を組織したいと。


『女、おまえはソヴィーニ人か』


 最初に幕屋で面会した時、少年はそう言ってじろじろとルキシスを見た。

 ルキシスの瞳の色は少し変わっているが、黒い髪は確かに南部のソヴィーニ人にいくらか通じるものがあったのでそう思ったのだろう。違うと答えると、少年はあからさまにがっかりしていた。ちなみにギルウィルドは見た目からして明らかに外国人なので出自を問われることさえなかった。


 ともあれ、ソヴィーニ人だけの兵団を組織したいという少年の野望は叶う目途も立っていなかった。ジャコモは懸命に主を宥めて続けている。ソヴィーニ人にこだわっていたらいつまで経っても兵隊は集まらない。通訳を手配したので外国人でも腕利きを集めた方がよい、と。


 ザネッティ家がこの戦場で担う役割については、各都市との合議の場で、南西側の市壁門を攻略することと決まったそうだ。できれば門を開かせ、そこから内部へなだれ込む。それができなくてもせめて守備方の兵の注意を集め、他の場所の守りを手薄にさせること。


 テッサーロ自体はそう大きな街ではない。住民はせいぜい三千人程度か、もう少し少ないだろう。そのうち、戦闘に動員できるのは多くても更にその半分程度だ。


 それに対して攻め手側の三都市同盟においては相当数の兵士たちが動員されていた。ソヴィーニ人は一般に商売上手で知られている。商いで稼いだ豊富な財を背景に、この世の春を謳歌する富豪も多いと聞く。その財力を当てにして、こんな小さな戦争に不相応なほど多くの傭兵団が押し寄せているのだ。見せしめに圧倒的な勝利を収めたいのだとトマが言っていたとおり、このままでは三都市側の圧勝に終わるだろう。ルキシスが見るに、南西の市壁門を落とすのにも百人程度の傭兵団が雇えれば上々ではなかろうか。


 ――しかし現実として、今ここにいるのは指揮官のフラヴィオ少年、そのお目付け役の老騎士ジャコモ、通訳のルキシスだけだ。ギルウィルドはまだ契約するとは明言していない。ついでに、彼が契約したところで兵士がひとり増えただけである。それなりに使える腕はあるが、彼ひとりで市壁門を落とせというのはさすがに酷だった。


 ただ、兵隊がひとりもいないという話を聞いた時、疑問は覚えたのだった。ルキシスとの契約内容しかり、この天幕の贅を尽くした装飾しかり、ここには金だけはうなるほどにありそうなのだった。そこはさすがにオプリーニを代表する貴族家と言えるだろう。そしてソヴィーニ人だけの傭兵団というものも、この戦場にいくらでも集まってきているはずなのだ。彼らと契約するだけの資金がないようには見えなかった。


 にもかかわらず、何故兵士がひとりもいないのか。

 私設の兵団も、街の正規兵からの割り当てもなく。


『これだから女が関わると面倒なんだ!』


 フラヴィオが拳を机に叩きつけた。老騎士ジャコモが訓辞を垂れ、若者に騎士道教育を施しているさなかに、その言葉を遮ってのことである。少年は頬を紅潮させ、随分と興奮している。

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