2.森の中の戦闘(3)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話更新します。
陽光を弾いて片手剣の切っ先が白く光る。刺突で真っ直ぐに心臓を狙う。当然、その動きは読まれていた。重厚な長剣が幅の薄い片手剣をいなす。長剣の切っ先がギルウィルドの体の右側に向いた。すかさず腕を振り上げる。左側から。首の付け根を狙って振り下ろす。
不快な金属音が鳴り響いた。逸れたはずの長剣が下から割り込んできた。刀身の半ばを叩かれ、激烈な反動が腕に返って来た。
一旦引いて距離を取る。今の一撃で首を取れれば話は早かったがさすがにそう上手くは運ばない。わずかに刃先が皮膚を掠めただけだった。
しかしルキシスが取ろうとした距離は一瞬にも満たない間に詰められた。やはり一歩の大きさでは不利がある。息つく間もなく上段から分厚い刃が振り下ろされる――が、囮だ。ギルウィルドの本当の狙いは足蹴りの方だ。いつぞや城壁の上から蹴り飛ばしてくれたように胴に足をめり込ませて転がしたいのだ。足癖の悪い男である。どうせ長靴の爪先には鉄板でも仕込んでいるのだろう。まともに食らえばまた肋骨か、あるいは別の臓器を損傷するだろう。
本当は後ろに下がりたかった。でも囮だからといって頭上から襲い掛かる長剣の方に対処しないわけにもいかない。下がればそのまま胸を切り裂かれる。右か左か。この男の利き脚は右だ。ということは左脚の方に逃れるべきか。そうと見せかけて左で打つか。考えている暇はない。
地に手をついて頭の位置を下げ、その勢いのままルキシスから見て右側――ギルウィルドから見れば左側――へ突進する。片手剣を逆手に持ち替える。刃の切っ先を斜め左上に向ける。背中を浅く切り裂かれた。問題ない。致命傷ではない。蹴り飛ばされるより先、すれ違いざまにわき腹から白刃をめり込ませる。奪った、と思ったところで痛烈な横打ちを食らってそのまま吹き飛ばされた。剣が手から離れる。使い慣れた得物が空しく地に落ちる。蹴りではなかった。長剣の柄頭でこちらもわき腹を殴りつけられたのだ。
息ができない。でも意識を失うほどの一撃ではなかった。転がりながら態勢を整え、もうひとつ、いつも携えている湾曲した片刃剣を鞘から抜き放つ。
顔面に向かって石が飛んできた。今度こそギルウィルドが蹴り飛ばしたものだ。小賢しい真似を。敢えて避けない。避ければ隙を作る。
石が顔面に衝突するのとほとんど同時だった。長剣が迫る。抜き放ったばかりの細身の片刃剣を暴力的な力でむりやり弾き飛ばされる。
指に力が入りきらなかったのは呼吸が乱れたからだ。それを思えば、柄頭での横打ちをくらったのが致命的だったということになるか。
もちろん、油断したわけではない。
そしてまだ負けたわけではない。自分には他にも打てる手がある。
耳をつんざくような悲鳴が響き渡ったのはその時だった。
もちろんそれは、ルキシスが上げた悲鳴ではなかった。こちらはまだ呼吸が整わない。
大体、若い娘の声だった。脳みそまで揺さぶるようにやたらと甲高い。
見れば弾け飛んだ片刃剣が茂みを飛び越えて地面に突き刺さっている。そしてその足元には栗色の髪の少女が腰を抜かしてへたりこんでいる。
「あ……、あ、あ……」
剣戟を目撃したからか、それとも目の前に刃が飛んできたからか、少女はひどく怯えて言葉が出ないようだった。ぶるぶる震えながらただ恐怖だけに支配された瞳を呆然と二人に向けている。恐怖というよりは恐慌だろうか。ほとんど正気を失いかけているのではないかといったありさまだ。
「リリ」
長剣の先端はルキシスの喉元に突き付けられていた。髪の毛一本分程度の隙間しかない。
「きみが一旦引き下がるならおれも剣を引いてもいい」
「お断りだ」
「嘘だね」
先に長剣の方から退いた。どういうわけでか。
「きみは子どもの前では殺しはしないだろ」
――なるべくなら、という但し書きはつくが。
「おれだって若い娘さんの前で女のひとを……えーと、苛めるようなことは、ちょっと」
「はあ?」
苛めるだと? 苛め。苛める? 馬鹿な。
「お前がわたしを? 苛める? 舐めた口を!」
いつの間にか呼吸が戻って来ていた。勢い込んで、低い姿勢からすっくと立ち上がる。ギルウィルドの視線が少し足元をさまよった。足払いを掛けようか迷ったのだと咄嗟に分かった。腹が立ったのでふくらはぎを蹴りつけてやろうとしたが、互いに互いの考えが読み取れたようでさっさと逃げられた。
「おまえ」
ルキシスは動けないでいる少女の元へずかずかと歩み寄った。
「おまえには関係のないことだ。見なかったことにしてどこかへ失せろ」
地面に突き刺さったままの愛剣に手を伸ばす。ひっ、と少女が声にならない悲鳴を上げる。
ルキシスは渋面になった。伸ばしかけた手を引っ込め、愛剣を取り戻すのは一旦取りやめとする。
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