1.女傭兵の新しいお仕事(3)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
言葉は分からないながら察するものがあったらしい。ギルウィルドが探るような目を向ける。
「こちらの騎士様のお役に立つがいい」
「嫌だよ、ソヴィーノ語分かんないし」
「さっきヒルシュタット語で怒鳴ってただろ。それで何とかすれば」
「その爺さんも大してヒルシュタット語が分かってるわけじゃないよ。それにソヴィーニ人か、最悪でもソヴィーノ語を解する兵士が欲しいんだってさ」
「それで私を売ろうとしたのか?」
ルキシスがソヴィーノ語に堪能なことはこの男も知っている。
顎を上げ、ギルウィルドを見下ろした。最近の鬱憤をここぞとばかりに眼差しにこめる。
ギルウィルドが急に、いつもながらのへらへらとした愛想笑いを浮かべた。こちらの機嫌を取るつもりだろうか。そんなものでごまかされるのは彼の白皙の美貌に目が眩んだ小娘くらいのものだろうが。
「この間わたしを変質者に売り飛ばそうとしただけでは飽き足らず」
白蹄団の面々がぎょっとした顔でギルウィルドを見た。白蹄団の団員と言えど全員が詳しい事情を承知しているわけではないからその反応も無理はない。
「ごめんって。でもそれはもう禊を済ませたつもりなんだけど……、あれ? もしかして許されない感じ?」
「許すわけないだろ」
「そんなあ」
ギルウィルドは項垂れてため息をついた。わざとらしく芝居がかった仕草だった。
「大体おまえ、なんでこんなところにいるんだよ。東に行くって言ってただろ」
「手元不如意なんだよ。分かるだろ」
また幾分かの不機嫌さを取り戻して、ギルウィルドはルキシスを見上げた。
この男が手元不如意に陥った理由の一端はルキシスにも関わりがある。ルキシスだけのせいではないが、だいぶん、ルキシスのためではあった。それを思うと黙り込むしかなかった。要するに、東に行くよりもっと近場で稼げそうな戦場があったので予定を変更してここへやって来たのだろう。
『そこもとのような騎士の助勢が得られるならば我らも百人力である』
老騎士がそう言いながらギルウィルドに向かって手を差し伸べた。彼はもちろん、純粋に助け起こそうとしているだけである。
ギルウィルドはまだ不服なのかその手を取らず往来に座り込んだままである。
(……騎士?)
異なる言葉に聞こえた。
「おまえのことを騎士であると言っているが」
「騎士の叙任を受けたことはねえよ」
もしかしてこの老騎士は本当に誰かとギルウィルドのことを勘違いしているのだろうか。だとしてもルキシスには関係ないが。
「……本当だよ」
どこか言い訳めいた口調でギルウィルドが付け足した。
「別に疑ってないし、そもそもどうでもいい」
この男が本当のところは神官としての籍を持っているということを、ルキシスだけが知っていた。もちろん誰にも言うつもりはない。そう約束した。
『やはりご記憶にないだろうか? ダラス平原の会戦でそこもとは我が方を打ち破り、それがしを捕虜に取ったはずだが』
老騎士はギルウィルドに礼を尽くすつもりらしい。膝を折ることまではしないが丁重な物言いで言葉を重ねている。
(――十四歳の時にか?)
怪訝に感じる。
「ギイさんはこちらの騎士殿を捕虜にしたことがありますか? ダラス平原の会戦というと確かに七年前に――」
そう、老騎士の言葉を訳したのはルキシスではない。トマだった。彼もまたソヴィーノ語が堪能なのでつい気になったのだろう。
ギルウィルドの顔色にいくばくかの変化があった。
「記憶にねえな。余計なこと訳すんじゃねえよ、トマ。てめえは黙っとけ」
相変わらず嘘をつくのが下手な男だった。
「これは失礼」
脅しつけられてもトマには堪えた気配もない。これくらいのことで委縮するような白蹄団の経理係ではなかった。
「もちろん、誰にも言いませんから。ギイさんもお気になさらず」
にこやかな微笑みをたたえて、やりての経理係はギルウィルドに一礼した。ギルウィルドには気色ばんだ気配があったが、それ以上は噛みつこうとはしなかった。
「では我々はそろそろお暇しましょうか。いい加減戻らないと、どこで油を売ってたんだと親爺にどやされますよ」
「じゃあしっかり励めよ。間違ってもそちらの御仁を打ち倒して逃亡したりするなよ」
トマの言うとおり、余計な時間を食ってしまった。荷物をジャゾから受け取り、ルキシスは踵を返す。
背後でギルウィルドが立ち上がる気配がした。土埃を払い落とす音がする。
「分かったよ。そこまで言うなら。なんだってもう、そうやって寄ってたかってひとのこといびって」
いびられただなんて被害妄想だ。
「――リリ、おれのところで出稼ぎしていかない?」
背後からの声につい、足を止めてしまった。
「出稼ぎ?」
「ソヴィーノ語の通訳が欲しい」
ルキシスが足を止めた分、トマやジャゾ、白蹄団の一行が数歩先んじた。
――通訳の出稼ぎ。
――致命的に小遣いが足りない。
「ルキシスさん」
まず、トマが足を止めた。ルキシスを振り返り、難しい顔をする。
「トマ、あの騎士殿と親爺と、交渉できないだろうか」
「えええ? まさか通訳の出稼ぎをしに行くつもりですか?」
「金額次第では、白蹄団にとっても悪い話じゃないだろ。わたしは今回の戦闘の頭数に入ってないみたいだし」
トマの次に振り返ったジャゾを見ると、彼も何とも言えない顔をしていたが、頭数に入っていないという言葉をやはり否定はしなかった。
傭兵団の契約においては兵士や馬の数、装備などについては厳しく査察される。だが裏方についてはそうでもない。ルキシスがそもそも兵士として頭数に入っていないのなら、出稼ぎに出向いたとしても契約違反にはならないだろう。
ひとをひとり派遣するだけの、白蹄団の取り分と。通訳としてのルキシスの取り分と。
(上手くすれば久々の小遣いが!)
「ルキシスさん、よからぬことを考えていますね」
トマが呆れたような顔になる。
「剣は親爺に預けたままでいい。実際の戦闘には参加しない。通訳だけ。通訳の報酬だけもらえればいいから」
「わたしはあんまりルキシスさんを締め付けるのはどうかと思ってたんですよねえ。個人的にはですけど。博打うちたさに遂には貞操まで賭けかねないといささか心配していました」
「はああ?」
素っ頓狂な声が上がる。
「リリ、前も言ったよね? きみはそういうのは自分ならいくらでも切り抜けられるとでも思ってるかもしれないけど、想像もつかない手段で陥れられることだってあるわけで」
「うるさいうるさい、わたしに説教するな」
ギルウィルドを振り返る。
確かに以前、そんなような説教を受けたこともあったような気がする。過去のことはあまり気にしないで生きているので若干記憶も曖昧だったが。でもトマの前では賭博の種銭代わりに貞操を賭けたことなんて一度もないのに、何故か実際にそうしたことをやっているかのように話が捻じ曲げられている。極めて遺憾だった。
「まあいいでしょう。確かに交渉次第では、団にとっても悪い話ではありません。ルキシスさんを遊ばせておいても食費がかかるだけですから」
経理係らしくトマは現実的な計算をする。
「ただし本当に戦闘には参加しないでくださいよ。そこまではわたしも庇いきれませんから」
「分かってる」
「ギイさんもいいですね。わたしはあなたを信用していませんが、それくらいは守れますね?」
トマが視線を巡らせてギルウィルドを見やった。トマはいつも温厚な態度を崩さない人間だがその視線は十分に鋭かった。
「おれはどうもアラムの覚えがめでたくないからね。これ以上嫌われないよう努めるさ」
それはおまえが私を変質者に売り飛ばそうとしたからだろう。
そう言おうかとも思ったが話が先に進まなくなるのでひとまずルキシスは黙っていた。
『騎士様』
トマがソヴィーノ語で老騎士に話しかけた。
交渉の開始だ。




