1.女傭兵の新しいお仕事(1)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
2章はルキシスがあの手この手でお小遣い稼ぎを目論んではろくでもないことをしたりしなかったりするという話です。お小遣い大作戦です。ふたりの関係性も進みます。あと年齢バレイベントがあります。
影が石畳に焦げつくような厳しい暑さが続いている。
(……どう考えても小遣いが足りない)
はたしてそれは女傭兵にとって死活問題だった。
(何とか親爺の目を盗んででも小遣いを稼がないと)
このままでは博打のひとつも打てやしない。酒だって思うに任せない。これでは日々の営みに何の楽しみがあるというのか。
(でもどうやって)
悩みは深刻だった。
「ルキシスさん、行きますよ」
「あー、はいはい」
声を掛けられて仕方なく重い腰を上げた。いつも下げている愛剣は今、彼女の腰にない。親爺こと白蹄団の団長であるアラムに取り上げられてしまった。
腕利きの女傭兵としてそれなりに名の知れている自分がどうしてこんなことに。
恨みがましい気持ちが込み上げてくるが全ては身から出た錆なのだった。
◆◆◆
つい先月の話だ。
地方の田舎領主をぶちのめしたがためにお尋ね者になってしまった。それを古い馴染みである白蹄団に骨折りしてもらって一難を逃れたのはよいとして、その代償としてしばらく白蹄団で無償奉仕をするという話になってしまった。
そういうわけで、どこの兵団にも属さず、当然士官もせず、自由兵として戦働きを生業としていたこの自分が、今は白蹄団の下働きである。剣も取り上げられ、稽古の時に木剣を与えられるほかは武器を振るうこともない。新兵や娼婦たちにまじって、料理をしたり洗濯をしたり武器の手入れや馬の世話をしたりする毎日だ。
この自分に下働きをさせるなんて白蹄団も随分と贅沢なことだ。と、そう思うだけの自負はある。戦場での腕前にだ。
十三歳の時から戦場に立って、かれこれ十二年。大きな怪我もなく名を上げた。行けば歓迎してくれる騎士団だっていくらでもある。
――でも今は、新兵たちにまじって人参や芋の皮むきとか、血と土に汚れた他人の衣類の洗濯とか、性に合わない仕事ばかり。
苛々していたところに、団長であるアラムから呼びつけられて、白蹄団の経理係であるトマの仕事を手伝ってやれと指示された。
白蹄団は今、ちょっとした都市攻めに参加するべく大陸南部の港町であるテッサーロに赴いていた。普段はもう少し大陸中央部を中心に活動しているが、馴染みの仲介業者から特に好条件での仕事を紹介されたらしく、移動の手間と費用をかけてでもわざわざやって来た。
ルキシスが白蹄団に預かりの身となってから初めてのきちんとした戦争である。これまでは小さな小競り合いくらいしかなかった上に、裏方ばかりで戦闘には参加させてもらえなかった。今回は参加させてもらえるのだろうか。戦闘に出なければ特別手当ももらえないから、当然懐は寂しいままだ。何としても参加したい。
しかし白蹄団が到着してからも、なかなか戦闘は開始されなかった。どうもほかの兵団の到着を待つ必要があるらしく、テッサーロの街を囲う市囲壁を見つめたまま野営の日々が続いている。ほとんど休暇と表現してもよい。市囲壁の外には商人や芸人や娼婦たちの集団も続々と集まって来ていて、彼らが拠点とする東の広場はさながら祭りの会場と見紛うほどだった。
白蹄団は北側に陣を張っていた。トマの仕事というのは、要するに調達だった。多少割高でも、商人たちが持ち込む食料をほどほどに仕入れておかなければいざ戦闘となった時に糧秣が乏しくなる。近隣の町や村に徴発に出るにしたって人手が必要だ。商人たちの方から売り込みにも来ていたが、まあ、手が空いているのならばこちらから買い出しに出向いた方が安いのは間違いない。
そういうわけで経理係のトマを筆頭に、料理長や分隊長のうちの数名、それから下働きの若い連中、ついでに預かりの身であるがゆえに白蹄団の中で一番暇そうなルキシスを引き連れて、白蹄団は東の広場へと赴くことになったわけである。
小さな都市攻めである。東の広場といってもそう遠いわけではない。徒歩で十五分ほどか。だが、隙間なくびっしりと建てられた天幕の間を縫うようにして行かねばならず、煩わしいという感情が拭えなかった。
「何だってこんなにたくさん兵士が集まっているんだ」
規模の大小を問わず、かなりの数の兵団が市囲壁を取り巻いていた。当然、兵士たちの数に応じて天幕の数も増える。
「こんな小さな街、もっと少ない兵でいくらでも落とせるだろ。っていうか、囲んでるだけで勝てるだろうに」
ついぼやきが口を突いて出る。囲んでいるだけで勝てる、というのはあながち嘘ではない。籠城は、援軍がない限りほぼ確実に敗北する運命だ。いずれ食糧が尽きるからだ。しかし傭兵としては、戦闘がなければその分実入りも減るので、囲んでいるだけの楽な仕事と戦闘で特別手当がもらえる仕事と、どちらを好むかは場合によりけりだろう。
もちろんルキシスは、戦闘がある方がよい。戦闘手当や、敵将の首を上げた時の特別手当がもらえて、ついでに短期間で決着がつく方が性にも合っている。
だとしても、『囲んでいるだけで勝てる戦』にはそれはそれで魅力がないことはない。何といっても楽なので。
「籠城には持ち込ませないつもりのようですよ」
ルキシスの前を歩くトマが、ちらりと背後を振り返りながら言った。三十過ぎの男である。誰に対してもいつも丁寧な口のきき方をする、抜け目のないやり手だ。
「じゃあ無理にも攻めるってことか?」
囲んでいるだけで勝てるのに。
「圧倒的な勝利を収めたいようですよ」
「なぜ? 見せしめ?」
「そういうことのようです」
それならばそれでいい。問題は――。
「わたしは戦闘に参加できるのかな」
トマは答えなかった。彼は経理係で戦闘には関与しないから、答えようがないだろう。
「なあ?」
ルキシスは傍らの歩兵第一分隊長を見やった。ジャゾという名前の四十がらみの男で、かれこれ十年ばかり白蹄団の第一歩兵部隊をとりまとめている。彼ともそれなりの付き合いだった。
そのジャゾは慎重にルキシスから視線を外した。わざとらしかった。
「おい、ジャゾ」
「知らんよ。親爺に聞いてくれよ」
「……戦闘に参加するならたぶん、おまえの部隊だろ。そのおまえが知らん顔ってことは、わたしは頭数に入ってないってことか」
「いや、おれは知らないって」
「わたしの腕の何が不満だ? おまえのところの連中と比べてどんな遜色があるって? あ? 言ってみろよ」
「こんなところで恫喝まがいの売り込みはやめてくれよ」
ルキシスは膨れ面をして黙り込んだ。やはり戦闘には参加させてもらえないかもしれない。
アラムはルキシスに腹を立てていた。一時の感情で貴族をぶちのめして自らお尋ね者になるような軽率さを。もっと、しかるべき立ち回り方ができたはずだと。ずいぶんと叱られた。ルキシスの剣を取り上げて戦闘から遠ざけたのもその懲罰の一環なのだろう。
一体いつまで下働きを続ければよいのだろう。当面は白蹄団預かりの身だが、当面というのはいつまでのことか?
(致命的に小遣いが足りない)
深刻な問題なのだった。
でもアラムには頭が上がらない。駆け出しの頃からずいぶんと面倒を見てもらった。彼の傭兵団の団員でもないのに。
東の広場に着くとトマはいくつかの隊商を回り、そのうちのひとつと交渉をすると決め込んだらしい。ある程度定期的に、食糧をはじめとする各種の物資を白蹄団へ優先的に納入してくれるよう、隊商の頭領と話を始めた。
辺りは喧騒に満ちている。物の売り込みや、男の袖を引く女たちの声が賑やかだ。多国籍の言語が溢れんばかりに飛び交っている。
本当に祭りのようだ。そうでなければ、大きな街の市の立つ日のような。
トマは隊商の頭領とソヴィーノ語で会話をしていた。大陸南部の一部で使われている言語で、ソヴィーノ語を使う人々をソヴィーニ人という。民族の名前であり、国家の名称ではない。白蹄団は普段リーズ語圏内を中心に活動しているので、やはりずいぶんと遠征してきたという感は強かった。アラムがルキシスにトマの仕事を手伝えと指示したのも言語の問題が大きいのだろう。白蹄団でソヴィーノ語を解する人間は少ない。トマのほかにはここにはいない書記係と、あとは預かりの居候であるルキシスだけかもしれない。
話者の数で言えば、リーズ語を第一言語とする者が大陸では一番多いだろう。何と言っても帝国の公用語である。次がヒルシュタット語か。その次がカミル語あたりで、ソヴィーノ語はその次くらいになるだろうか。そういうと少数派の言語に聞こえるかもしれないが大陸には何百もの言語があるから、実際は有力言語のひとつである。
トマと隊商の交渉はほどほどのところで落着したようだった。特にルキシスが手伝うような場面もなかった。だが仕事はこれで終わりではない。トマは帳面にあれこれと書き付け、それからまた通りを横切って別の隊商へと向かった。
そうやっていくつかの隊商と交渉を重ねるうちに段々と荷物が増えていった。直近で入用なものを交渉がてらあれこれと買い込んだためだ。ジャゾも料理長も若い連中もルキシスも、いつの間にか両腕にしっかりと荷物を抱えさせられていた。
(完全に荷物持ち)
ソヴィーノ語がどうのという問題ではなかった。こんなことならもっと若い連中を大勢引き連れてくればよかったのに。
隊商には物珍しい品物などもあり、多少は物見遊山気分で浮き立つ心地もあったが次第にそれも飽きてきた。両腕に大荷物を抱えて、はっきり言って辟易してきた。
「ではそろそろ帰りますか」
いくつめかの隊商との交渉がまとまったところでようやくトマがそう告げた時には一同口数も少なくなっていた。
人でごった返す天幕と天幕の間を縫うようにして進むうち、東の広場でも人の多い一角を通りかかった。募兵の告知や口入屋の集中している辺りで、雇い口を探す傭兵たちが有象無象に押し寄せている。白蹄団は既に契約する先が決まっているのでここには用はない。単に帰路をたどる上で、方角的に最短距離だっただけだ。
「ここは避けましょう」
そうトマが言うのも無理もない人出である。遠回りしてでも別の道を行った方がよい。
知った声が響いてきたのはその時だった。
(――うん?)
リーズ語ではなかった。ソヴィーノ語でもない。ヒルシュタット語だ。
声は人波の向こうから響いてくる。単語までは聞き取れなかったが、声の主は明らかに苛立って怒鳴りつけていた。辺りは次第に騒然としてきた。単なる賑やかな喧騒とは違う物騒な――というよりは、困惑した気配が伝わってくる。
「なんだ? ジャゾ、見えるか?」
女としても並より背の低いルキシスから見えるものは人々の背中だけだ。
「うーん、いや、ありゃあ……」
ジャゾが背伸びをして人垣の向こうを窺った。そしてどういうわけでか、口を濁した。
騒ぎの源は徐々にこちらに近付いてくるようだ。人々の戸惑ったようなどよめきが波のように押し寄せてくる。
やがてその波がぱっくりと割れた。
ルキシスたちのすぐ近くで。
「――何やってんだ、あいつ」
思わず呆れた声が漏れた。
間違いようもない。あの目立つ金髪。大勢の中にいてもひとりだけ光り輝くばかりの彫像めいた流麗な美貌で衆目を集める男。今日も今日とてそのお美しい顔面に一点の曇りもないようで何よりだ。王子様みたい、などととち狂ったことを口走る女たちもいる。ルキシスには理解できないが、金もとらずに彼を寝間に上げる娼婦たちも後を絶たないとか何とか。
騒ぎの中心にいたのはギルウィルド――ルキシスにとって馴染みの傭兵だった。白蹄団の面々とも顔見知りである。
ルキシス同様、どこの兵団にも属していないはぐれ者の傭兵である。彼とはいくらか因縁があった。先月別れた時、東に行くと言っていたのに。
しかも彼はどういうわけか、何をしているのか、まったく理解に苦しむが、足元にひとりの老騎士を従えていた。従えていたと言うよりは、足元に縋りつかれていると言った方が正確か。その老騎士を振り払い、蹴り飛ばしながら前に進もうとするのを更に老騎士が追いすがり、足にしがみついて離れようとしない。痴情の縺れか、そうでなければ老人虐待か。全く状況が分からなかった。それは周囲を行き交う無辜の兵士や商人たちにとっても同様であろう。完全に遠巻きにされていた。
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