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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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13.愚か者の話(6)

「――ああ、そう言えば。刺客の話をしようと思っていたんだ」

「刺客?」

「表向き、ラティア・クロフィルダイは死んだ。でもどこの馬鹿がそんな話を信じる?」


 男たちの一族は当然、権力と財力に物を言わせて次から次へと刺客を送り込んできた。返り討ちにしながら逃げ惑ううちに、戦場というのは身を隠してごまかすのにちょうどよい場所だと悟った。


「神官様、どうしたらいいんだろうなあ」


 皮肉でも、挑発でもないつもりだった。

 だがもしかしたらそう聞こえたかもしれない。自分自身で奇妙な口振りだと分かっていた。


「刺客を返り討ちにして殺す時、わたしは安堵していた。逆に言えばそういう時以外には、安寧を得ることができなかった」


 そういう意味では刺客を送り込まれるのはこちらにも都合がよかった。殺してもよい相手を好きなだけ殺すことができたから。


「でも返り討ちにばかりしていたから、ここ六、七年ばかりはすっかり刺客も来なくなってしまって」


 だから困っている。

 まるで自分の存在感が薄れていくようで。

 生きている実感がないとでも言うべきか。


「もっと殺したいなあ。わたしを殺したい奴を」


 刺客たちは気の毒なものだ。彼らは仕事で殺しを請け負っているだけで、ラティア・クロフィルダイ自身に恨みがあるわけではない。


「リリ」


 ギルウィルドはルキシスのその言葉には取り合わなかった。代わりに違うことを言った。


「彼を愛していたんだね」

「小娘らしい憧れについては否定しない」


 愛だの何だのはよく分からない。

 でも若様に憧れていたというのは事実だったと思う。遠くからお見上げするだけだった頃からその洗練された立ち姿に胸を高鳴らせ、彼の妻に選ばれた時にはその歓喜で心臓が止まるのではないかとさえ思った。


「今となってはもうあれが現実のことだったか夢だったかも分からない」

「彼はきみのことを今も探しているかも」

「はあああ? 馬っ鹿じゃないのか? ないない、とっくに結婚して子どもをつくって跡取りとしての義務を果たしているはずだ」


 そうだろうか、などとギルウィルドは言う。その表情からは彼が何を考えているのかどうにも読み取れなかった。

 ルキシスは小さくため息をついた。

 能天気というか、恋愛小説の読みすぎではないかと思う。


「そうじゃないと困るだろ。それに万が一おまえの言うとおりだったとしても、若様にはラティアのことなんて忘れていてほしい」


 気立てのよい娘を娶って、幸せに暮らしていてほしい。


「一度愛したひとのことを忘れるのは難しいよ」

「あー、そう。おまえはそうかもしれないけど」

「いやおれの話じゃなくてね」


 じゃあ何なのだ。


「若様は島中の娘の憧れだった。いくらでも素晴らしい娘が若様の前に現れるさ」


 優しくて格好よかった。

 素敵だった。

 ラティアのために窮地に立たせてしまった。泣かせてしまった。

 それを思うと胸が痛む。けれどどうしようもないではないか。ルキシスが彼のために何かしてやれることなんて何ひとつない。


「ああでも、おまえの方が若様よりずっと男前だよ。うん。安心しろ」

「――聞いてないけど、それも笑うところ?」

「いや?」


 本当にそう思ったから言っただけなのだが。

 あっそう、とギルウィルドは呆れたように呟いて黙りこくった。心なしか気分を害したようだった。冗談でも茶化すつもりでもなかったのだがそう聞こえたかもしれないし、思い返せばそれ以外の何にも聞こえなかったような気もしてくる。


「リリ、おれの仕事を手伝わないか?」


 彼が再び口を開いたのはずいぶん経ってからのことだった。

 彼はこちらを見ていない。自分の膝のあたりを睨みつけている。

 暗闇の中でも分かる。凄みのある目だった。戦場にいる時よりもはるかに。


「仕事?」

「金を稼ぎたい。それと」

「わたしの稼ぎをおまえに献上しろと?」

「そんなことは言っていない。ただ、手伝ってくれればと」

「なにを」

「王の血を証明する方法を」


 今度はルキシスが黙り込む番だった。

 焚火のはぜる音と、川を流れる水音と、かすかな葉擦れの音以外には何もしない。


「……おまえもしかして、自分がどっかの王族の落とし胤だとでも思いこんでいる手合い?」

「おれの話じゃない」


 即座に彼はそう言い切った。その後で少し息を入れて、表情を緩めた。

 そうしてルキシスの顔を見た。作り物の穏やかさを口元に浮かべて。


「おれは紛うことなきクソ田舎の郷士の家の出身だよ。ノールって国、知ってる?」

「北方諸王国のひとつだったかと」

「そう。おれの生まれた国。ほんっとクソ田舎。そのクソ田舎の中でも、前にも言ったことがあると思うけど超がつくほど貧乏な家で、所領も全部売り飛ばしちまって何も残ってない。間違っても王族の落とし胤なんかじゃないよ」


 王族の落とし胤が地方の貴族や騎士の家に預けられて密かに育てられるなんて話はよく聞くが、一旦黙っていた。


「それに郷士って言ってもおれの代で終わりだけどね。兄貴はおれが物心つく前に家出して戻ってないし、きっとどっかで死んでるだろ。姉ちゃんがいるけど姉ちゃんもとっくに嫁に行った。それでおれは出家しちゃったし」


 家族の話など初めて聞く。そうか。郷士の次男坊だったのか。長男がいるから神殿に預けられたのかとも思ったが、それならばその長男が出奔した時点で家に呼び戻されるはずだからどこか不自然な話ではあった。


「三人きょうだいか」


 ラティアはひとりっこだった。兄弟というものに、幼い頃は憧れを抱いたこともあった。


「たぶん。おれの知る限りは。母親はおれのすぐ下の弟だか妹だかを産む時にそのまま……って聞いてる。おれが赤ん坊の時の話だから直接知ってる話じゃないけど」


 産褥で亡くなる女性は多い。若い女性の死因で一番多いだろう。


「お悔やみを」

「ありがとう」


 その言葉は素直に受け取られたらしく、ギルウィルドの貼り付けたような微笑みに少しばかりの真情が滲んだ。だがそれも一瞬のことだった。


「おれの親父がよそでガキ作ってりゃまた話は別だけどね」


 何気ないふうの言葉だったのに、明らかにそうではなかった。何と相槌を打つべきか分からず、ルキシスは唇を引き結ぶしかなかった。


「ま、たぶん、そういうことはないだろう。そういうことはできないような奴だったと……たぶんね。おれさ、自分の顔って嫌いなんだよね。おれがこの世で一番殺したい奴と同じ顔」


 思わずぎくりとする。この男は何を言おうとしているのか。

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