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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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13.愚か者の話(4)

この話には性犯罪に関する描写や暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。

 本家の屋敷は島のあちこちにあったが、その時ふたりが逗留していたのは海辺から程近い夏の屋敷だった。屋敷の裏手の斜面を緩やかに登っていけばやがて切り立った断崖のてっぺんにたどり着く。そこから見る海にはいつだって心を奪われた。きっと太古の昔、ここに初めてやって来たクロフィルダイの先祖も同じように心を奪われたことだろうと思っていた。


「ラティア」


 若様はその断崖までラティアを連れ出すと、真剣な顔をしてラティアを見下ろした。


「おまえに至らないところなどない」

「わたくしは早く若様の御子が欲しいです」

「三年経ってもおまえを里に帰すようなことはしない」


 その言葉は衝撃的だった。三年経って子どもがいなければ、離別させられるというのは絶対的な決まりだと思っていたからだ。


「若様」

「だからもう少し待っていてほしい。わたしがおまえを守れるようになるまで」


 年を重ねた今なら分かる。彼はまっとうな人間だった。ラティアにはもったいないほどに。


「わたしを信じることはできないか?」


 ラティアと同じ、茶色がかった紫色の双眸で、若様は真摯にこちらを見つめていた。やっぱり見たこともないくらい格好よくて、その辺の男の子たちとは全然違っていて、いつもそうなるようについ見惚れてしまって、胸がいっぱいになって、何も言えなかった。

 黒い髪が潮風に靡いていた。その髪の色もラティアと同じだった。一族の者にはそういう容姿の者が多い。


「若様の仰せに従います」


 ようやくそう答えるので精いっぱいだった。

 だがこれも今にして思えば、そのような返答は若様を失望させただろう。実際記憶の中で、彼は少し困ったような顔をした。


「従うとかそういうことではなくて」


 彼は現代でも断崖に残る古代の石垣の名残の上に座るよう、ラティアを促した。その隣に若様自らも腰を下ろして、ふたり隣同士、高い場所から海を見た。太陽の光を浴びて眩く輝く波頭。飛び交う鳥たち。その白と黒の翼。


「おまえにもわたしを選んでほしい」


 暗愚なラティアにはその言葉の意味はよく分からなかった。自分のような者が若様を選ぶとはどういうことか?


「わたしもおまえのほかに妻を迎えるようなことはしない」


 そうであってくれると嬉しいと思った。子どもが生まれなくても実家に帰されることがないのなら、ほかの妻がこの家に送り込まれるようなことは、表向きはあるまい。クロフィルダイでも現代では一夫多妻を禁じている。ただ、妻ではなく妾が送り込まれることはある。でも妾くらいなら我慢はできる。


「わたしは、おまえとは仲良くしたいんだ」


 おまえさえよければできればずっと、とも言ってくれた。


「はい」


 もちろんです。わたくしも若様とずっと仲良く過ごしたいです。

 本当に、そう思って言った。その思いは若様へ通じただろうか。こればかりは今となっても分からない。


「ならば約束をしよう」


 若様がまたラティアの手を取った。

 その時若様と最初で最後の接吻をした。

 まるでままごとのように。


 その夏の終わり、帝都から若様のご学友が六人、島を訪れた。

 ラティアが初めて見る都の男たちだった。

 ご学友といっても年齢はばらばらで、若様が一番若かった。遊学代わりに友人の故郷へ遊びにやって来たのだと嘯いていた。帝都の貴族たちとなればよほど洗練されて素敵だろうと思ったのに、ラティアの目には恐ろしく思えた。その理由も今ならば分かる。彼らには没落した古代の名族など侮蔑の対象でしかなかった。帝国の文化圏外、つまりは非文明的な蛮族を見物にやって来たのだ。ついでに若様の花嫁とやらを品定めしにも来たのかもしれない。

 彼らはラティアのことを美しいと褒めた。でもその言い方は、こんな鄙の地には珍しい美姫だ、というものだった。そしてその後で、とはいえもう二、三年くらい育ってからでないと、と笑った。

 その笑いの意味が分からなかった。恐ろしかった。彼らとの社交の場に出るのを控えていたことで家の者たちには随分と叱責された。それでクロフィルダイの奥方が務まるかと、鞭の折檻まで受けた。優しい乳母が恋しくて、輿入れしてから初めて泣いてしまった。

 でもどうしても怖くて、どんなに折檻されても彼らのいる場所にはなるべく近寄らないようにしていた。


 ラティアの様子がおかしいことに、若様はすぐに気付いてくれた。食事会にも出なくてよい、部屋にいて構わない。里から乳母を呼ぼう。そう言って、実際に乳母を呼ぶ手配を進めてくれた。鞭の折檻のことをラティアは言い付けはしなかったが、折檻に関わった者たちは数日後には全員屋敷から暇を出されていた。

 若様は、できることは何でもしてくれた。今でもそう思っている。

 それに帝国の、中枢に近い貴族たちとの付き合いは難しいものだった。六人の中には――末流とはいえ皇族の流れを汲む者さえいた。


 あれは屋敷の図書室だった。部屋にこもっている間に読む本を選んでいた。侍女を一人、伴っていた。乳母はまだ里から本邸へ到着していなかった。

 夕方だった。

 窓からは夕陽が差し込んでいた。それから涼しい風も吹き込んでいて、残暑の暑さを忘れられるひと時だった。

 突然、男たちがなだれ込んできた。驚いてラティアは立ちすくみ、本棚を背に動くことができなくなった。

 彼らは酔っていた。晩餐の前だというのに。

 ラティアを囲んで、少女には意味の分からない卑猥な言葉で彼女をからかった。侍女が何とか男たちを宥めようと下手に出ながら言葉を尽くしたが、無駄なことだった。

 男たちは自分たちで勝手に興奮して、次第に手が出るようになった。ラティアの腕を掴んで引っ張って、抱きしめていた書物が分厚い絨毯の上に落ちた。

 侍女が悲鳴を上げた。彼女は自らの手に負えないと判断し、急いで助けを呼びに行こうとしたが男の中の誰かに阻まれた。


「服を脱げ」


 侍女の喉元にナイフが突きつけられていた。大声を上げたかったのに声帯が凍り付いたように、悲鳴さえ上げられなかった。それは実のところ正解だったかもしれない。声を上げていれば、侍女の喉笛を突かれていたかもしれない。

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